自分は自分


 
 
 
 
 
『嘘…』
 
 
瞼を閉じると、ここで起こった惨劇が俺の脳内へと飛び込んできた。カタカタと小さく振るえ、その場に座り込んでしまった幼さを残した少女。
 
 
『何故…こんな事に…?』
 
 
少女の顔色は蒼白で、今にも倒れてしまいそうなくらい哀れだった。
 
 
『何故なの……アスラ…!?』
 
 
少女の視線の先、そこには死体と化したセンサスの魔王アスラの姿があった。魔王と恐れられたアスラの体はイナンナが手にしたデュランダルによって貫かれ、彼を貫いたデュランダルは見事に折られ、デュランダルでアスラを刺したイナンナはアスラの腕によって体を貫かれていた。
少女は震える体を抑えるように自分を抱き締めた。
少女は聞いていた。聞いてしまった。イナンナの思いを。デュランダルの裏切りを。自分がどうしてセンサスに来てアスラに近づいたのかを。そして、言い逃れするように愛してしまったとイナンナは涙を流した。でも、彼女はどうしても天地を一つにしたくなかった。それ故に彼女は反旗を翻した。アスラの愛剣であったデュランダルも、アスラが死ぬ事を仕方ないと切り捨てていた。
少女は全てを知ってしまった。愛していたのに自分の我が儘でアスラを殺してしまったイナンナを。良きパートナーであったアスラを簡単に切り捨ててしまうデュランダルを、彼女は目に焼き付けてしまった。
 
 
『裏切り者…!この、裏切り者ぉ!!』
 
 
少女の咆哮は空しく散った。息をしているのは少女だけだった。三人の神は既に死体となって空しく留まっているだけだった。少女はそんな三人をキッと睨みつけ、涙を流した。悲しみか憎しみか、判断は出来なかった。
 
 
『ラティオ…!私は絶対に赦さない!』
 
 
呪詛の言葉を吐き出した少女は、震える足を叱咤して崩れ行く天空城の中を走る。三人の神の死体などに目もくれず、少女は必死に走り、外へと飛び出した。
 
 
『あの方なら生きているはず!』
 
 
激しく揺れる城内の中を、少女は涙を流しながら必死に走る。唯一つの影を求めて、走る。そして、漸く少女の目の前に求めていた姿が飛び込んできた。美しい巨体の白龍を、見つける事が出来た。
 
 
『ヴリトラ!』
 
 
少女は今まで我慢していた声を抑えることが出来ず、一気に叫び声をあげながらヴリトラへと抱きついた。一方少女に抱きつかれたヴリトラはその爪で傷つけないように注意しながら少女の細い肩を掴んだ。
 
 
『お前さんは!?アスラはどうしたのじゃ!これは一体!?』
 
 
普段は細まっている目を大きく見開き、少女に問いかけるヴリトラ。少女はそれでも泣き止まず、ただ声を上げて泣いていた。ヴリトラはこんな感情的な少女に困惑しながらも、今度は優しい声で語りかけた。
 
 
『城の中で何があった?何故天上が崩壊しておるのだ?アスラはどこにおる?』
 
 
ヴリトラの優しい声に、少女は何度も嗚咽を漏らしながらも、何とか落ち着かせて顔を上げた。泣き腫らしたその顔は歳相応で、普段の無表情が嘘のように見えた。少女はしゃくり上げながら、体を震わせて声を出した。
 
 
『ラティオよ…。ラティオが私たちを裏切ったの…。いえ、初めから騙されていたんだ……。あの女が、アスラを…デュランダルまで……』
 
 
少女はそれ以上言葉を紡ぐ事ができなかった。再び込み上げてきた悲しみを抑えることが出来なくなって、少女はヴリトラへと泣きついた。一方のヴリトラは少女から伝えられた出来事に驚いていた。
 
 
『何と…っ!イナンナが…っ!?』
 
 
『やっぱりあの女は信用出来なかったのよ…』
 
 
いつも無表情なはずの少女は顔を歪ませ、大量の涙を流し続けていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お前はそのせいでラティオを恨んでしまったのか…」
 
 
瞼の裏で見た少女の悲しき物語。信じていたものを一番嫌っていたものに殺され、居場所も何もかも奪われた。少女は最後まで自分の世界を作り上げる事無くその命を失ってしまったのだ。
 
 
――そうね…。イナンナが裏切った時、私は完全にラティオを恨んだ。その恨みがあなたを苦しめてしまったようだけど…――
 
 
ガラガラと崩れ行く音の混ざって聞こえるリリーの哀愁を強く含んだ声。自分の過去をもう一度見て、辛かったんだろうな…。裏切りは少女の心に大きな傷をつけてしまった。
 
 
「いや、俺はこれも必然だと受け止める」
 
 
――必然?――
 
 
「そうだ。俺がお前の生まれ変わりとしてこの世に生を授かった事も、お前と出会う事も、あいつらと出会う事も、全ては必然だった。出会うべくして出会ったんだよ」
 
 
確かに辛い事は沢山あった。お前の記憶と思い。それが頭の中に流れ込んできて、俺は一体どうしたらいいのか困惑した。自分の疑心暗鬼で仲間を信じられず、どこか線を引いてしまっていた事。そして俺と彼女の入れ替わり。辛い事は沢山あった。でも、その分だけ良い事もあった。だから、これは単なる辛い旅じゃない。だって実際俺はあいつらと出逢って救われた。
ぐらりと、天空城が大きく揺れる。もうこの城は存在していられない。アスラの生まれ変わりであるルカの力を受けてしまったんだ。耐え切れない。あと少しで、全てが崩れる。
 
 
――ルカたちの所に行くの…?――
 
 
「いや、行かないよ。このまま黎明の塔に行く」
 
 
黎明の塔。アルカの本拠地で、マティウスたちがいる場所。そこが全ての始まりで、これから終わらせる場所。
 
 
 
「疾風」
 
 
俺がそう言った瞬間に、最後に残っていた足元が崩れ、天空城は海へと還っていった。最早周りには空と海しか残されてしなかった。
 
 
――一人で行くつもりなの…?それは、疑われても…――
 
 
「疑われても仕方がない。だが、それこそが俺の目的だ」
 
 
――あなたは何を考えているの?何故、疑わせたいの…?――
 
 
「壊れないものを確かめるんだよ」
 
 
リリーの疑惑に満ちた声を無視して、俺は疾風で黎明の塔に向かって移動を始める事にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
黎明の塔に近づくと、ゆっくりと地面に着地した。周りを砂漠に囲まれた場所にある黎明の塔は、砂嵐が酷い。そんな悪天候の中、沢山の兵士たちが戦いを繰り広げていた。
 
 
「うわ、ウザいな…」
 
 
抜き身のリリーを片手に、ズンズンと進んで行く。黎明の塔は遠くから見ても分かるくらいデカい塔だったが、近づいてみるとさらに大きく感じられる。まあ、当たり前だけどな。
 
 
――どうするの?――
 
 
「乗り込むに決まってる。まぁ、とりあえず邪魔者を排除しつつな」
 
 
抜き身で持っていたリリーを一度杖の形に戻してから、くるりと手の中で一回転させる。それと同時に天術の術式を頭の中で展開させていく。俺の足元には青色の陣が現れる。
 
 
「死なない程度に、スプラッシュ!」
 
 
兵士たちの足元から凄まじい水圧が襲い掛かり、それを喰らった兵士たちは次々と倒れていく。それでも兵士たちの数が全然減る様子がない。
くるくるとリリーを芸当のように回りながら通り抜けていく。砂嵐と兵士たちの怒号が酷いが、大した問題ではない。
さて、あいつらはもうどこまで進んだろうか?まだサニア村か?それとも飛行船か…?はてはて、いつになったら来るのやら…。
 
 
「サイクロン!」
 
 
全てを吹き飛ばす猛烈な風の前に、兵士たちは成す術もなく倒されていく。その瞬間、聞き取る事が出来ないような声が、耳に飛び込んできた。
 
 
「ラスティ!」
 
 
こんな砂嵐と怒号に満ちた場で、この声を聞き逃さなかった俺は凄いと思う。声が聞こえたのは後ろから。俺が待ちわびていた気配も後ろから。漸く追いついたらしい。
 
 
「よぉ、元気だったか?遅かったじゃん。寄り道でもしたかぁ?」
 
 
まるで待ち合わせをしていたような台詞だが、ルカたちは特に気にしているようではなかった。俺はそれに口元を緩めながらゆっくりと振り返った。ルカたちの目には疑心なんてものは見受けられなかった。予想通りだ。
 
 
「何で先に行くのよ!」
 
 
イリアがルカの隣に並んでそう叫ぶ。その顔には怒りが浮かんでいた。俺はそんなイリアの表情を見て、笑みを浮かべた。
 
 
「ああ?別に構わないだろ?俺には俺のやるべき事があるんだよ」
 
 
今までとは違う多少荒い口調。それと鋭く睨みつける視線。そんな俺の態度に、ルカたちが少しばかり揺れ始めた。信じようとしているが、この態度には裏があるんじゃないかと疑っている。ただ一人を除いて。そう、スパーダ・ベルフォルマ以外だ。
…愛のお・か・げ、とか言えばいいんだろうか…?あ、何か鳥肌が…っ!くそっ、なんか自分で地雷踏んだ気ィする!
 
 
「創世力をどうするつもり?」
 
 
疑惑と信頼の間で揺れ動く声。明らかに動揺している。他のやつらも口には出さないが、目が揺れている。
 
 
「俺たちは俺たちの世界を創る。そのためには創世力を必要不可欠!だから俺は創世力を求める」
 
 
そんなこいつらに、俺は貼り付けた笑みを浮かべてみせる。誰が見ても分かるような薄っぺらい笑みだ。その笑みもまたこいつらを動揺させるのには十分だった。
 
 
「邪魔するか?かつて自由を求めて戦った少女を救えなかったアスラと、その少女を裏切ったイナンナ」
 
 
杖の状態だったリリーを鞘から抜いて、刀身を露わにする。さすがにリリーを取り出し始めた俺に、ルカたちも武器へと手を伸ばす。そんなルカたちの前に、エメラルドが進み出た。
 
 
「ラスティ、お前が何を考えてるか分かってるぜ」
 
 
真っ直ぐ俺の事を見る灰色の瞳。その目には疑いなんて微塵も感じれらない。あれだけ疑われる事をやってみたにも関わらず。スパーダだけは動揺なんてしなかった。あのお義父さんでさえ動揺したのに、だ。
 
 
「何言ってんだよ…。邪魔するなら容赦はしない!」
 
 
重心を低くして、リリーを垂直に構えながら双剣を構えようとしないスパーダへと突っ込む。
 
 
「スパーダ!?」
 
 
ルカたちが突っ込んでくる俺に武器を向けようと手にかけた瞬間、スパーダがそれを片手で制した。
 
 
「来んな」
 
 
やけに冷静で真っ直ぐな瞳をしたスパーダ。武器を構える気配なんて微塵も感じられない。ルカたちが凄く動揺しているからスパーダの冷静さが余計に目立つ。どうやら本当にこいつは俺の目的が理解出来ているみたいだ。
垂直に構えていたリリーが風を切り、スパーダの首へと走る!それと同時に砂嵐が吹き抜けて視界を一瞬だけ奪う。
 
 
「ホント性格悪すぎ」
 
 
首から数ミリで止められたリリーに驚く事もなく、スパーダは普通に俺へと微笑みかけた。その顔は俺が寸止めする事を見切っていて、本当に脱力するわ。もしも寸止めできなかったらこいつはどうするつもりなんだろうか、なんて考えてしまった。
スパーダの首に添えたままだったリリーをゆっくりと離して、俺はその場に座り込んだ。ここまで完璧に考えを読まれたのは初めてかも…知れない…。
 
 
「一体…どういうこと…?」
 
 
俺を見下ろしながら笑っているスパーダ。そんなスパーダの近くで座り込んでいる俺。状況の理解出来ないルカが俺たちに声をかけてきた。そんなルカを、俺は下からじっとりとした目で睨みあげる。
 
 
「あのねぇ、ホントに俺が創世力を手に入れようとしてたと思ったわけ?」
 
 
嫌味を含めるように口元を片方だけ上げると、ルカは違うの?と首を傾げた。そんなルカの反応にまたしても脱力だが、この際気にしないでおく。
 
 
「あのなぁ、俺は創世力なんていらないわけ。まぁ、くれるっつうんなら遠慮なくもらうがな」
 
 
「ならなんでこんな事したのよ?」
 
 
髪をぐしゃぐしゃと乱しながらそう言うと、イリアが呆れたような声と顔で俺の事を見下ろして来た。俺はそんなイリアに向かって、何とも言えない表情をしていたと思う。
 
 
「そりゃ、お前…。お前らの消えないものを確かめるためだろうが」
 
 
「消えないもの?」
 
 
首を傾げながら聞いてくるルカに頷いてから、ゆっくりと立ち上がる。座り込んでしまった時についた砂を払いながら、にやりとした笑みを浮かべる。それから近くに立っていたスパーダの肩に腕を乗せ、そのままの状態で口を開く。
 
 
「ルカ。俺が天空城で言ったこと覚えてるか?」


「えっ?えっと…」
 
 
……まさか覚えてないわけ…?何それ…?俺の苦労を返せよ…。全く…。
 
 
「お前はお前だろ?」
 
 
「なるほど、そういうことね」
 
 
アンジュとリカルドは俺の言った事をいち早く理解して、納得したのか頷いている。他のメンバーは今一つ理解出来ていないのか、首を傾げている。スパーダでも理解出来たのに、何故ルカが分からないんだ…。
 
 
「あのな、確かに俺たちは天上人の生まれ変わりだ。でも、それと俺たちと、何の関係があるんだ?俺たちはもう前世の人間とは違う人生を歩んでいるし、そいつとは考え方が違う。なら、何故前世に囚われる必要がある?まあ、手っ取り早くいうなら、俺はお前たちの信用を試したって事だ。俺がどんなに疑われる事をやろうとも、俺の事を知っている奴なら最後まで信じてくれるだろうってな。結果お前たちは揺らぎながらも俺の事を信用してくれたってわけだ」
 
 
俺たちと彼女たちは別人。だからルカはアスラではなくルカだ。イナンナとイリアも同じだ。いくら前世でイナンナがアスラを殺そうとも、イリアはルカを殺さない。俺も彼女の生まれ変わりであるけれど、彼女とは全く違う。
そんな事を考えていたら、いい加減肩に乗っている俺の腕が重くなったのか、スパーダが鬱陶しそうに俺の腕を払った。
 
 
「だから性格悪ぃんだよ。もっと普通に聞けばいいのに」
 
 
「んな薄っぺらいもん聞いてどうすんだよ?こうしないと俺の事を疑わないだろ?疑われるからこそ信用を見出せるんだよ」
 
 
皮肉な笑みを浮かべながらそう言うと、全員から冷めた視線を頂きました。そんな冷たい目をする事はないじゃないか…。俺はいい事をしたはずなんだぞ…。
 
 
「もうそんな事はどうでもええねん!はよ行かな!」
 
 
冷たい視線にいじけていると、エルがアンジュやルカを押し退けて、俺とスパーダの背中をぐいぐい押してきた。それに驚いて目を見開いていると、アンジュが俺の隣を歩きながらクスリと笑った。
 
 
「そうね、ラスティ君のせいで時間かかっちゃったし」


「ちょ、俺のせい!?」
 
 
これから最終決戦に挑むように見えない和やかな雰囲気に、思わず笑ってしまった。本当にこいつらは最高だよ!
さあて、この黎明の塔の頂上にマティウスがいる。創世力も、そこに存在する。最終決戦、行こうじゃないか!!
 
 
 
 
 



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -