変わらぬ魔槍


 
 
 
 
 
塔に入った瞬間、俺は思わず口を開いてしまった。
 
 
「これは俺に対する挑戦か…?」
 
 
塔の高さから考えてかなりの数の階段を上らなければならない事を予想していたが、目の前に存在するは恐ろしい程長い螺旋階段。これを見て殺意が芽生えない奴などいないだろうよ…。
 
 
「ちなみに何に対しての挑戦なの…?」
 
 
俺の少し後ろに立っていたルカが恐々とした様子で俺の事を見上げてくる。体も震えていて、まるで小動物のようだった。そんなんだからイリアやスパーダに馬鹿にされるんだぜ?と心の中だけで教えてやった。さて、何故ルカがそこまで怯えているのか。それは俺がリリーを片手に黒いオーラを出しているからだろう。自覚はちゃんとしている。
 
 
「ならその挑戦受けて立とう!今すぐ黎明の塔ごとぶっ飛ばしてくれるわぁ!!」
 
 
お前らの天狗のように長くなった鼻っ柱叩き折ってくれるわぁ!!と叫びながらリリーを構えて詠唱破棄しようとした瞬間、スパーダとリカルドに頭を思い切り殴られた。
 
 
「お前は何をしでかすつもりだっ!?」


「全くだ」


「いや、案外効率いいぞ?相手はここから出てこないんだから、塔を壊したら一発で…」
 
 
倒せる…、なんて冗談交じりに言ったらスパーダに思いっきり左頬を殴られてしまった。しかもあまりにも強力なパンチだったのか、俺は思いっきり吹き飛ばされてしまった。
何故だ…!これってかなり効率がいいのに!マティウスだって一発で倒せるのにぃ!
 
 
「さぁ〜て、ラスティのことなんて放っておいておきましょ!」
 
 
イリアが倒れている俺を無視してルカとアンジュの背中を押して螺旋階段を上り始める。リカルドとエルも俺の事を無視して螺旋階段に足をかけていた。
こいつら、俺の扱い方酷くねぇ?
 
 
「俺としては真面目な話だぞ?平和的ではないか?」
 
 
よっこらせ、なんて古い言葉を使いながら立ち上がってみんなと同じように階段に足をかけて上り始める。スパーダは俺の隣で同じように上っていく。
 
 
「どこが真面目なのか教えてもらいてぇな…」
 
 
溜息をつきながらいかにもアホらしいみたいな感じで言われた。けどさ、本当に俺としてはいい作戦だとは思うぞ?だってマティウスの力は未知数だしさ、出来るなら戦闘を避けたいし…。
 
 
――…ラスティ…――
 
 
真剣に黎明の塔を破壊すべきか悩んでいると、リリーの声が脳内に響いてきた。そのリリーの声は酷く真剣で、しかしどこか疲れているようだった。
どうした、リリー?
 
 
――…あいつの気配がする。魔槍ゲイボルグの…――
 
 
リリーの言葉に、思わず進めていた足を止めそうになってしまった。魔槍ゲイボルグって事は、ハスタ・エクステルミだよな…。嫌だなぁ…、俺あいつの事苦手なんだよな…。得意な奴もいないだろうけどさ…。思わず大きく肩を落としてしまったのは、許して欲しい。
 
 
「どうした?」
 
 
歩く速度が落ち、肩を大きく落とした俺を不審に思ったスパーダが声をかけてくるが、今の俺には元気がないだろう…。
 
 
「いや…多分何でもない…」
 
 
気配に敏感なリリーが相手を間違えるわけがない。つまり、俺は、俺たちはこれからハスタと戦う事を覚悟しなければならないって事だ…。おそらくハスタの事だから戦闘前にお得意の意味不明トークを繰り広げるだろう。その間に俺は冷静になれるようにしよう、うん…。
ハスタについて色々考えていると、塔の外側に出る事が出来た。随分と高いところまで来たんだな…。下が凄く遠くに見える。
 
 
「やあ、デザートの時間だね。いささか「粗食」というか「粗敵」に喰い飽きてしまいましてな」
 
 
耳に張り付くようなねっとりとした声が階段の方から聞こえてきて、俺たちは一斉にそちらを見る。やはり、リリーが感じた気配は間違いなくゲイボルグだったらしい…。こんな時くらいは外れてくれても良いだろう…。
 
 
「子供の笑顔と俺の心の平安のため面白可笑しく殺されちゃってもらえませんか?OKですか?」
 
 
ああ、こいつは本当に何を言いたくて何を考えているのか全く読めない。思考を読む事には長けているつもりなんだが、こいつの思考回路はどうも理解出来ない。つうかむしろ人間なのか気になっている。
 
 
――やはりハスタだったみたいね…。頑張れ…――
 
 
ああ、アリガト…。
 
 
「出た…」


「てめーも創世力目当てかよ?はっ、とんだ俗物だな」
 
 
ハスタを見た瞬間、イリアはすぐに顔を歪め、口元を引きつらせている。反対にスパーダはハスタを強く睨みつけ、吐き捨てるような言葉を言った。
 
 
「「俗物」?なんでお前、俺の母親の名前知ってんだ?あー…、もういいからお前、死んでよ。みんな一緒に殺してやるからさ。んで、最後はマティウスだな。…いや、待て。全人類をこの手で殺すってのも、古今例の無い事だぜぇ?」
 
 
一人で長々と何かを喋り続けるハスタ。その口から出るものは危険な言葉ばかりだが、こいつ一人で全人類が滅ぼせるとは思えないな…。
 
 
「お前は一体誰の味方なんだ?」
 
 
「少なくともお前の味方じゃないな。殺し合うには充分な理由だろ?じゃ、はい、戦闘に突入〜」
 
 
腕を組んで冷静に喋るリカルドに槍を向けたハスタが楽しそうに口元を歪めてそう言うと、スパーダが双剣を勢い良く引き抜いて、ハスタに向かって吠える。
 
 
「勝手に仕切んじゃねーッ!!お前との縁、今度こそ最後にしてやる!」
 
 
ハスタの言葉に一気に血が上ったのか、元々喧嘩っ早いスパーダが双剣を交差させてハスタへと突っ込んでいった。怒りを露わにしているスパーダとは反対にハスタは本当に楽しそうにニヤニヤとしている。
そんなスパーダを見ながら、ルカたちは一気に武器を抜いて構える。俺もリリーをくるりと回して詠唱する。
 
 
「あいつホント猪突猛進だよな〜…。フィールドバリア!」
 
 
温かな光が俺たちを包み込み、強力な壁を作り上げる。こうでもしないとハスタのデタラメな攻撃を防ぎきれないだろうからな。フィールドバリアが発動したと同時にスパーダがハスタに斬りかかり、イリアが手に持っている銃の引き金を引いた。
 
 
「ホーリーランス!」
 
 
「ロックブレイク!」
 
 
「ネガティブゲイト!」
 
 
後ろで詠唱していた三人が、ほぼ同時にそれぞれ違う種類の天術をハスタへと向ける。ハスタは自分の向かいにいるスパーダの足を槍で払うと、天術を避ける同時にこちらへと突っ込んできた。
当たりに来る気だっ!
突っ込んでくるハスタを止めようとルカが素早くハスタの前に立ち、その大剣を振るう。
 
 
「熱波旋風陣!」
 
 
ルカが大剣を振るった瞬間、その剣は炎を纏い、ハスタへと襲い掛かる。肌が焼けるほどの炎のはずなのに、ハスタはその攻撃をものともせず槍でルカの体を吹き飛ばした。ルカは勢い良く吹き飛ばされ、地面へと転がる。
 
 
「ルカ君!ヒール!」
 
 
蹴り飛ばされたルカに素早くヒールをかけたアンジュは、すぐさま自分もハスタの進行を妨げるために、袖に仕込んである短刀を取り出して構える。アンジュがキッと顔を引き締めて一気にハスタに向かって走り出す。しかし、ハスタはアンジュのその行動を呼んでいたのか、にやりと口元に笑みを浮かべると、槍を勢い良く振り回した。
 
 
「きゃあ!?」
 
 
ハスタの予想外の行動に反応出来なかったアンジュは、槍によって吹き飛ばされてしまった。今のアンジュが隙だらけなのにも関わらず、ハスタは追撃をするわけでもなくこちらへと突っ込んできた。そう、俺の元へ、だ。
 
 
「楽しもうぜ!アレス!」
 
 
杖の状態だったリリーの鞘の部分を強く引き、刀身を露わにする。曇り一つない美しく洗礼された刀。敵をどれだけ斬ろうとも、この刀が衰える事なんてない。
 
 
「魔槍、ゲイボルグっ!」
 
 
突っ込んできたハスタの槍をリリーで受け止め、右足に力を込めて踏ん張る。ギリギリと強く押され、左足が力に耐え切れずに後ろへと押されている。
 
 
「お前とマトモに戦ったのは初めてだなぁっ!」
 
 
にやりと笑って槍の切っ先を俺の腹へ定めようとするハスタ。俺はそんな槍の軌道を変えようとリリーの腹で切っ先をずらす。だが、ハスタの方が力が強くて、完全にずらす事は出来ない。
 
 
「あ〜、そういやぁ前はアレスだったなぁ…。まあいいや、お前を倒せれば!」
 
 
ギリギリと押し合っていた瞬間、いきなりハスタが込めていた力を一瞬にして抜いてきた。あまりにも突然の事でバランスを保てなくなり、体がぐらりと前へ倒れる。そんな俺を見たハスタはにやりと口元を歪め、一度退いた槍をもう一度俺へと突き出してきた。切っ先は確実に腹を狙っている。俺は咄嗟の判断で槍の腹に素手で触り、軌道を無理矢理ずらした。
肉を斬られる鋭い感覚が脇腹に走った後、ハスタが足を伸ばして俺の脇腹を力強く蹴る。全身を刺すような痛みに呻き声を漏らすと、ハスタは恍惚そうな笑みを浮かべていた。その表情が悔しくて歯を食いしばる。
その瞬間、体中が熱くなり、瞳孔がカッと開かれる。それと同時に瞳に強い熱が集まってくる。熱い…。あの時と同じだ…。王都の時と…。
 
 
――ラスティ…。貸して?――
 
 
やけに冷静なリリーの声が聞こえた。いや、彼女は全く冷静ではなかった。ただその奥に眠る酷く燃え盛る炎を隠すために冷静になろうとしているだけだ。純粋な怒り。それも、かなり濃度が濃い気がする。
そうか、分かった…。リリーが意志を繋ぐ。それは精神的なものだけかと思っていたが、違うんだ。リリーの所持者である俺は、彼女と肉体的にも繋がりを持っている。だから俺がリリーと同調する事を望んだのなら、彼女は俺の体を借りる事が出来る…。
 
 
――あいつとの決着は、私が…勝利の女神が着けるっ!――
 
 
ああ、分かったよ、リリー。お前がそれを望むのなら、お前に預けよう。
 
 
「――私は、彼の邪魔するモノを排除するっ!――」
 
 
リリーが刀を構え、ハスタへと一度振り払う。ハスタはその刀を後ろに下がる事で軽々と避けてしまう。しかし、リリーがしたかったのは攻撃ではない。ハスタとの距離を取りたかったんだ。
 
 
「――消え去れっ!ゲイボルグ!――」
 
 
瞳が一段と熱く、疼く。リリーの思考が俺の中を駆け巡り、指示を出していく。
 
 
――光よ…――
 
 
リリーがそっと囁くような声で言った瞬間、刀が美しい光を放ち始める。これは、この技は…。リリーが天上にいた時にゲイボルグを倒すために使った…。
パンッとリリーが左手で刀の腹を強く打ちつけた。
 
 
「――せめて安らかに眠れ。万物を統べし力よ、言の葉を邪悪なる者に届けたまえ!――」
 
 
リリーが一際強く輝き、刀身全てがその白き光に包まれた。そしてその光はリリーを包み込むと、槍の形状を取った。それはまるで聖なる槍。全てに断罪を下す穢れなきもの。
 
 
「――打ち砕け、ディメンスター!――」
 
 
右手が神聖なる槍を力強く握り締め、槍に変化したリリーに驚いているハスタの、がら空きとなっている腹を貫いた。ハスタはその瞬間目を見開き、口から血を吐いた。
 
 
「ぐっ!?」
 
 
吐き出された血は地面へと付着し、光を放っていたリリーはやがて普通の刀へと戻っていった。ずるりとリリーを腹部から抜くと、ハスタがすぐさまその傷口を手で押さえた。ふらふらと覚束ない足取りで立っていると、ついに力尽きたのが仰向けに倒れた。
その場の全員が息を切らしながらハスタを見下ろす。腹を貫かれて生きていることなんて、出来ないだろう。そう思って武器をそれぞれしまった瞬間、高い笑い声が空に響いた。
 
 
「ハハ、ハハハハハハ!」
 
 
仰向けに倒れたハスタは首だけ必死にこちらに向けて、笑っていた。しかしその口から流れ出る血が、もう助からない事を鮮明に教えていた。
 
 
「あー、ウソだよ。空元気さ。…俺、し、死ぬのか…?なんか…ヤダなあ〜くそぉ〜〜〜」
 
 
必死に起こしていた首が疲れたのか、ハスタは首を元に戻して青空を見つめた。その瞳にはいつものような爛々とした光はなく、虚ろになっていくだけだった。
 
 
「当然の報いだ、馬鹿野郎!もっと苦しみやがれ!」


「スパーダ!」
 
 
死に逝くものを罵るのは良い事じゃない。それに、例えハスタがどんなに悪人であろうとも、こいつは人間であり、転生者なんだ。
そういう意味を込めて視線を向けると、スパーダは不機嫌そうにしながらも黙った。
 
 
「う…いてェ…。なんかもういいや…。弱くて死ぬのは、当然の慣わしだ。次な。次転生したら、お前、ガチで殺す。…で、お前、名前なん…だっけ…?」
 
 
ハスタの目が徐々に光を失い、ゆっくりと目が閉じられていく。おそらく俺たちの姿など、もう見えないのだろうな。
 
 
「…次は…絶対にアレスに…勝ってやる…」
 
 
一瞬だけ。その一瞬だけ、ハスタはいつものような狂気的な瞳を俺に向けた気がした。その狂気的な瞳と一瞬だ視線が交わると、すぐに離れていった。
 
 
「お前は前世を引きずりすぎだ」
 
 
前世を捨てられれば、お前はもう少しまともな人間だったのかもしれないな。そういう意味を込めて苦笑してやると、ハスタは虚ろな目を青空へと向けた。
 
 
「…あばよ。ザ・グッバイ…」
 
 
がくりと力なく垂れた首を見て、ハスタがついに死んだ事を理解した。俺はハスタの死体に黙祷を捧げてやった。今度は前世の狂気に捕らわれず、自分らしく生きれるように、と。
 
 
 
 
 



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