魔王と天空城


 
 
 
 
 
「ありがとう。あなたのお陰で私は娘の幸せを知る事が出来た。あなたも、娘のように幸せになれるように願っているわ」
 
 
あの村で別れたリリーの母親は、最初に会った時とは別人の笑顔で俺たちにそう言ってくれた。その顔は本当に優しい母親の顔で、輝いていた。それから母親は少しばかり礼を、とグミやらボトルやらを渡してくれた。俺たちはそれを受け取った後に、その村を後にした。目指すはテノス。おそらくこの旅で最後に訪れるであろう記憶の場があると思われる場所。
しかし、俺の気持ちは少し沈んでいた。テノスまでの道のりはそんなに長くは無い。しばらく歩いていれば着く程度だ。それでも俺の心は重かった。何故か、テノスにはあまり近づきたくないような気がして…。
 
 
「どうしたの?元気ないね…」
 
 
明らかにいつもより暗い雰囲気を纏っていたであろう俺に、ルカが心配そうに声をかけてくれた。けど俺はそんな言葉に返事をするのも億劫で、ただ口を噤んだままだった。そんな俺の様子を見て、スパーダが顔を覗き込もうとしてきた。俺はただ何となく、自分の気持ちに正直になってスパーダに抱きついた。
 
 
「ちょ、ラスティ!?」
 
 
急に抱きついた事に驚いたスパーダが体を捩って俺から離れようとするけれど、俺はそれを無視するように腕に力を込めて強くその体を抱きこんだ。それからその肩に頭を埋めてしばらくそのままでいた。
おかしいなぁ…。俺はいつだって最高にかっこよくて強いラスティ様なんだぜ?なのに…こんなに弱くってさ…。何だか情けないなぁ…。一番最初にこいつらと会った時の俺は一体どこに行ったんだよ…。
 
 
「大丈夫?」
 
 
アンジュがそっと近づいてきて俺の事を労わるように背中を擦ってくれた。その温かさが胸に染みてきて、少しばかり元気になれたような気がした。分かっている。どうしてこんなに弱っているのか。足りないものを見つけてしまったからなんだ。見つけてしまったから、俺はこれを失ってしまうのを恐れている。恐ろしいから、弱くなる。
 
 
――大丈夫よ、ラスティ。あなたには力があるわ…――
 
 
頭の中に直接響くリリーの声もまた温かくて、優しかった。そしてその言葉は俺が今欲しいと思っていた言葉だった。
本当に、リリーは俺の臨んでいることが分かる優秀な刀だよ…。
スパーダの肩に埋めていた頭を上げて、情けない顔を腕で拭った。いつまでも情けない顔をしているのはみっともない。俺はラスティだ。大嫌いなクルーラーの息子であり、こいつらの仲間だ。
 
 
「ありがとうな…。そうだよな、俺には力がある」
 
 
ゆっくりと確かに笑って俺はそう答えた。リリーの言う通り俺にはこの転生者の力がある。リリーがアレスとして生きていた頃に使っていたこの力が。
 
 
「そうだよラスティ!だから笑って!落ち込んでるなんて似合わないよ!」
 
 
明るい声でそう言ったルカに続いて、他の奴らも温かい笑みを浮かべている。そして優しく励ますように叩かれた背中。みんなみんな、温かくて綺麗で、俺も自然と笑っていた。何だか考え事をしていた俺が馬鹿みたいだったかも。
 
 
「そうだな!俺は落ち込んでるなんて性に合わないよな!俺はいつだって華麗にスパーダを弄ってないとな!!」
 
 
にっこりとそう笑顔で宣言すると、スパーダはがくりと肩を落としてから大きな声で何かを叫んでいたが、俺はそれをひたすら無視する事にした。だってせっかくこのテンションを取り戻せたんだからこのままで行かないと!!そうして俺は未だに文句を言いまくるスパーダを引っ張って歩き始めるのでしたー。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
しばらく雪の中を歩いていると、漸くテノスの町を見つける事が出来た。のは良いのだけれど、問題なのは俺たちではなくて、俺たちの横でがたがた震えているこの薄着コンビだ。リリーが渡したのであろう俺のコートに包まりながら歯をがちがち鳴らしている二人は、非常に情けない。そりゃ普段の笑みを知っている奴が見たら爆笑しそうなくらい情けない。
 
 
「とりあえずこいつらは宿にでも突っ込んどこう」
 
 
俺が二人を見下ろしながら呆れた溜息を吐くと、アンジュもそれに賛成なのか二人のコートを引っ張って宿へと連れて行った。二人は無理矢理引っ張ったコートの隙間から入る風にがたがたと体を震わせてアンジュに文句を言っていた。俺はそんな奴らを見ながらルカたちの方を見て溜息を吐いた。
 
 
「あいつらはもう少ししっかりして欲しいな…」
 
 
あんな調子だとテノスに来ても時間がかかりすぎて目的に辿り着けないような気がしてくるぞ…。がくりと肩を落とすと、ルカは苦笑しながらも確かにね、と言葉を漏らしていた。スパーダやリカルドも同じようで、少し溜息を零していた。
 
 
「しかしさぁ…、さっきのアルベールだっけ?あいつの行動がさっぱり分からないんだが…」
 
 
「確かに…。この状態で戦線を離れるなど…」
 
 
このテノスに来てすぐ俺たちはとある情報を手に入れた。テノス軍の指揮官であるアルベールと言う人物が戦線を離れ、テノスの東に向かって行った、と。その行為は明らかにおかしかった。今は戦争中だ。仮に王都軍を自分たちの地に引き込んだからと言って、戦況がすぐにひっくり返るかと言うと、そんな事はない。相手もそれなりの準備ぐらいはしてくるだろうし…。そう考えると、やはりこの状況でテノスを離れるのはおかしすぎる。
 
 
――…テノスの東…――
 
 
「どうした?リリー」
 
 
――もしかしたら、アルベールは神待ちの園に行ったのかも知れない。あそこは天上があった頃に神が降りてくる場所と言われていた。テノスの人々はその場所で神が降りてくるのを待っていたと言われている…。だから、神待ちの園と呼ばれているの――
 
 
「それってナーオスの図書館で言っていた信仰が盛んだった場所か?」
 
 
――そう。昔はあそこに行く人がいたけれど、今となっては魔物が強力になって誰も近づかなくなってしまった…――
 
 
「つまり記憶の場があるって事だな!」
 
 
意気込んで拳を強く握っているスパーダを、微笑ましく見ていると、後ろからアンジュがやって来た。アンジュの顔を見る限り、さっきの話を聞いていたみたいで、何か悩んでいるようにも見えた。
 
 
「どうした?」
 
 
アンジュの反応が理解できなくてそう聞いてみると、アンジュは悩んでいた顔を上げて、人差し指を立てて言った。
 
 
「宿を取る前にそう言うのを知っとくべきだったよね?だからね、ラスティ君。あの二人連れてきてくれる?」
 
 
にっこりと笑ったアンジュの後ろには黒いオーラがあった。あぁ〜何か久しぶりにアンジュのそのオーラを見たような気がするよ…。そして俺はもちろんそのオーラに勝てるはずもなく、アンジュの言う通りに宿に向かってさっき突っ込んできた二人を回収するのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「寒っ!風ビュービューや!!」
 
 
神待ちの園に来たエルの第一声はこれだった。どうやらこの遺跡の中は物凄く気候が荒れているのか、風は強いし雪も降っている。こりゃあ温かい格好をしている俺たちでもエルみたいに感じる。
 
 
「ホントに信仰の中心地?そうは見えないけど…。なんだか…、物悲しい…」
 
 
しんしんと降っている雪を見上げながらイリアが寂しそうな声を上げて顔を歪める。
この遺跡は随分の間放置されていたのか、荒れ果てていた。壁は崩れ、瓦礫はその辺に散乱している。そんな景色の上に積もる雪が、さらにこの景色を寂しいものに変えている。
 
 
「ここが神待ちの園…。こうして雪が全てを覆う間はちょっと寂しい場所に感じるけどね」


「けど、のんびりはしてられねぇよ。アルベールがこっちに向かってるんだから。早く記憶の場を探そうぜ?」
 
 
スパーダの意見にみんな一斉に頷き、崩れた壁と瓦礫だらけの遺跡の中を進んで行く。積もっている雪を踏み締めながら階段を上がったり下ったり。迷路のように作られているそこはまるで侵入者を防ぐようになっている。
時々襲い掛かってくる魔物を蹴散らしながら進んでいくと、とあるアーチが目の前に飛び込んできた。
 
 
「あれか?」


「それっぽいな」
 
 
ここまで来るのに結構な数の戦闘をしていたためか、みんなどこか疲れたような顔をしながらアーチを潜った。そこには予想した通り記憶の場があった。相変わらず光の渦が巻いている不思議な光景だった。
 
 
「お、記憶の場、発見!」


「よっしゃ、ウチが一番乗りしたろ」
 
 
魔物との戦闘で体が温まったのか、少し元気を取り戻したエルが嬉しそうにはしゃぎながら記憶の場へと足を踏み入れた。その瞬間、記憶の場が光を放ち、俺たちを包み込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『臣民よ、時は来た!』
 
 
大きな兜。顔をすっぽりと隠してしまえるような大きな兜をした人物が、城から見下ろした先にいる民に向かって叫んだ。しかし、その人物がしているのは兜だけではない。長いローブ。その体すらも隠すように長いローブを身に纏っていた。見える部分は腕の部分だけだろう。その人物は高々とした声でさらに続けた。
 
 
『守護獣ケルベロスより創世力をとうとう譲り受ける事が叶ったのだ!ここ、天空城は新しく迎える世界へのいしずえ。ここを創世力発動の場とす!我ら二人、発動の儀を執り行う。今こそ天地は一つとなり、正しき世界がもたらされるのだ!』
 
 
守護獣ケルベロスより譲り受けた創世力。世界の一つを崩壊に導くほどの力を持った強大な力。その力を、その人物が発動すると叫んでいた。
でも、おかしくないか?確かリリーの話では創世力を使ったのはアスラとイナンナのはずだ。なら何故このこの人物は二人と言ったんだ…?いや、二人はおそらくアスラとイナンナ…。だとしたらこの人物は…。
 
 
『天地を一つに!』


『天地を一つに!魔王万歳!』
 
 
わああぁぁ!!と湧き上がる民の喜びと歓喜の声。それを受け止めながら魔王と呼ばれた人物は静かに掲げていた腕を下ろした。
魔王…。こいつは、魔王…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「………」
 
 
光が消え、記憶が終わった瞬間、誰も口を開く事が出来なかった。先程の光景に圧倒されたのか、それとも魔王の存在について何か考えているのか…。
 
 
「…魔王が、創世力を使う場面?二人…で使うと言うんだったら、もう一人は誰?」
 
 
沈黙を破ったのはルカだった。最も創世力に近い位置にいたルカなら、確かに疑問に思うだろう。創世力を譲り受けたのは確かにアスラだ。でも、創世力を使おうとしたのは魔王だった。
二人だ。確かに魔王は二人を宣言した。ならばそれはアスラとイナンナ…。つまり魔王は…。
 
 
「あ、せや、天空城や」


「ねえ、エル。あんた、今なんて…」


「天空城やねんて。ウチ見てん、天空城がな、残ったままでな、創世力とな」
 
 
急にポツリと言葉を漏らしたのはエルだった。そんなエルの口から零れてきた言葉は天空城。天空城な…。天上があった頃に存在した名の通り天に浮く城…。
 
 
「なるほど、天空城か…」
 
 
思い出した。確かに天空城だったら…。
 
 
「どういうこと?」


「天上が崩壊したのはもちろん知ってるな?その天上崩壊の時、天上は滅びたが天空城だけは崩壊から免れた。そう言いたいんだろ?」


「せやねん」


「んで、創世力は地上に流れることはなく天空城に留まった。そうだろ?」


「せやねんせやねん!あー、ホンマ、ラスティ兄ちゃんはウチの事よぉわかっとぉわ」
 
 
自分の言いたい事を理解してもらえて嬉しかったのか、エルが俺に抱きついてくる。俺がすぐにエルの言いたい事が理解できたのはアレスとしての記憶がこの手に戻りつつあるからなんだけどな…。リリーのお陰もあって俺はほとんどの記憶を取り戻しつつあったし…。
 
 
「これで、次の手がかりが見つかったね。来た甲斐があった」


「…でも、天空城だよ?どうやって、そこに向かうの?」


「どうやってって…飛ぶ物を探すしかないだろ」


「でも、正確な位置もわからないし…」
 
 
あー…こいつらって何で普段は賢いくせにこういう時だけ頭が回らんのかねぇ…。ここに、俺の背中には現存する神がいるんだぜ?まあ刀の姿になっちまったから正確には違うかも知れないけどな…。
全員が頭を捻っていると、先程俺たちが来た方からバタバタち足音が聞こえてきた。
 
 
「ちっ、トロトロしすぎちまったよーだな」
 
 
全員の顔に緊張が走る。ここにやってくる人物は一人。テノス軍の指揮者であるアルベールだ。そしてここはテノスの地。俺たちは不法侵入者ってわけだ…。
さて…、どうしたもんかねぇ…。
 
 
 
 
 



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