道を示す者たち


 
 
 
 
 
「俺は変われた。親に裏切られ、軍に使われ、心を無くして人を殺す事だけをし続けた。それを助けてくれたのが、仲間だった。ヒンメル…、お前だってまだ変われる。違う道なんて沢山ある。俺がこの道を選んだように、アレスがこの道を選んだように…」
 
 
ルカたちの攻撃を受け、体中に怪我を負っているアルベールがその傷口を押さえながら立ち上がった。俺はそんなアルベールを見ながら彼を諭すように声をかけた。俺の中の思い。俺と共に在る彼女の思い。俺たちが背負ってきたもの全て。それらを言葉の中に込めて、アルベールへと向けた。
 
 
「僕を変える…だと?」
 
 
どこが愕然としたような声を含んでいるその言葉。しかし反対にアンジュは張り詰めていた空気を緩めて嬉しそうに俺の方に視線を寄越した。俺はその視線にウインクしてから再びアルベールへと視線を向ける。
 
 
「ねぇ、ヒンメルさん。…いえ、アルベールさん。あなたは変わらなきゃ。幽閉されて無力に嘆いたのははるか昔の前世のことでしょ?今のあなたは権力者。人の上に立ち、人の営みが生む力を自在に操る選ばれし者。民は、そして私は待っている。あなたの力が美しく振るわれるその瞬間を」
 
 
ふんわりと柔らかく微笑まれた表情。それは遥か昔に見た、ヒンメルの家庭教師であったオリフィエルと重なって見えた。時に厳しく時に優しく。誰よりも人の事を良く見ている彼の姿。アンジュは幸せそうな顔をして語る。アルベールなら、どこ状況を変える力を持っていると。
 
 
「あなたの意志次第で、地上全てを救う事が出来るかもしれないの。…誰の命も犠牲にせずに、ね」
 
 
先程まで自分に従順で、命を賭してまで守ろうと必死になっていたはずのアンジュが、急に自分を諭すような事を言い始めたせいか、アルベールは困惑した表情をし、その口を噤んだ。
 
 
「創世力になんて頼らないで。あなたはヒンメルより自由。創世力の呪縛から自由になりましょ?」
 
 
アンジュの言葉を黙って聞き続けていたアルベールは、やがてその表情を穏やかなものへと変えていった。前世に思いを馳せ、大切な事を思い出したのかアルベールは微笑んだ。
 
 
「…思い出したよ。君は僕が悪い事をした時はお尻を何度も叩いたね。天空神である僕に正面からぶつかってきたのは君だけだった」
 
 
「アルベール…」
 
 
「身をていして僕を守ってくれて嬉しかった。そうだな。絶望する前に、まだやる事がある」
 
 
柔らかな笑みを浮かべたアルベールに、アンジュも嬉しそうな笑みを浮かべる。
もう、この二人は問題ないな。アルベールはもう前世に囚われる事を止めた。アンジュは前世への償いを止めた。この二人は己の前世を断ち切り、今ここにアルベールとアンジュとして生きている。
 
 
「それはそうと。天空城に創世力があるってわかったんだ。マティウスの手に渡ってしまう前に、どうにかして手に入れちまわないと!」
 
 
スパーダが厳しい顔つきでそう言った瞬間、背後の方から嫌な気配を感じ、勢い良く振り返る。そこには忌々しい仮面をつけた奇妙な格好の人物、マティウスが飛行船の上に立っていた。
 
 
「そうは行くか。創世力が天空城にあるとわかればこっちのものだ」
 
 
仮面で顔を覆い、その顔を隠し続ける性別不明のマティウス。奴の出現に俺たちはそれぞれの武器を構える。
 
 
「天空城で待っているぞ、アスラ!」
 
 
どこか嬉しそうにそう言うと、どうやったのか知らないがマティウスは空間転移のような事をしてその場から消え去ってしまった。
 
 
「ど、どーすんだよ!あいつに先越されちまったじゃねーか」
 
 
髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き混ぜるスパーダに苛立ちを感じ、その頭を鷲掴みにして固定した後、アルベールの方へと視線を送る。アルベールは俺の視線の意味を素早く理解したのか、頷いてから飛行船を見上げた。
 
 
「君たち、この飛行船を使いたまえ。こいつなら天空城へ行ける」
 
 
「…アルベール…」
 
 
…今すぐ砂と砂糖を吐きたいです…。あ、砂糖はダメだ。糖分は俺の大切なエネルギー源だから…。糖分が切れたら多分俺死んじまうよ…。
 
 
「僕の事なら心配不要だ。さあ、行きたまえ!あ、でも後で返してくれよ。君たちを領内観光に連れて行くつもりだったんだから」
 
 
そう言って笑ったアルベールは、無邪気な笑みを浮かべていて、どこかヒンメルと似ているような気がした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
飛行船を借りれるのはいいものの、誰が操縦するか、という話になった時、やっぱりお義父さんがその舵を握るらしい。
大丈夫かねぇ?お義父さん飛行船なんて操縦した事ないだろうし…。てか、この乗り物自体珍しいから操縦なんて出来ないしな…。なんて思っていたら、飛行船はしっかりと浮き上がり始め、俺は安堵の息を吐く事が出来た。
 
 
「お義父さん、肩に力入れすぎ」
 
 
やっぱり心配になった俺は舵を取っているリカルドに近づいて、その肩を軽く叩いた。するとリカルドは落ち着くようにゆっくりと息を吐き出し、手に篭っていた力を多少緩めた。
 
 
「すまない…」
 
 
「それはいいけどさ…。大丈夫か?真っ青だけど…」
 
 
リカルドの顔色は真っ青を通り越して真っ白になっているような気がする。ここにもしも医者がいたのなら、絶対にすぐに休養するように言うだろうな…。まあとにかくそれくらいリカルドの顔色は悪い。冷や汗も出ているみたいだし…。
 
 
「何なら変わるか?ある程度の乗り物の操縦なら出来るが…」
 
 
「いや、問題ない。それに今さら代わってもらうのは俺のプライドが…」
 
 
大人としてのプライドっつうよりもプレッシャーかけられたってのが正解じゃないだろうか?おそらくリカルドにプレッシャーをかけたのはルカだろうな…。あいつ無垢なようで残酷だからなぁ。
 
 
「まぁ、なんかあったら呼べよ。サポートしてやるから」
 
 
ひらひらと手を振ってリカルドから離れ、ルカたちがいる場所へと戻ると、そこではルカが落ち着かない様子でイリアやスパーダに声をかけていた。その様子はさながら小動物ってとこだな。
 
 
「ラスティ…」
 
 
どこか上目遣いで俺の事を見るルカの目は明らかに不安ですって書いてあった。仮にもこれから天空城に向かうというのに、俺たちのリーダーがこんなんになってもらっちゃ情けない。
 
 
「情けない顔すんなよ。お前はアスラだ。自分に自信を持ちやがれ。必ず創世力を散り返すってな!」
 
 
「う、うん」
 
 
俺の気迫にどこか腰が引けているルカ。本当にその姿は頼りなくて、俺からしたら情けなくて仕方ない。それからルカは俺たちの元から離れ、アンジュやエルの方へと足を伸ばしていた。
 
 
「大丈夫かねぇ…」
 
 
あまりにも頼りないその姿に、思わず溜息を漏らしながら壁に背中を預けると、いつの間にか来ていたスパーダが俺と同じように壁に背中を預けた。
 
 
「大丈夫だろ。何だかんだ言ってここまで来たんだしよ」
 
 
「ま、今は信じてやるしかないってか…」
 
 
後はルカ次第って事だな…。歩き出す事を選択するのは自分自身だけだ。他人に左右されて生きるだけでは、生きていけない。本当に自分らしく生きたいのなら、自分の足で選択して、誰にも左右されない強固なる意志を持たないといけない。ルカはまだ、その意志が弱いらしい。
 
 
「城だ…」
 
 
不意に聞こえたルカの呆然としたような声に、俺たちは二人は窓の外を見る。確かに窓から見た景色の先には、空中に浮かぶ幻想的な城が存在していた。いつまでも浮き続ける不思議な城、天空城。
 
 
「天空城だ。着岸するぞ」
 
 
リカルドの声が聞こえて少しすると、軽い揺れが起こり、止まった。無事に、天空城へと辿り着く事が出来たらしい。
 
 
「よし、出るぞ!」
 
 
飛行船から外へと降りると、この城がとんでもない高さに存在している事がすぐに分かった。こんな高さから落ちたら一巻の終わりだな。
 
 
「ここが天空城?」
 
 
「…懐かしく感じちゃうよね」
 
 
「んだよ、忘れたのか?ここはセンサスの砦として使われてたんだぞ?」
 
 
俺とリカルド以外の奴らがキョロキョロしている中、軽く辺りを見回す。天空城は所々崩壊しているようだった。やはり天上崩壊の折に、崩れてしまったんだろうな…。それほどまで、創世力の力は凄まじかった。この城が残った事だって奇跡に近いんだろうな。
 
 
「フン、思い出話は後にしろ。急ぐぞ」
 
 
急ぐ、ね……。
何だか俺は今ここからあまり動きたくない気分だ。おそらくこの先に起こるであろう何かを予感しているからなんだろうな…。この先には、良い事なんて存在しない。だって天空城はアスラとイナンナが…。
 
 
――ラスティ、行くしかないわ…。例えこれからどんな事が起ころうとも、私たちは目を逸らしてはいけない。真実を目にした者として…――
 
 
分かっているよ、リリー。俺たちは真実を知っている。だからこそ、あいつに道を示す事が出来る。あいつがもしも間違えそうになった時、俺はそれを正してやる事が出来る。これは、俺たちにしか出来ない事だ。
 
 
――そう、私たちは彼らを導いてあげなきゃ。全てを知り、彼らの本質を知っている私たちが…――
 
 
まるですぐ隣にリリーがいて、俺を一緒に進んでくれるような気がした。自然と、足が前に出た。
そうだ、俺は一人じゃない。俺にはリリーがいて、リリーには俺がいる。俺たちは確かに違う人間だけど、同じ人間だ。だから、俺たちは真実を語ろう。天上崩壊の、真実を…。
 
 
 
 
 



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