逆転世界


 
 
 
 
 
シンと静まり返った中、最初に行動を起こしたのはイリアだった。
 
 
「何、言ってんのよ!あんたボケたんじゃない?」
 
 
俺の言った事が冗談でもあるかのように笑うイリア。俺の隣に立っているあいつに良く似た人物もイリアの言葉に安心したように笑う。
 
 
「んだよ、冗談か?」
 
 
にやりといつものような笑みを浮かべる。その顔は確かにラスティの顔をしていたけれど、どこかその行動には不自然な場所が見受けられた。きっとこれは俺だけしか気付かない些細な事だったんだと思う。だからイリアもルカも気付かずにこうして笑っている事が出来るんだ。
 
 
「別に冗談じゃねーよ。俺はマジだ。お前は誰だ?」
 
 
俺はもう一度、今度は冗談じゃない事を分からせるように強い口調でそう言った。睨み付けるような視線をあいつに良く似た、けれど違う人物に向ける。するとその人物はさっきのように笑みを浮かべる事無く、俺の事をただ見ているだけだった。まるで俺の言っている言葉を確かめているかのように…。
 
 
「…なぁんだ…。本当に彼の事が好きなんだ…」
 
 
重たい沈黙を破ったのは、その言葉だった。俺は予想外の言葉に驚き、声を上げる事しか出来なかった。
 
 
「な、何言ってんだよ!」


「何言ってんのはそっちデショ。人の前でいちゃいちゃして…」
 
 
不機嫌に口を歪ませ、少しばかり眉間にしわを刻んだ相手は、幼さを感じさせるような口調だった。俺はその人物にじっとした視線を送ると、相手はその視線を受けて面倒そうな溜息を吐いた後に髪の毛をくしゃりと掻いた。
 
 
「ホント、何でわかったんだろう…。本人の真似してたのに…」
 
 
その人物がそう言った瞬間、先程まであった表情は一気に消え失せ、無表情へと変わっていた。そしてそれと同時に周りの景色が一瞬歪んで、本当の姿が目の前に現れた。
 
 
「!?」
 
 
その姿は確かにラスティだったが、けどあいつとは違う場所がある。
紅い目に尖った耳。その姿はアレスと似ている。それにさっきの技は幻神だ。ならこいつは…アレス…?
 
 
「私はアレス。センサスにて勝利の女神と謳われた者」
 
 
感情を押し殺したような顔。無理矢理無表情を保とうとする感じ。そしてその紅い瞳。記憶の中で見たセンサスの戦いの女神と全く同じ存在が、目の前にいた。
 
 
「どういう事…?」
 
 
意味が分からず、呆然としたままそう呟くと、アレスはそっと背負っていたリリーを手にして、それを悲しそうに見つめた。
 
 
「私はこの刀に宿っていた意志。私がここに、ラスティの体の中に存在してしまったのは、タナトスがかけた呪いが、原因…」
 
 
アレスは苦しそうに顔を歪めると、そっと瞳を伏せた。その顔は悲しみと苦しみが交じり合った表情だった。誰もが言葉を口をするのをはばかられる中、アンジュが意を決したように口を開いた。
 
 
「…ねぇ、アレス、さん?」
 
 
「アレスで構わない。何?」
 
 
「あなたがラスティ君の体を使っているなら、その体の持ち主であったラスティ君はどこにいるの?」
 
 
アンジュの問いかけにみんながハッとしたような視線をアレスに向けた。確かに、今あいつの体をこの少女が使っているのなら本来の持ち主であるあいつは一体どこにいるというのだろうか…?そんなアンジュの問いかけに、アレスはさらに瞳を伏せ、手の中にあるリリーを力強く握った。
 
 
「ラスティはここにいる」
 
 
小さく、けど強く吐き出された言葉と共にアレスは自分の胸を押さえた。
 
 
「呪いが発動してしまったけど、まだ彼は助かる。あちらとこちらの境界線にいる以上は…」


「境界線?」


「そう、境界線。狭間の世界。そこに彼はいる。だからまだ助かる。助け出せる」


「…もし、その境界線からあちら側に行ったら、どうなるの?」


「……彼自体に呪いがかかっているワケじゃないから、戻って来れない。永遠にあちら側に止まることになる。肉体が朽ち果てようとも、その意志だけはあちら側に捕らわれ続ける」
 
 
意志だけは永遠に捕らわれ続ける…。死ぬ事無くずっと苦しみ続ける事しか出来ないと、アレスは言った。その顔はとても苦しそうで、記憶の中で見た無表情を保とうとした少女とは違っていた。
 
 
「ラスティをこちらとやらに戻す方法はあるのか?」
 
 
みんなにとって大切な仲間。俺にとってとても大切な人物。あいつを無くす事なんて俺たちには出来ない。どうしても取り返したい人物なんだ。そういう思いを含めてアレスに言うと、彼女はゆっくりと目を閉じた。
 
 
「ある。あくまで可能性だけど」


「例え可能性でも構わない。どうすればいい?」
 
 
例え微かな可能性だとしても、あいつを救うことが出来るならば。真剣にアレスを見ていると、少女は閉じていた目をゆっくりと開いて俺の姿をその紅い瞳に映し出した。
 
 
「…私の故郷へ。そこでなきゃ出来ないから」
 
 
静かに囁くように言われた言葉に、俺たちは首を傾げる。アレスは天上人のはずだ。実際アスラたちと同じようにその耳は尖っているし…。そんな俺たちの疑問に気付いたのか、アレスは言った。
 
 
「私はもともと地上に住んでいたの。母が、天上人だった」
 
 
母親が天上人…。初めて知った…。この少女に地上の故郷があったなんて…。
 
 
「故郷についてラスティを戻すまでは、私が穴を埋めるわ。それでいい?」
 
 
沈んでいた空気を取り払うように真剣な目で俺たちの事を見るアレス。その目は確かに本物で、あいつを取り返すために必死な雰囲気が窺えた。俺たちはその意志をしっかりと理解し、頷いた。
 
 
「ではよろしく。場所は、北の戦場を抜けたあとに言うわ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
船から降りた俺たちはマムートの町を歩き回った。このマムートという町は物価が安いし道具の種類もかなり豊富で、良い物を揃える事が出来るらしい。そして、その道具をそろえ終わった俺たちは、次の船が来るまで自由行動することになった。
 
 
「はぁ…」
 
 
ラスティがアレスに変わってまだそんなに時間は立っていない。まだほとんど経っていないにも関わらず、どうしてか寂しく感じる。いつもあいつは俺の隣にいたはずだった。なのに今は、誰もいない…。
 
 
「ため息ばかりでは楽しくないよ」
 
 
不意に聞こえてきた声に、ゆっくりと緩慢な動作で振り返ると、そこにはアレスが立っていた。その姿も幻神で少女の姿に変わっている。
 
 
「驚かないの?」


「あいつのせいで耐久がついてんだよ…。それよりどうしたんだよ?」
 
 
アレスが進んで声をかけるなんて珍しいと思った。天井にいた頃もこの少女は周りに溶け込もうとせず一人でいたような気がしていたから。
 
 
「あなたが泣いているって言っているような気がするの…」
 
 
無表情とまではいかないが、アレスの顔は真剣だった。そしてその言葉の主語はもちろんあいつだ。俺はその意味をいち早く理解し、アレスに近づいた。
 
 
「ラスティの声が聞えるのか!?」
 
 
少し近づいた俺をアレスは軽く押して元の位置に戻すと悲しそうに首を振った。別に声が聞えるわけじゃないらしい。ただ、彼女の勘とも言うべきものが、言っているらしい。
 
 
「彼は眠っている状態だから本当にそう言っているのか分からない。でも、言ってる気がするの」
 
 
アレスは自身の胸に手を当てると、悲しそうにけれど愛おしそうにそう言った。その顔は本当にラスティを大切に思っているのが分かった。それからアレスは視線を俺へと向けてきた。
 
 
「ねぇ、あなたにとってラスティとは何?」
 
 
唐突に質問され、俺は目を見開いた。最初は何を言っているのか良く分からなかったが、ゆっくりとその言葉を租借するように言うと、理解する事が出来た。俺にとってのラスティ…。
 
 
「ラスティは自分の事を全てを隠すための道化、と言っていたの。なら、あなたは?」
 
 
全てを隠すための道化…。あいつは自分自身の事をそんな風に思っていたのか…。けど、俺にとってのあいつは…。
 
 
「俺にとってのラスティは仲間であり、大切な奴だな…」
 
 
こんなにも恥ずかしい事を言えるのは、きっと俺があいつを思っている気持ちが本物だからだと思う。じゃなきゃこんな事、言えるはずが無い。
 
 
「ノロケね…」
 
 
静かに言われた言葉に、恥ずかしくなる。自覚していたとはいえ、他人に言われるとかなり羞恥心が湧いてくる。赤くなった顔を見られたくなくて顔を逸らすとクスクスと笑われた。それからゆっくりと笑いが無くなっていくと、急に小さな声が聞えた。
 
 
「戻ってくるといいね…」
 
 
小さく言われた言葉は確かに俺の耳に届いた。その意味を理解できずに聞き返そうとした時には、アレスはすでに俺から離れていっていた。俺はそんな少女の背中を見ながら言い知れない不安に襲われていた。
 
 
 
 
 



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -