最愛の人


 
 
 
 
 
「この旅も、終わりだね」
 
 
レグヌムの入り口付近で、俺たちは自然と輪になっていた。そして誰もが沈黙を保っていた中、そう切り出したのはイリアだった。その声も表情も、寂しそうであった。ルカも、同じようだ。
俺たちの旅は、マティウスを倒し、創世力の力を使って天地を一つにした時点で終わりを迎えていた。そう、今回の転生者としての旅は、な。
 
 
「なんだか不思議だな。ずっと続くと思ってた。みんなと一緒にずっと…」
 
 
「フン…、旅などいつでも出来るさ。いくつもの旅が重なって、それが人の歩んだ軌跡となる。その時々により道や目的は異なるだろうし、同行者も違うものだ」
 
 
残念な事に、お義父さんと俺は同じ事を考えていたらしい。俺たちの旅は確かに終わりを迎えたが、一生会えないわけじゃない。それに旅だってやろうと思えばいつだってやれる。
 
 
「…そうだね。旅の終わりを惜しんでちゃ、次の旅は楽しめない」
 
 
「みんな、これからどうすんの?」
 
 
リカルドの言葉のお陰で暗くなっていた雰囲気がいつの間にか明るいものへと変わっていた。そんな中、明るさを取り戻したイリアが全員にそう問いかけると、その隣に立っていたリカルドが腕を組んで話し始めた。
 
 
「…グリゴリの連中が気がかりでな。ガードル亡き指導者不在の中、混乱していることだろう。俺があいつらを解放してやりたい。…そんなところだな」
 
 
やっぱり仕事が恋人のリカルド義父さんは予想通りの言葉を言ってくれた。それに、やっぱり何だかんだで兄の、ガードルの事を思っているのか、その子孫であるグリゴリを心配している辺り、らしいと思う。スパーダもリカルドがそんな言葉を言う事を予想していたのか、呆れたような表情になった。
 
 
「そらまた過酷な道だな。あんた、貧乏クジじゃねエ?ソレってよオ」
 
 
「はっ、所詮ガキにはわからんよ。責任を果たす喜びをな。…では、世話になったな」
 
 
大人になったとしても分かりたくないよ、という皮肉はあえて言わないでおいた。この場で言うとまた誰かにツッコミを入れられそうだし…。
 
 
「リカルドさん。あなたを雇ってよかった。心の底から、そう思っています」
 
 
「たまには会いに行ってやるよ、義父さん!」
 
 
多少にやけながらそう言ってやるが、リカルドは俺たちに背を向けたまま軽く手を上げただけだった。その去り方は悔しい事に少しばかりかっこいいと思ってしまった。何か、激しく負けた気がする…。何に負けたか俺も良く分からないけど…。
 
 
「えーっと、エルは?」
 
 
「そやね、とりあえず、ウチが面倒見てた子らの様子を見て来なアカンね」
 
 
「俺の秘密基地。大事に使ってくれよ?」
 
 
スパーダが笑顔でそう言うが、エルはその言葉に首を振った。いくらあの場所がいい場所だとは言え、あまりにも不衛生だから、いつまでもいられないという事らしい。まあ、当然だろうな。下水道だし。
 
 
「あの子らにも人生があんねん。ウチが稼いで、ガッコ行かして、自分で稼げるようにしたらんとアカン」
 
 
「…いい考えがあるよ!じゃあ、あたしが学校建てたら入学させてあげる!無料で!」
 
 
「そらエエ話やなぁ。ほな、そん時、お願いするわ。ほな…ウチ、行くわ。じゃ」
 
 
俺たちに手を振りながら去っていくエルはもう立派な大人の表情をしていた。沢山の子供たちを世話しているからだろうな、何だか母親のような温かさを感じるよ。まあ、そんな若いうちに沢山の子供を持って壮絶な人士を送りそうだが…、エルならきっと何とか出来るだろう。イリアの学校建設の夢も、きっと叶えられると思う。
エルがいなくなったのを見届け終わった後、アンジュがわざとらしいくらい大きな声で大聖堂を建て直さなきゃ、と言った。
 
 
「そんなお金あるの?」
 
 
茶化すように言ったイリアの言葉に、アンジュは非常に現実的な答えを返す。そんな二人を見ながら、俺は視界の端に入ったものを見つめた。ああ、何とかなるかもな。
 
 
「アンジュならすぐにどっかの誰かを捕まえて、パトロンに出来ると思うぞ」
 
 
すぐ傍にいいカモがねぎを背負って来てるからな。
 
 
「アンジュ、ここにいると聞いて来ました。よろしければ、あなたの目指す復興のお手伝いをさせてもらえませんか?」
 
 
アルベールはアンジュを見つけるとすぐに駆け寄り、紳士的な態度で手を伸ばした。イリアはそんなアルベールの様子に何かを言いたそうだったので、俺はイリアの口を背後から押えて二人を見守った。
 
 
「私でいいの?私の出来ることなんてたかが知れていると思うけど…」
 
 
「僕は…、前世に捕らわれて、そのまま大惨事を起こしてしまうところだった。あなたの説得がなければ、どうなっていたことか…。だから恩返しがしたいのです。僕と共にテノスに来てもらえませんか?」
 
 
アルベールがテノスと言った瞬間、アンジュの目が輝いた。おそらくアンジュの脳内では一瞬のうちにテノスの美味しい食べ物が通り過ぎ、または観光などの楽しそうなものが過ぎ去っているんだろうな…。
 
 
「そうね、あの気候や食べ物。私、わりと気に入っています。でも、お手伝いいただけるなんてまるで夢のよう。参りましょう、テノスへ」
 
 
恋する乙女宜しくしおらしいアンジュは、アルベールに手を引かれてそのまま去っていってしまった。そんなアンジュの後姿を見ながら俺たちは溜息をついた。あーあ、らしくないぞ、アンジュ。
 
 
「俺は実家に一度、顔を出しに帰るかな。じゃあ、また会おうぜ」
 
 
ハルトマンにやった事のある去る時のポーズをとると、さっさと行こうとしたスパーダ。そんなスパーダを高速で止めたのはイリアだった。危ないっ!一瞬俺もそのまま別れを言いそうになっていたぜ…!ナイスだ、イリア…!
 
 
「も、もうちょっと話そうよ〜」
 
 
「全くだ」
 
 
早々と去ろうとしたスパーダは、まだ名残惜しいと言うルカを振り返ってなんだよ、苦笑した。
 
 
「名残惜しいってかァ?ま、ルカは同じ町に住んでんだ。マジでいつでも会えるしな」
 
 
「そういえばそうだね。僕んちは住宅地区だから、いつでも遊びに来てよ」
 
 
「ああ、明日にでもな。イリア、お前とは気が合って楽しかった。ルカいじりのハンパ無さ、見習いたかったぐらいだぜ?」
 
 
……最初の頃に会ったイリアは、本当にルカを弄るのが好きなのか、女の子とは思えない表情をしていたな…。あの極悪顔は、なかなか脳内から消えてはくれなさそうだ…。
 
 
「へへ、じゃあ、行くわ。またな」
 
 
スパーダは軽く鼻を擦ってから、踵を返してとっとといなくなってしまった。そんな後姿を見届けた後、ルカとイリアは何とも言えない表情で俺の事を見上げた。
 
 
「スパーダ、ラスティに何も言わなかったね」
 
 
「フン、どうせ後で会うさ。問題ない」
 
 
後で会うって言うのも予感だ。スパーダが早々にいなくなったとしても、俺の中ではあいつが待っているという勘が働いている。だから、俺はここでお別れって事だ。
ルカとイリアの前に立ち、俺も別れを告げる。
 
 
「俺もそろそろ行くよ。名残惜しいがな」
 
 
「ラスティはどこに行くつもりなの?」
 
 
「んー…、とりあえずギルドだな。んで金稼いで、後は色々考えてみるさ。ま、お前らもあんま喧嘩すんなよ〜」
 
 
ふっと微笑んでから、仲が良いのか悪いのか微妙な関係な二人に手を振って、俺も町の方へと歩き出した。後ろの方でルカの頼りない声が聞こえたが、無視しておいた。
 
 
――ふふふ…、やっと平和になったわね…。ずっと願っていたこの平穏な世界――
 
 
「お前はそれでいいのかよ。アスラたちと一緒に還らなくて」
 
 
――私はあなたの傍にいる方が好き。楽しいし――
 
 
クスクスと笑うリリー。本当に、最初の頃に比べて少女らしさが戻ってきている。もう彼女も無表情ではなくなり、本当の自分を取り戻してきている。この旅は、本当に俺たちに様々な変化をもたらしてくれた。
 
 
「よぉ…」
 
 
そして、俺の足りないものを教えてくれた。大切な、一番最初に受け取るはずの、感情を。
 
 
「素直じゃねーな」
 
 
にやにやしながらそう言って、恥ずかしさを隠すように俯いていたスパーダから帽子を取り上げる。
 
 
「な、何だよ…」
 
 
「いや、何でもないさ」
 
 
その一つ一つの行動が愛おしくて、頬が緩む。
俺は自分の中に足りなかった人を愛する感情を取り戻す事が出来た。この目の前にいる男のお陰で。
俺はその事を嬉しく思い、スパーダの額にそっとキスをした。
 
 
「お前のお陰だよ、本当に。俺に足りないものを満たしてくれた。お前のお陰で俺は変わることが出来た。もう俺は人形なんかじゃない。ちゃんとした人間なんだ」
 
 
額から唇を離して、スパーダの灰色の目をしっかりと見つめると、その頬は赤く染まっていた。表情も引きつったような感じで、それがとてもおかしかった。普段は強気な不良なくせに、こういう事は苦手なんだから面白い。
 
 
「ごたごたした中で告白したけどさ、こういうのはちゃんと平和になってからもう一度言おうと決めてたんだ。好きだよスパーダ」
 
 
へにゃりとした緩い笑顔を浮かべてそう言うと、スパーダは耳まで真っ赤にさせて口を戦慄かせていた。それからまた少しばかり俯いて、小さな声で俺も好きだよ、と返してくれた。俺はそんなスパーダが愛おしくて、その頬に手を伸ばして顔を上げさせてから、今度はちゃんとしたキスを贈った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ありがとう大好きな人!
誰よりも大好きだよ!
誰よりも愛してるよ!
俺の、最愛の人!!
 

 
 
 
 



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