悲しい結末


 
 
 
 
 
最終決戦の相手であるマティウスは、今まで戦ってきたどんな敵よりも強かった。あの巨大な体が俊敏に動き、その巨体から生み出される力が俺たちの事を吹き飛ばす。そして何よりもあの頑丈な鎧のような体。あれにはなかなか傷をつける事が出来なかった。
 
 
「魂をも凍らす、魔狼の咆哮……ブラッディハウリング!」
 
 
ラスティはいつもより前に出て、いつもより多くの攻撃を仕掛けている。それこそあの鎧の体を切り裂くために様々な事を試しているようだった。しかし、あのラスティでさえ、あの体を簡単に切り裂く事は出来なかった。
今も必死に戦っているラスティを見ながら、俺は痛む背中に叱咤しながら、落としてしまった双剣を掴んで前へと駆け出した。あいつと共に、あの鎧の体を裂くために。
 
 
「第五神、紫神!」
 
 
切り裂こうにも相手は巨大な図体に割りに俊敏な動きを見せている。ラスティはそこに着目したのか、まずは紫神で動きを止める事にしたらしい。
バチリとリリーが唸り、その刀身に紫電を纏わせる。そしてその刀身をマティウスへと振り下ろす。マティウスの体に紫電が散るけれど、その体はすぐに紫神を振り払い、その手に持っている大剣を振り回した。
その瞬間、目を見開いた。マティウスの大剣の矛先。そこには紫神を放った後で動く事の出来ないラスティの姿があった。あの状態から防御をする事は出来ない。それに、避けようとしても避けきれない。確実に、あいつは斬られる。気付けば俺は、双剣を投げ捨ててあいつの所へと走り寄っていた。目を見開いたままマティウスを見ていたあいつの前に立ち、庇うように腕を広げていた。
 
 
次の瞬間には、肉を切り裂く嫌な音と、熱い熱が体中を駆け回っていた。
 
 
「ス…パーダ…?」
 
 
ラスティの驚愕に見開かれた目を見ながら、俺は床へと崩れ落ちていた。痛みなんて感じなくて、ただ体中が熱い事だけは感じる事が出来た。しかし、頭が働かないのか、意識が混濁している。周りの景色を上手く理解する事が出来ない。
 
 
「庇うなど愚かな」
 
 
霞む意識の端に、マティウスの嘲笑を聞いた。俺はその声に悲しみを覚えた。俺が何でこいつを庇うのか。それの意味を理解出来ない限り、こいつは本当の愛なんて知る事はないんだろうな…。
ラスティはマティウスの嘲笑なんて気にしていないのか、俺の傍に膝を突いていた。頭に霞がかかっていても、こいつの顔だけは良く見えた。こいつが今どんな表情をしているのか、見えた。
 
 
「リリー…」
 
 
ラスティの顔は真っ白で、今にも倒れそうだった。けれどその目の奥には強い意志が宿っていて、それと同時に濃い恐怖を窺う事が出来た。ああ、こいつは今、俺のために悲しんで、俺のために何かを決意したんだと分かった。
 
 
「絶対死なせない」
 
 
リリーはその刀身に淡い光を纏わせていた。ラスティはその光を見ながら悲しそうな顔をしていたが、その表情を消し去ると、光を纏っているリリーを俺の傷口へと押し当てた。
その瞬間、光は傷口へと染み渡った…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「うっ……」
 
 
切り裂かれたはずの背中から、先程まで感じていた熱が消え去っている感覚で、体をゆっくりと起こした。体を動かしたはずなのに、傷口は傷む事無く俺の体を正常に動いてくれた。あまりの事に驚いて傷口に手を這わせると、そこには何も無かった。まるで、初めから怪我をしていなかったかのように、何も…。
 
 
「ラスティ!?」
 
 
ルカの叫び声でそちらを見ると、俺の近くに膝をついていたあいつの背中が、血塗れになっていた。服は赤く染まり、その顔は苦痛に歪んでいた。
 
 
「ラスティ!」
 
 
おかしい!俺は確かにこいつを庇って怪我をしたはずだった。なのに、何で俺が庇ったはずのあいつが怪我をしているんだ!
その肩に手を置こうと延ばそうとした瞬間に、ラスティは呻き声をあげながら首を振った。
 
 
「大丈夫だ…」
 
 
大丈夫と語るその口とは反対に、表情はとても苦しそうだった。冷や汗だって流れてるし、地面についている手は拳を握っている。明らかに無理をしている状態だった。背中からは地が出ているみたいだし、どこも平気そうではなかった。
 
 
「どうして…?」
 
 
俺は確かにこいつを助けて、マティウスに斬られたはずなのに…。意識が霞んでいく感覚だってきちんと覚えている。
 
 
「リリーの、技だ。お前はレイズデットじゃ追いつかない傷を負っていた。だから…リリーの技を、使った」
 
 
ラスティがそう言った後に、アンジュのキュアが発動してこいつの怪我を癒してくれた。ラスティの顔色はキュアのお陰でだいぶ良くなっていて、安堵の息を吐いた。
 
 
「リリーに秘められている第六の技、再神はリリーと俺が意志を繋ぐ事で使用可能になるんだ。再神は傷を全て癒やす代わりに、使い手がその傷の半分の傷を負う。俺はどうしてもお前を死なせたくない。だから俺は再伸を使った」
 
 
再伸。リリーはそんな技まで持ち合わせていたのか。自分の身を呈して仲間を助ける。まさに勝利の女神。仲間と共に勝利を掴まんとする気高き女神の技…。そんな技を、ラスティが俺の命を助けるために使ってくれたなんて…。
 
 
「いつまでそんな余裕でいられる?」
 
 
突然そんな声が聞こえてきて、今まで成り行きを見守っていたマティウスが大剣を振りかぶった。ラスティはマティウスの行動を見て細めていた目を一気に見開き、すぐさま俺の腹に腕を回してその場から飛びずさった。
 
 
「スパーダ、良く聞け」
 
 
地面に着地してすぐ、回していた腕を解いたラスティが俺にしか聞こえない程度の声で囁いてきた。その声は真剣で、この戦いに決着をつけようとしているようだった。
 
 
「あいつは体格の割に動きが素早い。正面からじゃ紫神は当てられない。だから、少し荷が重いかも知れんが、あいつの意識を俺から逸らしてくれ」
 
 
つまり、俺が囮になればいいんだな。
そう言うと、ラスティは顔を歪めながらも苦笑していた。本来なら危険すぎてやらせたくは無いのだろう。だが、今ここでマティウスを倒す方法はこれしかない。
 
 
「大丈夫だ。俺はデュランダルだぜ?」
 
 
胸を強く叩いてアピールすると、一瞬虚を突かれたような顔をしたが、すぐに安心したような緩い表情になった。それからリリーを構え、何かを詠唱し始めた。
 
 
「バリアー」
 
 
淡い光が俺を包み、攻撃から守ってくれる盾となる。ラスティは真剣な目を俺に向けた。その目は怪我をするなと訴えていた。俺はそんな強い瞳に頷きかけてから、放り投げたままだった双剣を掴んで一気に走り出した。
 
 
「裂空斬!」
 
 
地面を強く蹴り上げて、その反動を使って体を思いっきり前へと回す。ぐるぐると回転をかけながらマティウスを斬り、そのまま背後へと回る。やはり鎧のような体に傷をつけることは出来なかった。
 
 
「小賢しい!」
 
 
マティウスはその長い尾を振り回して俺に当てようとするが、俺はそれを飛び上がって避けてから、すぐに踏み込んで懐へと飛び込んだ。
 
 
「魔神――閃空破っ!」
 
 
魔神剣を放ってすぐに体に回転をかけながら一気に上へと飛び上がる。螺旋状を描きながら飛び上がった俺の剣は、イナンナの胴体のような部分傷をつける。
マティウスは俺の攻撃に顔を歪めると、その巨大な体を飛び上がらせた後に、地面に思い切り打ち付けた。
 
 
「うわっ!?」
 
 
その巨躯から出された大きな振動に、立っていられずになる。頑張って踏みとどまろうとするも、足元が覚束なくて転びそうになる。しかし、その瞬間に俺は見た。マティウスの肩越しに紫神を纏ったリリーを振り下ろそうとしているラスティを。
 
 
「唸れ…」
 
 
凛とした声がこの場に響き、マティウスは漸くラスティの存在を思い出した。同時にラスティの意図に気付いて振り返ろうとするも、もう間に合わない。
 
 
「第五神、紫神!」
 
 
バチリと唸る紫電。そしてリリーはマティウスの体に触れ、紫電を一気に体中へと伝わらせる。マティウスの体は動かなくなり、その場に固まった。
 
 
「終わりだ、マティウス…」
 
 
ラスティの顔が一瞬だけ悲しみに歪んだが、それはすぐに消え、覚悟を決めた表情へと変わった。そして、ゆっくりとリリーを構えた。
 
 
「風の声を聞いてみな?」
 
 
ひゅう、と誰かが鳴くようなか細い音が響いた。それはまるで風が意志を持って俺たちに話しかけているようにも聞こえた。ラスティの周りには風の渦が巻いていた。マティウスはその光景を見ると顔を歪ませ、体を動かそうと必死にもがいた。
 
 
「万物を塵となす大いなる精霊の御名よ我が剣に宿れ!」
 
 
ラスティの周りを渦巻いていた風が一気にリリーへと集い、リリーからか細い風の声が響いてくる。誰かが鳴いているようなとても頼りない声。
そして、ラスティは足に力を込めて一気に跳躍した。
 
 
「煌澪楓斬宵!」
 
 
ラスティが、リリーが、一瞬にして視界から消え失せ、まるで風のようにマティウスを包み込んだ。その瞬間、リリーの刃の煌きが見えたかと思うと、マティウスの体に切り傷が生まれた。そして煌きは何度も何度もマティウスの体を傷つけ、無数の傷を負わせていく。最後に、ラスティの姿がはっきりと現れ、リリーを思いっきり振り下ろすと、マティウスの体は地面へと倒れた。きっともう立ち上がれはしないだろう。
 
 
「さようなら、マティウス」
 
 
悲しそうなあいつの声と、リリーを振るった音だけが静かに響いていた。
 
 
 
 
 



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