輝かしい時代


 
 
 
 
 
北の戦場に行くためには、レムレース湿原を通り抜ける必要がある。しかしあそこには不思議な気配を感じる。天上が滅びてからずっと、天上のように強い気配を漂わせていた。今まではそれを知る事無く生きていたが、ここに来て漸くそれを感じる事が出来た。
 
 
「うっわ、何、ここ?なんか…、ぬかるんでて気っ持ち悪う〜〜…」
 
 
イリアが湿原の土を踏みながら嫌そうに顔をしかめる。確かにここは湿原と呼ばれるだけあって地面自体は柔らかいけど、これはもう泥といっても良い位だった。北の戦場はここを通り抜けないといけないから、しばらくはこんな感じの場所を進んでいかなければならないって事…。
 
 
「………。なんだろ、この予感…」


「アンジュったら、どーしたの?」


「…なんでもないよ。それじゃあ進みましょう」
 
 
アンジュもこの地に充満している不思議な気配に何かを感じ取っているのか、少しばかり悩んでいるような表情をしている。私も彼女と同じように、変な予感を感じている。私はこの予感を嫌な予感だと思っている。何か、起こらなければいいけれど…。
 
 
「アレス姉ちゃん、どうしたん?」


「何でもない。大丈夫…」
 
 
とにかく今は進む事を考えなければ。早くここと北の戦場を抜けて、彼を取り戻すためにあの場所に行かなければ…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ゆっくりとリリーを構え、頭の中で術をイメージしながら詠唱をする。
 
 
「聖なる意志よ、我に仇なす敵を討て!ディバインセイバー!」
 
 
天から無数の光が降り注ぎ、敵の体を貫く。そして相手はもう動く力を失ったのかぐしゃりと気持ち悪い音を立てて崩れ落ちた。倒した敵は最早動かないはずの死体だった。その死体はまるで何かに操られているかのように動き出し、私たちに襲い掛かってきた。死体が動き出すなんて…有り得ない。
 
 
「何なの?アレ…」
 
 
崩れ落ちた死体を見下ろしながら、イリアは青い顔をして呟くように言った。私はそれを見ながら腕を組んだ。この死体からは不思議な気配が感じられる。その昔天上にいた時に感じたものと変わらないような気配。
 
 
「おい、アレス…」
 
 
突っ立ったまま動かない私に気付いたスパーダがそう声をかけてくれた。私は思考を中断して全員の顔を見た。やはりみんなそれなりに嫌がっているみたいだ。リカルドすら眉間にしわを寄せているもの。
 
 
「大丈夫、行きましょう」
 
 
青ざめたままのスパーダの肩にそっと手を置いてから湿原を進んで行く。みんなも進まなければ行けないと思っているから足を進めている。
 
 
「でも、何で死体が動くんだろう…?」


「自然の摂理に反しているわね」
 
 
自然の摂理に反している…。確かにそう、ここはおかしい。普通に死体が動くなんて有り得ない。死者が蘇る事も有り得ないけど、死者が勝手に動くもの有り得ない。一体これはどういう事なんだろう…。ここに天上に似た気配がここに満ちている事に関係しているのかな…。
 
 
「アレス?難しい顔をしてるけどどうかしたのか?」
 
 
「…気付いている?この場に満ちた気配を…?」
 
 
「…天上に似てる気配の事…?でも天上は…」
 
 
「そう、無くなってる。そう言われてるし、私たちはそう思ってきた」
 
 
実際私は天上が滅びる瞬間の記憶を持っている。崩れようとする大地を目の当たりにした。多くの悲しみを抱いた事も忘れていない。でも、この場所には天上の気配を感じる。そして先程の死体にも、これと似たような気配を感じる。どうしても嫌な予感しかしない。…早くこの湿原を抜けれたらいいのに…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
現れる死体を蹴散らしながら進んでいくと、目の前を大きな魔物が塞いでいた。それを魔物と呼んでいいのかすら分からないけれど…。
 
 
「……?なんだ、あれ…」


「油断するなよ…」
 
 
みんながその魔物に警戒して武器を構えると、魔物の元にいくつかの光が飛んできて、魔物の中に溶ける様に消えていった。するとその光を吸収した魔物は先程よりも一回り巨大になった。その光景に驚いていると、光はどんどんやってきて、その魔物に吸い込まれていく。
 
 
「ああ?なんだコリャぁ!!」
 
 
どんどん膨れ上がっていく魔物。その一部を良く見れば…。
 
 
「し、死体が寄り集まってる?」
 
 
顔を歪めながらも全員その視線を外さないようにする。いくら気持ち悪いものだからといって相手は魔物。油断してはいけない。けど、その脇でアンジュだけがぼぅっとしていた。もしかして彼女は何かを感じているのか…?
 
 
「セレーナ!ボーっとするな!来るぞ」
 
 
リカルドの鋭い叫びと共にアンジュがハッとしてその場を飛び退こうとすると、魔物がその腕を振り下ろそうとしていた。簡単な下級天術を素早く詠唱してリリーを掲げる。
 
 
「フレイムバースト!」
 
 
腕の動きを邪魔するように術が発動し、魔物は一瞬怯んだ気配を見せた。その瞬間にルカたちが魔物へと突っ込んでいく。アンジュは治癒術を詠唱し、リカルドとイリアは銃を魔物に当てていく。私もリリーを構えながら詠唱をする。その瞬間、魔物はいきなり口のようなものを開いたかと思うと緑の液体を吐き出してきた。
 
 
「みんな退いて!無慈悲なる氷嶺にて、鮮烈なる棺に眠れ!フリジットコフィン!」
 
 
前衛が退いた事を確認した後に天術を発動してその魔物の吐き出した液体とその体を凍らして動きを止める。その隙を捉えてルカとスパーダが一気に駆け出す。
 
 
「喰らえ!」
 
 
スパーダの双剣がバチリと唸りを上げる。
 
 
「襲爪雷斬!」
 
 
雷がその体を貫き、魔物は大きく仰け反る。その瞬間を見逃す事無くルカが大剣をぎゅっと握り締める。
 
 
「絶空魔神撃!」
 
 
ルカが止めを刺す様に放った攻撃に、魔物は避ける事も出来ずその場に崩れた。その時、その魔物から微かな呻き声が聞こえた。その声は、名前を呼んでいた。
 
 
「オ…オリフィエル…様…」
 
 
助けを求める苦しそうな声。その声は酷く掠れていたが、縋るようにオリフィエルへと助けを求めていた。オリフィエル…。アンジュの前世で軍師と謳われた…。
 
 
「あ、あなた方は…」
 
 
アンジュはその声を聞いてこの魔物が何者なのか分かったみたい。そう、この声はラティオの民の声。オリフィエルを尊敬していた者たちの声。
 
 
「ここは…天上では、ない…の、か…?」


「俺は、死ん、だ…の…か?」


「寒い、寒い…、助けて、く…れ…」


「何故、地上人が…ここにい、る?天上から排除され、た…、やつ…らな、の…に」


「俺の体…は、ど、こ…だ…。センサスのやつら、は…どこ…だ…」
 
 
ふるふると体を震わせながら搾り出すように吐き出される言葉。その言葉は明らかにこの地上では聞く事の無い言葉。この魔物は、天上人でラティオの民…。
 
 
「地上の魂は刈り取られ、天上の魂は循環する。だが、まれに循環の流れに乗れず、死んだ魂がその場に残る場合がある。あくまで天上での出来事だが…」
 
 
天上にのみ怒るはずの出来事がこの場所で、それも地上で起こっている。これは一体どういう事なのだろうか?ここが、天上と似たような気配に満ちているから起こったのだろうか…?
 
 
「…ラティオの同胞。良く戦ってくれました。あなたたちの死は安らかな光に満ちたもの」


「おお…、オリフィエル様…」
 
 
ラティオの民の声が幾重にも重なり、その声は歓喜に満ちていた。もう苦しむ必要はない。彼らには安らかなものが待っている。
 
 
「さあ、魂は正しき場所へ。暖かく、美しい彼方へ」
 
 
アンジュが優しく微笑みかけると、魔物はゆっくりと天を仰ぎ、光へと変わっていった。そして辺りはその温かな光に包まれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
グイッと何かに引っ張られるような感覚がして、一気に周りの音が消え失せる。湿原のじめじめした空気ですら綺麗になくなっていた。
 
 
『ねぇ、君はどうしてそんな顔をするの?』
 
 
目の前には、私の大切な友が無邪気に笑っていた。きらきら輝いているその笑顔に、私はいつも困惑しか出来なかった気がする。
 
 
『私にはいらない物だから…』
 
 
抑揚の無い、淡々とした言い方。まるで無理矢理全てを抑え込もうと必死になっているその声色は、私がラティオに来たばかりの時だったと思う。嗚呼、これは私がまだ楽しいと感じられていた光の溢れていた時代。ヒンメルがいて、まだ何も、誰もこの幸せを邪魔できなかった時の記憶。
 
 
『どうして?笑えば可愛いのに』
 
 
輝かしい笑顔でそう言った彼に、私は困惑するしか出来なかった。ラティオに言われて無理矢理感情を抑えこんでいるのに、この天空神は私に笑った方がいいと言った。彼はとても無邪気で明るい神だった。ラティオにはもったいないほど。
 
 
『でも、元老院の命令なの。私はセンサスと戦わなければならないから…』
 
 
感情はいらない。感情があればそれは余計なものになってしまう。敵と戦うのに情けなど必要ない。ただひたすら戦って、功績を納めてラティオを勝利に導けばいいだけ。それが私に課せられた使命だった。
 
 
『女の子はもっと楽しく過ごさなきゃ!』
 
 
そんな私を見て、彼は一瞬考えた後、いきなり私の手を握ったまま走り出した。私はそんな彼に引っ張られるような形でついていく。その手は離される事なく、温かかった。
 
 
『え、えぇ?』


『おいでよ!一緒にオリフィエルを驚かそう!』
 
 
どうすればいいのか分からなくてただ彼に着いて行く事しか出来なかった私。でもその手の温かさだけは今でも覚えている。彼が私に笑いかけてくれるだけで、私は胸が熱くなった。この胸の温かさはヒンメルへの感謝。純粋に、私を助け出してくれた彼への想い。私の光となった彼への憧れ…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ヒンメル…」
 
 
懐かしく、けれど悲しい名前を呟く。私は彼を結局助け出す事が出来なかった。元老院たちの仕業で彼は殺され、新たな天上神を育てようとした。彼は今、どうしているのだろうか…。この地上に転生しているのだろうか…?
 
 
「おい、アンジュ!アレス!どうしたんだよっ!」
 
 
スパーダの声でハッとした周りを見回す。アンジュ以外の全員が私たちの事を見ていた。アンジュは素早く答えを返したようだけれど、私は何も言葉が浮かばなかった。私を助けてくれた彼の事を考えると胸が苦しくなる。どうしても助けたかったのに、それは出来なかった…。
 
 
「アレス!!」
 
 
いきなり聞こえた大きな声に思わず肩を跳ねさせると、声をかけたスパーダはバツが悪そうに謝ってきた。私はそれに首を振りながらどうしたのかと尋ねる。
 
 
「もう行くってよ。胸くそ悪いから早く出ようぜ」
 
 
眉間にしわを寄せながら言われた言葉。少しばかり無理をして明るく振舞おうとしているのが窺えた。それはこの湿原に対するものじゃない…。彼は、もしかしたら気付いているのかも知れない。私がマムートで言った言葉の意味を。
…彼を取り戻すには確かに私たちがあの場所に行く必要がある。けれど、それでもまだ足りないものがある。それは彼の意志。彼がこちらに戻って来たいと願わなければ、戻ってくる事が出来ない…。
これは賭け。帰ってこれるかはラスティの意志と、彼がどれだけラスティを想っているか。後は多少の運だけ。ラスティがあの感情を理解するという運。
 
 
 
 
 
恋や愛情と言う、相手を思い慈しむ感情を…。
 
 
 
 
 



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