護るべき人


 
 
 
 
 
最終決戦。俺たちを今まで邪魔してきたハスタも、創世力を狙っていたオズバルドも皆、俺たちの手によって死んでいった。殺してしまった事に後悔は無いわけじゃない。だが、それでも俺たちは歩き続けなければならないんだ。
 
 
「階段…長いな…」
 
 
マティウスの元に行くためにはこの長い長い階段を上って行かなければならない。この長い階段のせいでかなり疲れてきている。実際足を引き摺りながら歩いているわけだし…。体力馬鹿のイリアですら息を切らしているんだ、これは大変遺憾な事だ…。
 
 
「……マティウスか…」
 
 
アスラの生まれ変わりであり、ルカの半身。全ての恨みと憎しみをその身に宿してしまった哀れな存在。本当なら、あいつも救われなければならないのだろうな…。憎しみを、恨みを捨ててしまえたのなら、奴は普通の人間にだってなれるだろうに…。
 
 
「出来ない…、私には出来ません…」
 
 
階段を上りきってすぐにチトセの苦しそうな声が聞こえてきた。それは搾り出したようなか細い声で、震えているのが良く分かる。そんなチトセの声と反対に、マティウスの声には怒気が含まれ、叱り飛ばすようだった。
 
 
「駄目…、無理…です…」
 
 
明らかに様子がおかしい。みんなその事に気づいたのか、息を潜めながら部屋の中へと入っていく。部屋の中にはさらに階段が存在し、上りきった先には祭壇のようなものが存在した。そこには創世力と、チトセ、マティウスがいた。マティウスが俺たちの姿を見て、焦りを感じているのか、腕を振るいながらチトセに命令する。
 
 
「さあ、邪魔が入った。今のうちに、私を殺せ!そして創世力に世界の破滅を願え!私を愛しているというのなら…、今こそ示してみよ!」
 
 
それは、あまりにも残酷な言葉だった。チトセはサクヤだった時からアスラの事を好きだった。例え叶わないと知っていても、それでもサクヤはアスラの事を一心に思っていた。チトセとして生まれ変わってもそれは変わりないものだった。そんなチトセに、マティウスは自分を殺せと命令するんだ…。俺が、リリーが知っているアスラは、そんな残酷な事をしない…。
 
 
「…あ、愛して…います…。でも…」
 
 
「あんた、なりは女だけど、全っ然女心、わかんないヤツね!」
 
 
「ホンマや…。残酷なヤツやで」
 
 
「そうよ、チトセさんはあなたに愛されたいだけなのに。ほんのわずかでも…」
 
 
イリアたちがそれぞれの思いをマティウスにぶつけてみるが、奴はそんな三人を嘲笑い、鼻で笑った。そんなマティウスにチトセは肩を震わせる。
 
 
「知った事か!勝手に私に惚れて、そして同じように愛せ、だと?過分な要求ではないか。ならば私に気持ちを示してみよ!」
 
 
「馬鹿な…。君には人の心がないのか?そこまでして世界崩壊を望むのは何故だ!」
 
 
あまりにも酷すぎる言葉を吐くマティウスに対し、ルカが大剣に手をかけて体勢を低くしながら叫ぶと、マティウスは眉を吊り上げ、ルカと同じように叫ぶ。
 
 
「理由など要らん!私がただ在る限り、世界は滅ばねばならないのだ!」
 
 
指を突きつけそう叫ぶマティウスの表情はどこか悲しいものだった。やはり奴はアスラの生まれ変わりだ。どこかで優しさが出てしまっている。けれどそれでも奴は怒りと絶望に勝つ事が出来なかった。だから奴は今ここに存在し、俺たちと敵対している。彼女の中に存在する転生者としての記憶は、それ程までに残酷だったんだろうな…。
 
 
「貴様ら如きに止められるか?天を統べし魔王の力の前には貴様らなぞウジ虫にも劣る」
 
 
俺たちはウジ虫かよ…。随分と酷い言い方をしてくれる…。俺たちは仮にも神の力を宿した人間だ。アスラであったマティウスとは違うが、俺たちはそれぞれ強い。そして俺の背中には現存する神が宿っている刀が存在する。リリーが勝利の女神だ。彼女の出る戦は必ず勝利に終わる。俺たちは、負けない。
 
 
「………。君のその物言い。不快だね…。僕にはイリアがいた。イリアが「不快だ」って指摘してくれた」
 
 
ルカがマティウスの事を強く見つめながらも、一瞬だけイリアと視線を合わせ、互いに頷く。
マティウスは確かに強いだろう。けれど、俺たちにはそれを上回る力がある。
 
 
「それがどうした?命乞いなら聞かんぞ?」
 
 
「それはこっちのセリフだよ。僕は君を倒す。君がいるとアスラとイナンナが浮かばれないんだ。二人とみんなのために…倒す!」
 
 
「そ〜よっ!もう前世なんてウンザリ!これで、決別よっ!」
 
 
「もう、身も蓋もないなぁ…。イリアったら…」
 
 
「はははっ!イリアらしいな!」
 
 
最終決戦前とは思えない雰囲気に、思わず笑いが漏れて口元が歪む。イリアとルカも楽しそうに笑いながらも、顔を引き締め、それぞれの武器を構える。
 
 
「俺は「剣」だ。そしてこいつらを守る「楯」…。役目を果たせば「制する」事が出来る。ヘッ、な〜んだよ!バルカンの想いもハルトマンの教えも大差ねェ!草葉の陰で見てろよ、バルカン!」
 
 
スパーダはニッと笑みを浮かべ、腰に携えていた双剣をすらりと抜く。
 
 
「自分もアスラやってんな。知っとったらもうちょい優しくしたったのに…。でも、もう遅いで?おイタが過ぎたみたいやからな、尻叩きでは済まされへんねん」
 
 
表情を引き締め、強く拳を握って構えるエル。
 
 
「あ、そうそう。終わったら、美味しいものでもみんなで食べに行こうね。だから、みんな怪我しないように。私と約束よ?」
 
 
袖から仕込みの短刀と取り出し、マティウスを睨みつけて構えるアンジュ。
 
 
「…フ、みな戦意が高いな。こらなら負けるはずなかろうて」
 
 
みんなの意気込みを聞いたリカルドが口元に笑みを浮かべて銃を構える。
 
 
「俺は殺戮人形だった。だが、仲間のお陰で人間である事を取り戻す事が出来た。お前を倒さないと、俺の前世である少女と、俺たちが真の幸せを手に入れられないんだよ」
 
 
背負っていたリリーに手を伸ばし、鞘から刀身を抜いて構える。
 
 
「くたばれ!愚か者どもめがぁあ!」
 
 
マティウスがそう叫ぶと、殺気が物凄い勢いで膨れ上がる。それと同時に衝撃波のようなものが部屋の中に溢れる。
 
 
「油断するな!」
 
 
リリーを水平に構え、衝撃波に耐えていると、やがてその波は徐々に消えていった。しかし、衝撃波が止んだ瞬間、目の前には想像を絶するものが存在していた。それは傍から見れば魔物と称してもいいものだろう。アスラの巨躯に、首からイナンナの胴体を繋げたような、おぞましい姿。肌の色は灰色で、人間とは言い難いものだった。
 
 
「天地のみんなのために…、僕らは負けない!」
 
 
顔を引き締めたルカは、マティウスの行動に警戒しながらも、勢い良く地面を蹴りだし、前へと飛び出した。
それとは反対に、俺は術を詠唱するために後ろへと下がり、リリーをくるりと一回転させて集中する。
 
 
「フィールドバリアー!」
 
 
防御術を詠唱した後、すぐに攻撃するために別の詠唱を展開させる。
 
 
「雷雲よ、我が刃となりて敵を貫け……、サンダーブレード!!」
 
 
詠唱を完成させて、リリーを高々と掲げると、マティウスの足元に紫色の陣が浮かび上がり、その上から紫電の剣が落ちてきて、マティウスを貫こうとする。
 
 
「愚か者どもめが!」
 
 
しかし、サンダーブレードはマティウスの頑丈な鎧を舐めるように滑っただけで、その鎧を貫く事は出来なかった。マティウスはその事が分かっていたのか、サンダーブレードの事を無視して手に持っている大剣を振り回し、前衛にいたルカ、スパーダ、エルを軽々と吹き飛ばした。
 
 
「ルカ君!スパーダ君!エル!」
 
 
壁際まで飛ばされてしまった三人を見て、アンジュが素早くそこに駆け寄り、治癒術を詠唱する。しかし、前衛三人が一気に飛ばされてしまった事により、後衛を守るものがいなくなってしまった。俺はそれを補うために一気に前へと駆け出した。
見たところ、あの鎧は予想よりもかなり頑丈だ。上級術であるサンダーブレードをものともしないところを見ると、簡単に壊れはしないだろう。しかし、こちらにはもっと最強の技が存在する。勝利の女神の技である、七つの神が。第一神、翠神はあらゆる物を切り裂く無慈悲な神。この技なら…!
 
 
「喰らえ!第一神、翠神!!」
 
 
淡い緑の光がリリーを包み込み、俺はその状態のリリーでマティウスを切り裂こうと振るう。これで鎧に傷をつける事が出来るはずだった。しかし、俺の予想はまたしても裏切られる事になった。マティウスは、俺がリリーを振り下ろそうとした瞬間、見た目からは考えられないほど素早い動きで、俺の事を尻尾で吹き飛ばしたんだ。腹に食い込むように尾を叩きつけられ、息が詰まった瞬間に、今度は背中に強い衝撃を受けて息を吐き出す。
 
 
「がっ、は……!」
 
 
叩きつけられた壁からずるりと落ち、床に座り込むように崩れる。体中が痛みを発し、上手く動かす事が出来ない。荒く息を吐き続けていると、アンジュの声が響いた。
 
 
「キュア!」
 
 
温かな光が俺の体を包み込み、痛みを発していた体のあちこちを癒してくれた。痛みが少し引いた事で動けるようになった体をゆっくりと起こして、ルカたちと戦っているマティウスを見た。
あいつのリーチが長い事と、あの巨大な体の割に動きが素早い事。そして何よりも頑丈すぎる鎧。サンダーブレードですら貫けないあの鎧はかなり厄介なものだろう。
…もう一度、術を試してみよう。今度はサンダーブレードのように一点集中ではなく、広範囲に攻撃できるものを。
 
 
「魂をも凍らす、魔狼の咆哮…、ブラッディハウリング!」
 
 
リリーをくるりと一回転させてから、一気に掲げる。そしてマティウスの足元に闇色の陣が浮かび上がった瞬間、その足元から全てを呑み込む様な恐ろしい叫び声が響き渡る。この世のものとは思えない無数の叫びは、マティウスに微かながらダメージを与えてくれた。
 
 
「第四神、灰神!」
 
 
こちらからのリーチが短いのなら、遠くから攻撃をすればいい!そう思ってある程度はなれた距離から灰神を放つ。マティウスはブラッディハウリングで傷ついた体で大剣を振るうが、灰神は俺の意志でしか消える事がない。
 
 
「行けぇ!」
 
 
そして、俺が灰神を放った理由は遠くから攻撃するためではない。それは俺の体を隠すためのものが必要だったからだ。灰神は巨大な炎の塊。俺の体を隠すにはもってこいだ。
このまま翠神を使ったとしても、傷つけられるのが限度かも知れない。だから、外側からじゃなくて、内側から、だろ?
 
 
「第五神、紫神!」
 
 
紫電がリリーを包み、バチリと唸りを上げる。それを確認した後に、目眩ましとして使っていた灰神を消し去り、リリーをマティウスに向けて振り下ろす。マティウスの鎧とリリーが接触した瞬間、マティウスはすぐに体を捻り、紫神から逃れようとする。
 
 
「っ!?」
 
 
紫神が完全に効いていないうちに、マティウスは体を捻り、大剣を振り回してくる。その切っ先は確実に俺の事を狙っていて、とてもじゃないが避けれるようなものじゃなかった。もしも避けれたとしても、ここから避けるとしたら、大怪我だけじゃすまない。
 
 
――ラスティ!――
 
 
俺へと振り下ろされる大剣と、マティウスの歪んだ笑顔。それはあまりにも印象的で、脳内に濃く焼きついた。それと同時に周りの全てが遅く感じられた。これは、死を、予感しているからなの、か…?
 
 
「ラスティ!」
 
 
目を見開き、マティウスの事を映していた俺の瞳に、別のものが飛び込んできた。それは、俺が愛している綺麗なエメラルドで…。
何かが切り裂かれる音が聞こえ、飛び散った紅が、俺の視界に飛び込んできた。そしてどさりと何かが倒れる音。それは、あまりにも信じられない光景で…。
 
 
「ス…パーダ…?」
 
 
頭が上手く機能しない。目の前の光景を受け入れたくなくて、霞みがかってしまう。一体、何がどうなっているんだ…?何で俺は無傷で、俺の目の前にスパーダが倒れてるんだよ…。なん、で…。
 
 
「スパーダ!?」
 
 
「スパーダ君!」
 
 
みんなの悲鳴が聞こえてくるけれど、俺の耳には届かない。どうして、こんな事になっている…?どうして俺の足元に倒れているスパーダは血を流しているんだ?何で、こんなに大怪我を…。俺が、俺が斬られるはずなのに…。
 
 
――ラスティ!急いでレイズデットを!――
 
 
リリーの悲鳴じみた声が聞こえた時には、アンジュがスパーダに駆け寄っていて、レイズデットを唱えていた。優しい光がスパーダを包み込むが、スパーダは体をピクリとも動かさず、ただ地に伏せているだけだった。それは、つまり…もう間に合わ、ない…?
 
 
――ラスティ!しっかりして!――
 
 
上から降ってくるマティウスの嘲笑。俺の事を守ってくれたスパーダを嘲笑う不快な笑い声。俺は、それら全てを思考から排除して、血溜まりに沈んでいるスパーダの横に膝を突く。息を、辛うじて息をしている…。けれどその傷は重傷で、とてもじゃないが通常の治癒術じゃ助けられない…。
 
 
「リリー…」
 
 
――……分かったわ…。あなたがそれを望むのなら、私はあなたの意志に従いましょう。例えあなたが傷ついたとしても…――
 
 
右手に持ったままのリリーを自分の目の前に持ってきて、刀身を確認する。その刀身は微かに鈍り、リリーが渋っている事を示していた。けれど俺は構わず強く、願う。するとリリーの刀身は淡い光に包まれる。
 
 
「絶対死なせない」
 
 
――…けれどそれは…――
 
 
リリーが渋るような声を出していたが、俺はそれを無視して光っているリリーの腹の部分を、スパーダの傷口に押し当てた。光はじんわりとスパーダの傷口に広がり、輝き始める。
 
 
「聖なる息吹よ、彼の者を再び……我が身に、罰を!第六神、再神!」
 
 
リリーが纏っていた光が、この部屋全てを覆いつくすほどの凄まじい光を放った。
 
 
 
 
 



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