信じるべき仲間
天空城が崩れ、俺たちは飛行船へと避難してそれからサニア村へと不時着した。
「とりあえず、あたしの家に行きましょ」
イリアはさっきのように落ち込んではいなかったけど、まだどこか引き摺っているみたいだった。天空城で聞いたことはそれだけショックだったのだろうな…。そう簡単に解決できるような事ではないだろうからな…。
イリアの家は結構普通で、イリアの両親は良い人たちだった。ルカとラスティが帰ってくるまでここに居ていいと言ってくれた。
「ラスティ兄ちゃんはどうしてあっちに行ったんやろうな…」
少し寂しそうな声を出しながら、エルは椅子に座って足をバタつかせていた。
確かにあいつがどうしてあっちに行ったかなんて俺には理解出来ない。
「さあな…」
俺にはあいつの考えている事なんて理解出来ない。それにあいつは大事な事を内側に秘める癖がある。それはもう体に染み付いちまって離れないものなんだろうけど、せめて俺たちには頼って欲しい。俺たちは仲間なんだからな…。俺はあいつの事を理解出来ない。でも、唯一つだけ分かる事がある。
「あら、心配じゃないの?」
アンジュが凄い意外そうな表情をして俺の事を見る。そんなアンジュを見ながら俺は少しばかり表情を緩める。俺だってちゃんと成長したんだ。
「心配だけど、俺はラスティを信用してるからな」
「あらあら、すごい成長ね。ラスティ君がいたら凄い喜んだのに」
残念、なんて言いながらクスクスと良い笑顔で笑うアンジュ。そんなアンジュの笑顔に思わず顔が引きつるのはしょうがないだろう…。この毒舌聖女は本当に質が悪い…!
みんなが気を紛らわせるような会話をしている最中、扉が開いてイリアが入ってきた。
「ま、ボンボンから見たら驚いて飛び上がるよーなボロ家だけど。くつろいでちょうだい」
イリアがそう言いながら家の中に完全に入ってきた瞬間、イリアの影で隠れていたその人物が見えた。いかにも気弱そうな表情。
「ルカなのだ、しかし!」
コーダがルカの姿を見つけた瞬間、飛び上がってそう叫んだ。そんなコーダの声を聞いたみんなが一斉にルカの方を見る。ルカはさっき天空城で見せた暗い表情はしていなかった。
「ルカ兄ちゃん!」
「ルカ君…」
「ミルダ…」
「ルカ、お前…」
「ただいま…」
ルカが頬を緩めて照れたようにそう言うと、みんなの表情が一気に緩んだ。
「連れてんの、シアンちゃうん…」
エルが目を丸めて指を指した方向には確かにボロボロのシアンが立っていた。自分の体にある傷を押えて立っていた。ルカは少し緩んだ表情をすると、シアンの背中をそっと押した。
「天空城から僕を地上へ運んでくれたんだ。手当てをしてあげてよ。それで…みんな怪我とか大丈夫?」
途中まで明るく振舞っていたルカが、怪我の事に触れると少しばかり視線を下に下げて俯いてしまった。どうやら克服したと思ったが、引き摺っているらしい…。
つうか…一人足りなくねぇ?
「ラスティは…?」
俺がその名前を言った瞬間、ルカの顔が悲しそうに伏せられ、下の方では拳をきつく握られていた。その行動だけで、分かってしまった。
「一生懸命探したんだけど、見つからないんだ…」
搾り出すように言ったルカの表情は歪んでいた。天空城で自分の近くに居たはずのラスティが見つからなかったらそうなっても仕方ないだろう…。でも、それならあいつは一体どこに…。
「ラスティってアレスの事だよな?」
みんながラスティの事について考えを巡らせていると、不意にシアンがそう口を開いた。シアンは前に進み出て俺の事をじっと見つめてきた。その瞳はしっかりと俺の事を射抜いていた。だから俺も真剣にその瞳を見つめ返しながら頷いた。
「あいつなら天空城崩壊の時にふらりとどこかに行っちゃったよ」
「ふらりってそんな簡単に…」
「アレスの力をそのまま使えるみたいだから、そう難しい事じゃない。ここからそんなに離れてないみたいだ。まだ気配が感じられる。ここから南東に、気配があるよ」
南東…?そこにあいつの求める何かがあるのか…?
「黎明の塔…ね」
その言葉の意味が判らずに首を傾げていると、イリアがきちんと説明してくれた。
「アルカの本拠地よ。今王都軍が侵攻を始めたのよ…。そのせいで、この村の物資を略奪されたりね…。ほんっと迷惑っ!」
「枢密院の奴らは、マティウスに渡った創世力を奪い取るつもりなのだろう。で、我々はどうする?創世力は黎明の塔にあり、ラスティもそこに向かったらしい」
「決まってる。僕らも向かおう。黎明の塔へ!」
周りを見回しながらルカが力強く頷くと、エルが飛び上がり、アンジュが胸の前で手を組み、リカルドが頷いて、イリアが拳を作った。
「しかし、ルカ。よく戻ってきてくれたな」
黎明の塔に行く前に色々なものを準備していると、ルカとイリアの足元にいるコーダが飛び跳ねながらルカに言った。
「戻って来なくたって、こっちは全然困らなかったけどね!」
コーダの言葉に対し、イリアは相変わらず素直になれずに意地の悪い事を言っている。にんまりとあくどい笑みを浮かべながらルカに近寄っている。しかし、実際のところルカの安否を一番心配していたのはイリアだ。そんなイリアの心情を読み取ったのか、ルカはどこか乾いた笑みを浮かべた。
「だったら戻って来なきゃよかったじゃん!」
本当に、イリアは素直じゃねぇな。
「さっきと言ってる事が違うよ。それに、君がそう言うのかどうか、確かめる必要があったしね」
ルカはイリアの本当の気持ちを分かっているのか、イリアの扱い方が上手くなったのか…、おそらく両方だろうけど、イリアの嫌味を綺麗にかわしている。一方のイリアは嫌味をかわされて不満そうな顔をしている。
「フンだ!生意気言っちゃって!」
「そーだ!ルカ、生意気だぞー」
コーダがイリアの言葉に便乗しているので、俺はコーダの頭を引っつかんでイリアに押し付けた。これでしばらくコーダには黙ってもらおう。イリアは突然来た俺の事を見て、コーダを連れてさっさとどこかへと歩いて行ってしまった。
「へっ、イリアのヤツ。照れてやがる」
ルカの方に腕を回してからかいを含んだ言葉を耳元で言うと、ルカは恥ずかしそうに口元を緩めた。そんな俺たちの近くにいつの間にか近づいていたリカルドがフッと笑った。
「素直に再開を喜べばいいものを」
リカルドの言葉を聞いたルカは目を瞬かせて意外そうな表情で俺たちの事を見ていた。まあ俺たちも大概素直じゃねぇからそんな事を言ったのが不思議だったんだろうな。
「君たち二人は喜んでくれるの?」
「ケッ!最後の最後で俺たちを信じられなかったくせによく言うぜ!」
「フ…、まあ俺は大人だからな。ガキの感情的な行動は多目に見てやるつもりだ」
素直じゃない言葉を吐き出した俺たちに、ルカは一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐに頬を膨らませて眉を吊り上げた。
「もう!そんなのイリアと変わらないじゃないか!」
まあ俺たちはイリアと同じく天邪鬼なのかも知れないな。素直じゃないところが。
そんな俺たちの様子を今まで見ていたアンジュとエルが笑いながら近づいてきた。
「ほら、ルカ君。私たちは喜んでるのよ?」
「せやで。ウチらは違うんやで〜?」
にこにことした表情のまま近づいてきたエルは俺たち二人を指差してからルカを見上げた。だがしかし、エルは俺たちとほとんど変わらない。同じ事を考えている。
「ルカ君がいないと、イリアやスパーダ君がもう不機嫌で不機嫌で…」
あ、ラスティ君がいないから落ち込みも加えてね。
なんて言いながらクスクス笑うアンジュに殺意が芽生えたのはしょうがないと思う。つか、俺はラスティがいないから不機嫌なわけじゃねぇっつうの!!
「ストレス解消でけへんせいかな、何か空気悪なんねん」
「ルカ君は、一行の風通しを良くする換気扇のようなものね」
「そ、それって…、全然喜べないけど…。僕がからかわれないと、みんな幸せになれないって事でしょ?」
喜んだ後に落とすような事を言われたルカは残念そうに瞳を揺らしながらエルを見つめる。そんなルカにエルは豪華にうんうんと頷く。そんで、ルカは案の定がっくりと大きく肩を落としていた。
「ところで、何で兄ちゃんは一人で黎明の塔なんかに行きよったんかねー。ウチらもそこに行くっちゅうねんのに…」
頭の後ろで手を組んで口をへの字に曲げたエルがポツリとそう漏らした。そんなエルの言葉に全員が一旦黙り込み、それぞれ考え始めた。俺はあいつの事を理解出来ない。でも、理解出来ないのはしょうがないんだ。俺はあいつじゃないから分からなくて当然なんだ。俺はあいつの事を知っていればいい。一番大切なことを、知っていれば。
「確かに…。何故ラスティは俺たちと別行動を取ってまで黎明の塔に行く必要がある?俺たちの目的は創世力だと言うのに…」
「確かに…」
「独り占め、って性格じゃないから有り得ないよね〜」
「んじゃあ何なんだ?ラスティが黎明の塔に行かなきゃならねぇ理由って…」
それぞれが意見を述べていっても、結局あいつの考えに辿り着く事は出来ない。あいつが何を考えているのかなんて予想すらつけられない。突拍子もない事を突然やりだすような男だからな…。
「新しい世界を創る…?」
しんとした沈黙に包まれていた俺たちの間に、ルカの一言が降りてきた。顎に手を添えて真剣に悩んでいたルカが顔を上げて、みんなの顔を見回す。
「リリーは確か新しい世界を創るって言っていたよね?」
「んなアルベールみたいな事を?けど、一人じゃ創世力は使えないぜ?」
「リリー…とちゃう?」
またしてもポツリと呟かれた言葉に、全員の視線がエルに向く。
リリー…。そうか、リリーは確かに刀という形状ではあるが、刀の中に宿った人格だ。創世力は献身と信頼があれば発動させる事が出来る。
「ラスティ君は一体何をする気なの…?」
「わからない。でも、ラスティに聞かなきゃ。もしも、本当にもしもだけど、ラスティが創世力を使っておかしな事をしようとしていたら…」
何だか、話がおかしくなっていっている。おかしい。ラスティは俺たちの大切な仲間なはずだ。なのに、何でルカたちはあいつの事を疑ってるんだ…?そんなの、おかしいだろ!
「違うだろ!」
気付けば俺は、口を開いていた。
「あいつの事を一番良く知っているのは俺たちだろ!何で俺たちがあいつの事を疑ってるんだよ!俺たちは知ってるだろ!あいつはそんな事をする奴じゃない!リリーがおかしな事に手を貸すはずが無いって!」
眉間にしわを寄せて強く言い放つと、ルカたちは呆気に取られた顔をしたが、すぐにハッとして自嘲気味に笑った。
「そうだね…」
「あたしたち、何やってんだか…」
「私たちがラスティ君を信じてあげないといけないのに」
「ウチらが真っ先に疑ってもうたらあかんなぁ…。スパーダ兄ちゃんはよぉラスティ兄ちゃんの事をわかってんね」
エルが俺の傍に寄ってきて、にこりと笑顔で見上げてくる。俺はそんなエルの笑顔を見ていられなくなって視線を逸らした。一々そういう事を指摘されるのは好きじゃない。俺はただ俺が知っているあいつを言っただけなんだからな。
「いいから行くぞ!」
みんなに顔を見せないように背中を向けてから、飛行船へと乗り込んでいった。
今お前に追いついて見せるぜ?ラスティ…。