遠き日の記憶


 
 
 
 
 
レムレース湿原を抜けると、冷たい風が吹き抜けていく。だいぶ北に来たせいか、肌寒い気温となってきた。そしてレムレース湿原を抜けた先に待っているのは戦場だった。幼い頃、彼が人形と呼ばれただひたすら人を殺していた戦場。
 
 
「だいぶ、寒くなった…」
 
 
古い記憶。彼と最初に会ったのはいつだっただろうか?最早記憶に霞がかかり、正確に思い出せない。でも、一番最初に見た彼の顔は今でも忘れられない。
彼は確かに私を見つけた瞬間、悲しそうな顔をした。まるで本来ならば見つけてはいけないものを見つけてしまったような、そんな顔。幼い彼の感情を感じたのはこの時だけだったような気がする。それから先は、まるで人形のように無表情で戦場に立っていた気がした。最初に見たのが嘘だと勘違いしてしまうほど、彼は感情を表に出さなかった。
 
 
「ここからは戦場だ。気を引き締めて行こう」
 
 
リカルドの表情が引き締まり、その顔つきもどことなくいつもと違う気がする。そういえば、何時だったかラスティが言っていた気がする。リカルドは戦場に出ると、昔上官にしごかれてた時の記憶を思い出して性格が変わるって…。
 
 
「アレス」
 
 
「ん?」
 
 
不意に後ろから声をかけられて振り返ると、何ともいえない顔をしたスパーダが視線を少し下に下げながら立っていた。そんなスパーダの姿にやっぱり確信を持つ。スパーダはもしかしたら彼がこちらに戻って来れないかも知れないという事を、感づいている。
 
 
「どうしたの?」


「あのよォ、前に帰ってくるといいね、っつてたろ…?あれってやっぱ…」
 
 
その表情は優れないし、言葉も濁している。その先を言い淀むのは彼も嫌な予感がしているから。
 
 
「…。それを現実にしないためにあなたたちはここまで来た。なら、もっと信じなさい。彼は必ず帰って来る、連れ戻してみせるって」
 
 
クスリと笑いながらそう言うと、スパーダは自信が出てきたのか、その表情を少しばかり明るくした。それから強い決意を秘めた目をしながら、向こうからやって来た敵を倒すために駆け出した。
そんな後姿を見ながら、また過去の彼を思い出す。昔の彼から比べたら、今はかなり笑うようになった。それは周りの変化でもあったし、彼自身の変化でもあった。今でも良く隠し事をするけど、それでも彼は確実に変わっている。その変化は、決して失ってはいけない。それを失ってしまったら彼はまた昔に戻ってしまうから。
 
 
「彼は人。兵器でも人形でもない、単なる人間…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
襲い来るギガンテスや兵士たちを倒しながらさらに北に進んでいくと、やはりその分風は冷たさを増し、周りの気温もどんどん下がりつつあった。そんな冷たい風を浴びながら進んでいくと、薄着をしているイリアやエルは寒さで身を縮ませている。
 
 
「うぅ、寒くなってきた〜」
 
 
砂漠出身だというイリアは暑い地方に良くある服装をしているから、この北風は辛いだろう。寒さに慣れていないだけではなく、その服も薄手だからなおさら。
 
 
「そう?僕にはわかんないや」
 
 
そう首を傾げるルカの服装はとても温かそうな格好をしている。それに比べエルはとても寒そうな格好をしている。とても同じレグヌムの出身とは思えない…。何故エルはそんなに露出の多い服を選んだんだろうか…。チラリと他のメンバーを見ると、スパーダもアンジュもしっかりとした服を着ていた。ガラム出身のリカルドでさえきっちりとコートを着ているし…。
 
 
「アレスは寒くないのか?」
 
 
しっかりとした服を着ていても寒い事に変わりはないのか、スパーダは手を摩り合わせて摩擦熱を作っていた。そんなスパーダの事を見ながら、少しばかり白くなる息を吐き出した。
 
 
「私は平気。北国出身だったから」
 
 
「それってラスティの体でも変わらないのか?」
 
 
「感じているのは私だから特に関係はない」
 
 
そう受け答えしている最中に、誰か別の気配がどこからか漂ってくる。不意に視線を目の前に聳え立つ門の方に向けると気配がそこから漂っている事が分かった。この気配…。私がとても苦手な人物の気配だ…。
 
 
「さあさあ、お待ちかねー。「窓辺のマーガレット」でおなじみの俺の登場です」
 
 
いきなり聞こえてきた声にそれぞれ構える仲間たち。そんな私たちの前に軽やかに飛び降りて来たのは魔槍ゲイボルグ改め、ハスタ・エクステルミ。私とラスティが一番苦手な何を言っているのかさっぱり解読できない人物。
 
 
「ゲェッ、出たッ!!」
 
 
イリアはハスタの姿を見た瞬間その顔をかなり歪め、体を仰け反らせている。そんなイリアの隣ではルカとスパーダがそれぞれの武器に手をかけていつでも攻撃できるように構えていた。特にこの二人はハスタとの因縁も深い。スパーダは前世からもあるだろうし、この間の火山の件もある。ルカも同じ。
 
 
「ほう?その声紋と体臭には覚えがあるなぁ。えーっと、イブラ・ヒモビッチさん?」
 
 
「徹頭徹尾、ハンパなく違うっての!」
 
 
イリアってそんな難しい言葉使えたんだー、なんて少しばかり現実逃避をしたくなる。いつもいつも見守っている側だったからこのハスタの事を苦手だと感じているだけだったけど、実際に対面してしまうとなんて面倒な…。これならまだゲイボルグの方が言葉が通じる気がする…。
 
 
「なんで?」


「なんで?ってあんたねぇっっっ!!」
 
 
イリアが息も絶え絶えに叫ぶが、ハスタにその言葉は届いていないようだ。実際奴はニヤニヤしながら肩に槍を担いでいるし。絶対そんな余裕の顔を崩してやりたい…!あの顔ムカつく以外の何ものでもない…!
 
 
「この戦場には歯ごたえのある奴がいなくてねぇ、欠伸を噛み殺していたところだったりゅん」


「おい、このクサレ脳みそ野郎。お前は今倒す!」


「ああ?お前、名前なんだったけ?「口の利き方知らな太郎」?もっと耳障りのいい言葉を選ぶと吉」
 
 
相変わらず何を言っているのか全く理解出来ない。こんな奴と長い間仕事をしてきたリカルドはある意味尊敬できると思う。
 
 
「貴様の軽口は、聞くに堪えん。沈黙させるには…、死をもってでしかなかろうな?」
 
 
「そうそう、こんなカンジ。キミ、もっとリカルド氏に言葉、教えてもらうといいと思う」
 
 
リカルドの言葉を聞いた瞬間のハスタの気持ち悪さ…。ニタリと口角が上がる瞬間はまさに鳥肌ものだ…。
そんな事を考えていたら、大剣を構えていたルカが漸く口を開いた。
 
 
「…僕も君に借りを返さないとね。刺された時の痛み、忘れてないよ」
 
 
ルカの言葉から微かに黒いオーラを感じるのは私だけなのだろうか…。いやきっとの他の人も気がついているはずだ。例えばスパーダとか…。
ルカから出ている黒いオーラを無視しながら私もリリーを引き抜いて刀身を剥き出しにする。
 
 
「私も忘れてない。ラスティを傷つけた事を…」
 
 
ギロリと鋭く睨み付けてやると、ハスタは私の姿を見て驚いたように目を見開いた後、ニヤニヤしながら嘗め回すように見てきた。その視線に嫌悪感を露わにしていると、ハスタは楽しそうに笑っている。
 
 
「おんやぁ?その姿はぁ…」
 
 
「気持ち悪い目で見ないで、ハスタ・エクステルミ。私はラスティを傷付けるあなたを倒す」
 
 
ハスタはどうやら私の事を覚えているようだ。彼の中で私は殺し損ねた人物になっているのだろうか。
…そんな事を自分で考えていると段々苛々してきた。この目つきは気持ち悪くこちらを見ている。苛々する。やっぱりあの時きっちり止めを刺しておけばよかった。
 
 
「やぁ、力強い呪詛の響き。だが靴と服のコーディネイトが気に入らないので死刑な」
 
 
何やら良く分からない事を口走るハスタ。私はそんな奴に油断なくリリーを構える。前は彼が油断してしまったため奴に攻撃を許してしまったけれど、私は違う。今度こそ確実にこいつを仕留めるためにリリーを構える。
 
 
「ああ、その貧相な胸の奥では苦しみが満ち満ちているのだね。それは悲しい事だ…。さて、なんの脈略もないけど、そろそろおっぱじめよう。授血の時間だ。ちなみに授血とは「授乳」のミルクの代わりに血を与える行為を言うんだよ?」
 
 
相変わらずニヤニヤしたままそう言うハスタに鳥肌が立つ。こんな気持ち悪い変態野郎に血の一滴だってくれてやるものか!
 
 
「今度こそ、息の根止めてやる!」
 
 
スパーダが双剣を構えてハスタへと突っ込んでいく。ハスタはニヤニヤしながらその肩に乗っていた槍を下ろして勢い良く振り回す。スパーダに続くように駆け出し、リリーをぎゅっと握り締める。絶対にこいつを倒す!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「このっ、畜生!!」
 
 
空中から体重をかけるように思いっ切りリリーを振り下ろすが、ハスタはそれを軽々と防ぐと、ニタリと気持ち悪い笑みを浮かべてくる。それに鳥肌が立ちながらも我慢して、私の攻撃を防いだ槍を蹴って後ろの方へと飛ぶ。その瞬間に生まれてしまう隙をルカとスパーダが補うようにハスタに斬りかかる。それを見ながらリリーを構え、意識を研ぎ澄ませる。
 
 
「第四神……灰神!!」
 
 
リリーが轟々とした炎を纏った瞬間、狙いをきっちり定めてからリリーをハスタの方に向けて振るう。
 
 
「避けて!」
 
 
うねりながら確実にハスタに向かっていく灰神に、ルカたちは真っ青になって急いでその場から飛び退く。灰神は全てを燃やし尽くす聖なる焔。その焔は私が消そうと思わなければ決して消えない焔。
 
 
「グフゥォァ!!」
 
 
灰神は見事にハスタに命中し、その体を門の壁に叩き付けた。なおかつその消えない焔に悶えたが、その焔はすぐに消え去った。最後にあいつを倒すのは私じゃない。スパーダの役目だ。
 
 
「手加減しといた」
 
 
手に持っていたリリーを鞘に収めて背負うと、近くにいたルカたちの顔が引きつっているように見えるけど気にしない事にした。
 
 
「おのれ、ここまでくわぁぁぁぁ!!」
 
 
最後の力を振り絞ったように叫ばれる声と同時にその体は地に伏せる。もしかしてもう死んだ…?スパーダの役目を私が取ってしまったのか…?何か物凄い罪悪感が湧いてくるのだけど…。
 
 
「これで貴様の面も見納めだな」
 
 
リカルドが安心したように言った瞬間、何だか嫌な予感がして背筋が粟立った。そしてその予感に従いその場から飛び退くと、先程までいた場所に槍が振り下ろされていた。
 
 
「はい、お時間です。帰ろ」
 
 
さっきまで苦しそうにしていたのが嘘みたいに立ち上がったハスタは凄まじい跳躍で門の上まで飛び上がると、私たちを見下ろしながらだるそうに声を上げる。
 
 
「あいつ…、何バルドだっけ?そいつの用事を済ませたら…見てるだポン」
 
 
その言葉からは今一つ悔しさが汲み取れないけれど、腹の底では殺せなかった事を悔しがっているに違いない。あいつは殺人鬼だから…。それにしても…。
 
 
「仕留めそこなった!!」
 
 
ハスタのケロッとした様子を思い出すと苛々してきて地団太を踏む事しか出来なかった。絶対次に会った時は決着をつける!
 
 
「「そいつの用事」って、何の事?」


「オズバルドの事じゃない?あいつ、きっと何か企んでんのよ。あのハスタを使ってね」
 
 
オズバルド…。あいつには嫌な思い出しかない。ラスティが幼少の時に見た事があるけれど、あいつは見た目的にも生理的にも受け付けない。それにあいつのあの目。まるでラスティを道具としか思っていないようなあの目が嫌いだった。
みんなについて行って門を潜ると、さらに冷たい冷機が体中に染み込んできた。懐かしい寒さと共に、白い雪が視界をちらついていた。
 
 
 
 
 



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