少女と人形の望み


 
 
 
 
 
――ごめんなさい…ラスティ…。あなたを混乱させてしまった…――
 
 
瞼の奥でリリーが俯いていた。俺よりも一回りも小さな体は気丈に振舞っているが、震えているのを隠しきれていなかった。俺はそんな少女の頭を優しく撫でた。
 
 
「大丈夫。俺はお前の幸せを願っているんだから」
 
 
――ごめんな、さい…。本当に…。でも、どうしてかしら……、彼は変わってしまった…――
 
 
声を震わせながらそう呟くようにいったリリーの声は震えていて、その震えを抑えようと無理矢理笑顔を作っていた。その綺麗な深紅の瞳からは悲しみを抑えきれず涙がいくつも零れ落ちている。
 
 
「殺されてしまったから、かもしれんな…」
 
 
リリーの頭を優しく撫でたままゆっくりとしゃがみ込み、反対の手で溢れ出ている涙を何回も拭ってやるが、その涙は止まる事を知らずに流れ続ける。
 
 
――なら、私のせい…。私がヒンメルを助けられなかったから…――
 
 
ああ、なんてこの少女は美しいのだろうか。ヒンメルの死はこの子のせいではないというのに、自分の責だと感じている。本当に悪いのは、天空神である彼を拘束して少女を道具にしようとしたラティオだというのに…。
 
 
「リリー。お前の望むものは何だ?」
 
 
――私が望むもの…?――
 
 
「そう、お前は望みがないか?アルベールのような望み。マティウスのような望み。シアンのような、チトセのような…。ルカたちのような望み…」
 
 
目の前で泣き続ける少女の頬に手を添えてそっとその顔を上げさせる。泣き腫らした目は赤く、歳相応の幼さがあった。少女は俺の言っている事を理解してから少し顔を歪めた。
 
 
――私は、母様もヒンメルもルカもイリアもスパーダもアンジュもリカルドもエルも幸せになれる世界が欲しい。誰も差別されず、搾取されることなく、平和な世界…。戦争や異能者狩りがない世界。私たちが幸せに暮らしていける世界が欲しいっ……!――
 
 
叫ぶように吐き出された言葉。その言葉を言い終わった後に再び流れる涙を、リリーは自分の服で強引に拭い取った。
強引に涙を拭い続けるリリーの腕を掴んで止めさせてから、俺は顔を覗き込んで、優しく微笑んで見せた。
 
 
「そんな世界を作りたいのなら、作り出せば良い。誰もが幸せになれるような、素晴らしい世界を」
 
 
――どうやって…?――
 
 
「俺たちはもうその手段を知っているだろう?焦るな。俺たちには仲間がいる」
 
 
ゆるりと目を細めるのと同時に、闇に満ちていたこの空間に一筋の光が差し込んできた。しかしその光は不安定で、細くなったり太くなったりを繰り返している。
 
 
『なんでや!アンジュ姉ちゃん、死んでまうんやで?』


不意に光からエルの声が流れてくる。その声は悲痛な声で、アンジュの事を必死に呼んでいる。


「今は幸せなんてなれない」


『アンジュ、お願いだ…。そこを退いてくれ…』


苦しそうなルカの声。アルベールを止めなければならないのに、その前にはアンジュが立ちはだかる。踏み出せない。それ故に苦しむ。


「何故なら世は混沌としてるから」


『ごめんね、ルカ君。出来ないの。たとえ、あなたと戦おうとも…』


泣き声。大切な者を守るために、何もかも捨てようとする悲しい涙。それは大切な人を守りたいという想いの結果。


「行こう、リリー。俺たちは俺たちの世界を作る」
 
 
呆然と光を見上げているリリーの小さな手を握る。そして立ち上がって俺も少女と同じように光を見上げる。
 
 
――そうね、ラスティ…。今の私たちならその願いを叶えられるでしょう…――
 
 
手を繋いでいない方を光へと伸ばす。温かな光り。それを俺たちを包み込むようにゆっくりと広がっていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
閉じていた瞳をゆっくりと開き、目の前の景色を取り込む。俯いていた顔を上げてルカたちの方を見る。対峙するルカたちとアルベールとアンジュ。アンジュの手には短刀。しかしその手は震えていて、顔は泣きそうに歪んでいた。
 
 
「リリー、頼む」
 
 
――分かってるわ――
 
 
背中にあるリリーを手にとって、左手で鞘を持つ。露わになった刀身は美しく輝いていて、曇りなど一つもない素晴らしい刀。そんなリリーを強く握り締め、俺は強く踏み出す。
もう、迷いなどしない。
 
 
「行くぞ!」
 
 
踏み出した瞬間に生まれた速度を落とさずにアンジュへと斬りかかる。アンジュは突然飛び込んできた俺に驚きながらも素早く短刀でリリーの刀身を受け止めた。そして俺から距離を取ろうと、短刀でリリーを弾き返した。
 
 
「ラスティ!?」
 
 
ルカたちがどこか困惑したような声を上げる中、俺は油断なくリリーを構えてアンジュを睨みつける。アンジュも困惑を示しているようだが、今の俺には関係ない。今の俺は何も迷わないと決めたのだ。例えアンジュを傷つけようとも、アルベールの目的を止める!
 
 
「何を言っても無駄だ!剣を取れ!それは飾りか!!」
 
 
困惑したままのルカたちを叱咤して、リリーを強く握り締める。
第四神…。炎を司る神よ…。全てを灰と化す力を、俺に!!
 
 
「第四神!灰神!」
 
 
一気に炎を纏ったリリーを、アンジュの方向へと振り下ろす。炎は渦となって一直線に飛んでいく。俺はその灰神に続くようにすぐに踏み出す。反対にアンジュは灰神を横に避ける事で回避し、俺と同じように踏み込んでくる。
 
 
「お前らはアルベールを狙えっ!」
 
 
「あっ…」
 
 
アンジュが焦ったような声を出した瞬間、その体は無防備になる。俺はそれを見逃さずにリリーをくるりと一回転させて天術を展開させる。
 
 
「エアスラスト!」
 
 
威力をかなり落としたものの、油断していたアンジュに取ったらそれなりのダメージになるだろう。
 
 
「きゃあ!?」
 
 
アンジュは咄嗟に体の前で腕を交差して直撃を避けたものの、だいぶダメージを食らったらしい。アンジュが攻撃に怯んでいる隙に、俺は再び距離を詰めるために踏み出した。
 
 
「行くぞ、リリー」
 
 
俺の言葉に答えるかのように、リリーは紫電を撒き散らして唸りを上げる。
 
 
「唸れ!第五神!紫神!」
 
 
バチリと唸るような音を上げ続けるリリーをそのままアンジュへと振り下ろした。
アンジュは振り下ろされる刀を受け止めようと必死に短刀を構える。そしてそこへ振り下ろされるリリー。武器と武器がぶつかった瞬間、リリーが纏っていた紫電が弾け散り、アンジュの体がびくりと震える。
 
 
「お前の負けだ…」
 
 
すっとリリーが離れると同時に、アンジュは愕然とした表情で目を見開き、その場に座り込んだ。
 
 
「これ…は、何…?」
 
 
地面に両手をつき、体中を振るわせるアンジュ。俯いていた視線を上げて俺の事を見るアンジュ。その声すらも震えていたが、俺は特に心配する事無くその姿を見下ろしていた。
 
 
「第五神、紫神。紫神はリリーに紫電を纏わせる。これを喰らったものの体に麻痺する電気を流し込む。体に悪影響はないから安心しろ」
 
 
リリーの峰で肩を叩きながらアルベールたちの方を見てそう答えると、視界の端でアンジュがどこか愕然とした顔をしていた。
 
 
「初めから、この…つもりだった…の…」
 
 
「ああ、そうだ。これが俺たちの望みだからな」
 
 
「のぞ…み…?」
 
 
「そう。誰もが平和になれる、幸せな世界…。なぁ、リリー」
 
 
――ええ、そうね、ラスティ…――
 
 
誰よりも気高く綺麗な少女の願い。そして、人形と成り果て、人を殺す事を厭わなかった俺からの願い。この願いは絶対に叶えなえればならない。世界を平和にするために。そして、新しい世界を手に入れるために。
 
 
「行くぜ、リリー。覚悟は出来てるか?」
 
 
――彼が間違っているなら、私は彼を止める。彼の友達として!――
 
 
ルカたちと戦っているアルベールの元へと一気に駆け寄ってリリーを振るう。アルベールは突如乱入してきた俺に対応できなかったのか、すぐに体制を崩してその場に膝を突く。その隙を狙ってスパーダが双剣を振り下ろそうとした瞬間、アンジュが震える体を無理矢理動かしながらアルベールを庇うように両手を広げた。
 
 
「駄目!この人は傷つけさせない」
 
 
「アンジュ。何故、そこまでして…」
 
 
「この人を前世で守れなかった。それが私の生まれ背負った罪。この罪があったからこそ、私は今生で罰を受けているの。この人は守らないといけない。今度こそ死なせない…」
 
 
涙を流しながら、まだ上手く動かない体で必死にアルベールを守るアンジュ。その姿は痛々しくて、あまり見ていたいものではなかった。俺はリリーを鞘に納めてから背中に背負い、ゆっくりとした足取りでアンジュに近づいていく。
近づいてきた俺にアンジュは警戒して短刀を構えるが、俺はその右手をそっと下ろさせて優しく微笑みかけた。
 
 
「ヒンメル…」
 
 
あなたは道を間違ってしまっただけ。天上での絶望があなたを歪ませてしまっただけ。だから、まだやり直せる。あなたの歪みはまだ完成されたものではないから。人は、何度でもやり直す事が出来るから…。
 
 
 
 
 


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