藍色の奥の決意


 
 
 
 
 
アルベールがオリフィエルとリリーの名前を呼んだ瞬間、二人の顔に驚きが浮かんだ。その二人の反応を見て、俺は何となくアルベールが誰の転生者か分かった気がする。あいつは…ヒンメル。天空神ヒンメルの生まれ変わりなんだ。
アンジュがヒンメルの名前を呼んだ瞬間、アルベールの目が冷たく輝いた。
 
 
「アレス…、君もおいでよ」
 
 
まるで誘惑するような甘い声が聞こえて、あいつの方を見るとその足がふらふらと歩き出していた。その様子は何かに取り憑かれているようで、足取りは覚束ない。このまま行かせると、あいつが帰って来ない気がして、俺はラスティに手を伸ばした。
 
 
「ラスティ!!」
 
 
アルベールに伸ばそうとした方の手とは反対の手を掴んで、離さない様に強く掴んだ。いつもなら、きっと動揺したような顔でこちらを向くはず。なのに、今のあいつはこちらに顔を向けず、ただ俯いているようだった。
 
 
「行くな!」
 
 
いつもと違う態度に、どうしようもない不安に駆られ、俺はそう声に出した。でも、それでもあいつは振りぬかずにただ俯いているだけだった。握る手に力を込めると、その手は微かに震えていた。やっぱり不安になってラスティの顔を見ようとした瞬間、掴んでいた手が勢い良く振り払われた。そう、俺が掴んでいた手を、あいつが振り払ったのだ。
 
 
「ラスティ…!?」
 
 
振り払った瞬間に、深紅の髪の隙間からあいつの目が見えた。微かに見えたその瞳は、確かに深紅だった。リリーが持っていた深紅の瞳。その瞳は不安と悲しみに揺れていた。
俺たちが動揺して動けずにいると、アルベールはアンジュとラスティを連れて行ってしまった。その後、俺たちの前にテノスの兵士たちが立ちふさがった。その手には武器が握られていて、俺たちは素早く武器を抜いた。
 
 
「ちょっとあんたら、どいてよ!」
 
 
イリアが眉を吊り上げ、ホルダーに収まっていた銃を取り、兵士たちに向かって構えた。その目は鋭く、不愉快そうに相手を睨んでいる。俺もイリアと同じように兵士たちを睨みつけ、双剣を強く握り締める。
 
 
「どかねーってんなら、ちょいと無理矢理通らせてもらうぜ」
 
 
あの時のあいつはおかしかった。目が深紅になっているって事はどこか混乱しているに決まっている。だから、俺はあいつを追いかけて、必ずあいつを取り返す!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
強い風と雪が待っている中を、俺たちはあいつらを追いかけるために逆戻りしている。誰もが沈黙し、口を開こうとはしなかった。そんな中、リカルドが神妙な顔をして歩いていた。
 
 
「……」
 
 
「ちょいと、リカルド様?あなた護衛として雇われているのではなくてでございません?」
 
 
ついに沈黙に耐え切れなくなったイリアが、嫌味を含んだわざとらしい口調でリカルドに声をかける。しかし、リカルドはただ黙ったまま何も言わなかった。
 
 
「ホンマや!どないなっとんの?おっちゃん、ちゃんと働いてねぇやぁ」
 
 
エルはどうにかこの重苦しい雰囲気を壊そうとしているのか、それとも本当にそう思っているのか分からない声でそう言う。
 
 
「セレーナとラスティは自分の意志で向かったのだ。どうして俺が止められよう?」
 
 
「…でも、突然だったね」
 
 
「確か、名前言っとった。ヒンメルて…」
 
 
「ヒンメル…。確かラティオの?」
 
 
ラティオのヒンメル…。覚えている。はっきりとまではいかないけれど、確かに覚えている。アスラがオリフィエルと協力した時に、天空神を助けて欲しいと言っていた事を、覚えている。そして、ヒンメルが死んだ時、リリーが一番その死を嘆いていた。幼い少女の泣き声は、酷く戦場に響いていた。リリーの、大切な友達だと言っていた。
 
 
「恐らく、前世で深い因縁があるのだろう」
 
 
間違ってない。確かにリリーにとってヒンメルは大切な人物だったし、オリフィエルにとっても大切な人だったんだろう。だからアンジュは大人しく従った。ラスティは…きっとどうしていいか分からなかったんだろうな…。だからあの瞳は不安と悲しみに揺れ、深紅に染まっていた。リリーが一番動揺していたんだろうな…。
 
 
「嫌がって泣きわめこうがな。力ずくで無理矢理、だ」
 
 
先程まで神妙な顔をしていたリカルドは、その顔を一気に変えた。ニヒルな笑みを浮かべたリカルドを見た瞬間、やっぱりあいつの父親なんだなぁ、と妙に納得してしまった。
 
 
「ま、ラスティは泣きわめくことはなさそうだけどな」
 
 
「あー…確かにそうやわ…。兄ちゃんはわめきはせんよねぇ」
 
 
ラスティが泣き喚く場面を軽く想像してみたけれど、どうしても出来なかった。あいつが喚くなんて事しなさそうだしな。
みんなでうんうんと頷いていると、リカルドだけが微妙な顔をしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
テノスの工場に、アルベールが戻ってきたという情報を手に入れた俺たちは、すぐさまその工場へと乗り込んだ。
工場の中には明らかに作業員とは思えない連中が大量にいて、なおかつ武器を持っていたから、俺たちはそいつらを薙ぎ倒しながら工場の中を進んで行った。
 
 
「俺、そろそろ疲れちまったぜ…」
 
 
敵を倒して双剣を鞘に収めながらそう言うと、隣で大剣をしまったルカが域を切らしながらそれに同意した。みんなそれぞれ疲れたような顔をしていた。ここまで来るのにかなりの敵を倒したからな…。
 
 
「けど、かなり上まで来たよね?」
 
 
「もうそろそろってか?」
 
 
工場の奥にある階段を上っていきながら言うと、急に目の前が開けた。その空間に思わず目を見開く。俺たちの視線の先に存在していたのは、巨大な物体。その形は今まで見た事のないもので、どんなものなのか全く分からなかった。目を見開いて驚いている俺たちの横で、リカルドが顎に手を添え、感心したような声を出していた。
 
 
「こいつは飛行船。文字通り、空を行く船だな。こんなものまで作るとは…」
 
 
空を…行く…?そんなものがあるのか…。
 
 
「あ、あそこ!」
 
 
呆然と飛行船を眺めていた俺たちの耳に、突然エルの声が飛び込んできた。エルが指差した方向に視線を向けると、そこには連れ去られたアンジュとラスティ、そしてアルベールがいた。
 
 
「さあ、オリフィエル、アレス。僕らで天空城に向かおう。創世力はそこにまだあるはずなんだ」
 
 
「……」
 
 
アルベールがそう言ってアンジュとラスティに手を伸ばそうとした瞬間、俺たちはそれを止めるためにアルベールたちの前に駆けつけた。そのときのアンジュの顔は、嫌がっていないようだが、どこか苦しそうな表情をしていた。ラスティは、俯いていたその表情を読み取る事が出来なかった。
 
 
「ふふ、どうも僕らの間には障害が付き物らしい」
 
 
俺たちの姿を見るなり、まるで子供の邪魔が入ったかのように薄く笑うアルベール。どうやらこいつの中の俺たちは、取るに足らない存在らしい。ムカつく…。
 
 
「君もマティウスの手下か」
 
 
「マティウス?ああ、あの魔王を名乗る救世主気取りの甘ちゃん坊やかい?勘違いしてほしくないな。僕自身が創世力を望んでいるんだ」
  
  
「世界を滅亡させる気?」
 
 
「質問の意図がわからないな。もちろん、僕が望めばそうなるはず。創世力は使用者の思う力となる。天上の消滅は、使用者がそう望んだからなのさ」
 
 
馬鹿馬鹿しいとばかりに吐き捨てられた言葉に、今まで俯いていたラスティの顔が少しばかり上がる。その目の色はやっぱり変わらず深紅のまま。でも、その深紅は鮮やかな色を失い、虚ろに霞んでいて、今この状況を理解しているのか分からないような、そんな表情…。むしろ今を見ていない。どこか別の場所を見ているようだった。
 
 
「…一つ聞かせて下さい。ヒンメルさんは前世において、天地の融合を望んでおりました。しかし、天が消滅した以上、それは果たせません。ではあなたは一体何を成そうと言うの?」
 
 
アンジュが、アルベールに対してそう問いかける。そしてその問いかけに対してまたラスティの視線が上がる。微かに見えるその唇は何か言葉を紡いでいるが、ここからだと聞き取る事が出来ないくらい小さなものだった。
 
 
「知れた事だよ、オリフィエル。センサスも地上人も排した、ラティオの転生者だけを集めた理想国家さ」
 
 
アルベールから放たれた言葉に、アンジュが目を見開き、一歩後ろに後退る。
どういうことだ…?ヒンメルはアスラの意見に賛成していたって、言っていたはずなのに…。
 
 
「なんですって…!」
 
 
「僕がラティオにいた頃、天地が一つになる世界を夢見ていた。それが理想だと信じていた。でも、ご覧?この地上の有様を。愚かにも戦乱に明け暮れる地上人を。やはりラティオは正しかったんだよ。こんな野蛮で愚かな地上人を天に還らせるわけにはいかないんだ」
 
 
アルベールは演説を語るかのようにそう言って、空を仰ぎ見る。
その口は、確かな意志が感じられたけど、その内容は最悪だった。何もかもがおかしい。何が正しかったんだよ…!天上を荒らしていたのはラティオの方じゃないか…!
 
 
「そして、そんな地上を戻そうとするセンサス人も所詮愚か者だったのさ。ラティオは今こそ蘇る。この天空神ヒンメルの手でね」
 
 
「何故…」
 
 
ぽつり、と呟くように吐き出された言葉に、その場が固まる。誰もがラスティの方を見る。先程まで俯いていた顔はしっかりと上げられ、アルベールの事を見据えていた。その瞳は虚ろでも、霞んでもいなくて、綺麗で鮮やかな深紅の瞳だった。
 
 
「何がだい?」
 
 
「何故、排除してしまうの…?ヒンメル…」
 
 
深紅の瞳は鋭く、アルベールの事を捉えていた。ついさっきアルベールに連れて行かれた時のように曖昧じゃなくて、しっかりとした意志を込めた瞳。揺るぎない、もの。
俺にはその姿がラスティとリリーの姿が重なって見えた。その時、逆転した時と違って、しっかりとラスティにも意志があるようだから、リリーが体を借りているみたいに思える。
 
 
「あなたは全ての生き物が等しくある事を望んでいたのに…」
 
 
「それは間違いだったんだよ。センサスなんて野蛮なものは排除しなければ危険なんだよ」
 
 
「…どこが危険だと言うの?私にとって一番危険なのは私を閉じ込めたラティオを蘇らせる事が一番の恐怖。何故私とあなたを閉じ込めたラティオを作り直すと言うの?」
 
 
「そんな事はない。あの時の僕が愚か者だったのさ。反抗しないでおけば、元老院は僕を天空神として扱ってくれただろう」
 
 
「なら私は?裏切り者の娘である私はその枠を超える事が出来ない。ラティオに囚われたまま。また、あの狭い場所に閉じ込められるのがオチよ…」
 
 
「僕がいるじゃないか。僕が君を助けるよ」
 
 
「……止めようとは、しないの?」
 
 
悲しげに歪められた深紅の瞳。その目に対し、アルベールは残念そうに大きな溜息をついた。その溜息を聞いた瞬間、さらに深紅の瞳が歪められた。
 
 
「どうやら同意してくれないようだね」
 
 
「そうだよ、無駄な事は止せ!
「献身と信頼、その証を立てよ さすれば我は振るわれん」
同意もなしに創世力が使われるもんか!」
 
 
ルカが飛び出しそうになりながら必死に叫ぶ。どうしても創世力を使わせるわけにはいかない。もしもアルベールが創世力を使ってしまったら、本当にこの世界に住むセンサスの転生者と地上人が消えてしまう。
 
 
「それはどうかな?創世力、そしてアンジュ。この二つが揃えば、もはや僕の思いのままなのだよ」
 
 
「どういう…事だ…」
 
 
ルカの声が震えている。
その言葉が何を意味しているのか、分かっている。分かっているけど、それを認めたくはない。
 
 
「まさか…」
 
 
「そのまさかさ!センサスの野蛮人どもは二つだけ良い事をした。オリフィエルを殺さなかった事と、創世力の別の使い方を知っていた事!」
 
 
アルベールの笑いに、イリアが嫌悪感を露わにし、嘲笑を漏らした。
 
 
「はっ!ふざけたヤツ!あんたなんかにねぇ、アンジュは殺させないんだから!」
 
 
「ああ、返してもらうぜ?ラスティ共々」
 
 
「俺はセレーナとの契約がある。不履行は御免だな…」
 
 
それぞれが武器に手をかけ、アルベールを止めようと足を踏み出した瞬間、アンジュがアルベールの前に飛び込んできて、その両手を広げた。
 
 
「みんな、止めて!この人の邪魔をしないで!」
 
 
精一杯腕を広げてアルベールを護ろうとする姿。その姿に動揺を隠せない。どうして…何だよ…。自分の命が関わっていて、しかもその願いは平和のためじゃなくてラティオを復活させるため。護るべき相手じゃないはずだ。
 
 
「………ぅ……」
 
 
耳に、微かな声が届いてきた。その声は俺にしか届かなかったようで、みんなは視線をアンジュに向けている。それはアンジュの方を横目で見ながら、ラスティの方にも視線を向ける。
 
 
「……違う……」
 
 
今度ははっきりと聞き取る事が出来た。目を見開いてその姿を見続けていると、俯いていたラスティの視線が上がっていく。今までどんな感情を持って話していたのか分からなかったが、その目を見た瞬間に分かった。
藍色。
上げられた瞳は、先程までの深紅をしまい、美しい海のような色を宿していた。そしてその瞳は、アルベールの理想を否定していた。
一歩、ラスティはその足を踏み出した。
 
 
 
 
 



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