現存する神


 
 
 
 
 
リカルドに連れて来られて入った小屋の中には、最後の晩餐と言わんばかりの豪華の料理の数々。俺たちはそれぞれ椅子に座りながらそのの料理を食べ、将来の事について話し合っていた。ルカは医者に、イリアは学校の先生に。そんな事を話し合いながらも、俺は先程リカルドについて行ったラスティの事を考えていた。あいつは未だに戻ってこない。リカルドに会った時にその事を聞いてみたが、あのおっさんは何も答えちゃくれなかった。
 
 
「はぁ…」
 
 
あいつが強い事は一番良く知ってる。それでも俺は心配だった。ガルポスの記憶の場で見たあれのせいかも知れないし、あいつが隠している何かとんでもない事のせいかも知れないし。とにかくあいつの事が心配だった。
 
 
「ノロケね」
 
 
俺の様子を見ていたアンジュがいきなりそんな事を言い出して、背筋に何やら冷たいものを感じた。聖女様は何やら俺たちの事を知っているらしい…。
 
 
「ラスティ君の事を想って溜息を吐くなんて乙女よね」
 
 
「お、乙女!?」
 
 
俺は女じゃないとか、そんなに女々しくないとか、そういう事を色々含んで思わず声を上げてしまった。しかもその声は予想以上に大きかったのか、ルカたちが俺の事を見ていた。
 
 
「どうしたの、スパーダ?」
 
 
ルカたちは俺がラスティに恋心を抱いている事を知らないので、首を傾げていた。俺としてはこれからも知られる事なく平穏に過ごして生きたいと想っているけどよォ…。
 
 
「いや、何でもない!」
 
 
そして俺も馬鹿な事に、いかにも隠している事があるみたいに否定をしてしまった。そんな俺をもちろんイリアが見逃すはずもなく、意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見ていた。
 
 
「な〜に?隠し事?教えなさいよー」
 
 
ニヤニヤとした顔で近づいてくるイリアに、若干逃げ腰になりながらも叫んだ。
 
 
「黙秘権を行使する!」
 
 
「何難しい事言ってんの!てかそんなのどこで覚えたのよ!」
 
 
「ラスティのスパルタだよ!あいつ、俺に知識が足りないとか抜かして勉強させやがんだよっ!」
 
 
自分でそう説明している時に、何故かその時の苛立ちが出てきて、力強く机を叩く。今思い出しても苛々する…!あいつ、俺の貴重な睡眠時間を…!
 
 
「あいつとんでもないスパルタだよ。睡眠時間が足りねーよ!」
 
 
本当にあいつは時々鬼じゃないかと思う。かなり難しい問題ばっかり出しやがって、そのくせ解けるまで寝るの禁止とか抜かしやがって…!
 
 
「そういえば、肝心のラスティは帰ってこないわねぇー」
 
 
イリアがふとその事を口にした瞬間に、俺たちの間に沈黙が落ちる。その事をあえて口に出さないようにしていたのだが、イリアはうっかり口に出しちまったみたいだ…。心配…なのか…。俺には良く分からねぇ。あいつは何でも一人で抱え込もうとするから…。
 
 
「ふぁああ。なんだか眠くなって来ちゃった…」
 
 
今まで張り詰めたような緊張の中、イリアが突然そう言い始めた。すると今まで普通に喋っていたエルがいきなり椅子から落ちて眠りに入った。明らかにおかしい。俺に遅い来るこの異様な眠気は…。
 
 
「うぅ…!」
 
 
ぐらりと視界が揺れ、意識が混濁してくる。さっきまでこんなに眠くはなかったはずだ。不自然なこの眠気。まさか…!
 
 
「薬…か…」
 
 
体が傾いて床に落ちた瞬間、俺の意識は暗転した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ゆらゆらと揺れるような感覚が体全体を包み込んでいた。意識も未だにはっきりしない状態で、遠くからルカの声が聞えていた。それは悲鳴にも似たような叫びで、俺は混濁した意識の中その声に応えようと無理矢理重たい瞼を押し上げた。
 
 
「ああ…?なん…だよ、ルカ…?」
 
 
重たい瞼を開けたら、目の前にはルカが心配そうな顔で俺の事を覗き込んでいた。俺が声をかけた瞬間、その顔は一瞬にして安堵の表情に変わった。
 
 
「スパーダ!よかった!目が覚めたんだね!」
 
 
ルカの声を聞きながら、周りを見回す。木の板が視界に入ったが、それ以外のものはあまり視界に入らなかった。まだ上手く頭が働かないからかも知れない。
 
 
「どこだ…?」
 
 
「船の上だよ。リカルドが逃がしてくれたんだ」
 
 
ルカの視線の先には先程見たばかりの黒ずくめが気まずそうな表情で立っていた。俺はそれを見ながらゆっくりと立ち上がって周りを見回した。他の奴らもちゃんといるみたいだ。
 
 
「みんな、すまない。お前らを利用させてもらった」
 
 
「そんだけじゃわかんねーよ」
 
 
俺たち全員がリカルドの前に集まると、奴はそう切り出した。俺の声は怒りのせいか微かに震えていた。
 
 
「あのガードルがタナトスだと話したな?初めて会った、ナーオス基地で一目見てわかったんだ」
 
 
「私が雇った直後ですね?でも、あなたはその時には側にいて下さいました」
 
 
「戦闘後、念波とでも言おうか、心に直接語りかけて来たのだ。お前がヒュプノスなら協力しろ、と」
 
 
「その時から裏切る事を決めてたっての?」
 
 
「そうじゃない。俺は真意を知りたかった。本当に兄なのか?転生者なのか?そしてかつての優しい兄、地上人のために全てを捨てたあの兄のままなのか?それを確かめたかったのだ」
 
 
「ウチらを助けたっちゅう事は、そのガードルっちゅう人って期待通りやなかったんやな?」
 
 
エルの言葉に、リカルドは苦い顔をした。どうやら本当にガードルはこいつの期待を大きく裏切ったらしいな。そこには落胆が窺えた。
 
 
「…ああ、優しかった兄の姿はもうない。過剰なまでの地上への愛と、地上を汚す者への疑心暗鬼に凝り固まっている。転生者であれ、地上の一部だろうに。兄は…いや、ガードルはどうしても転生者を許せないらしいのだ」
 
 
確かに奴と一番初めに会った時、奴は俺たちの事を地上の敵と罵っていた。ガードルは天上人の生まれ変わりである俺たちが地上を汚してるって考えてんだろうな…。
 
 
「ガードルって人は、僕らをどうするつもりだったの?」
 
 
「お前たちの頭から記憶を取り出すつもりだったらしい」
 
 
リカルドの突飛な発言に、イリアが素っ頓狂な声を上げる。記憶を取り出すだァ?そんな事が出来るのかよ?
 
 
「そういう技術があるらしい。もっとも、術後の保証は無い様だったがな」
 
 
「なーんやそれ…。そのためにウチら、王都から船に乗せられたん?あのアルカの奴もやっぱグルなんやなぁ〜」
 
 
「いや、マティウスには「さらに記憶を回復させるため」と偽ったそうだ。そのために、グリゴリの元へ幽閉されるように仕向けたらしい。枢密院が創世力奪取に向けて動き出したせいで、手段を選んでられなかったのだろう」
 
 
「とにかく…、私たちを結局は守って下さったのですね?」
 
 
アンジュが胸の前で手を組んで朗らかにそう言うと、脇に立っていたエルが違うだろ、と突っ込んでいた。そんなエルの意見に俺も同じだった。一回は裏切ったんだから少しぐらい怒ったって構わねぇと思うが…。
そこまで考えて俺は何か足りないものに気がついた。俺たちの中心に居て、いつだって明るく振舞っていた、イリアよりも濃い、紅の存在に。
 
 
「…おい、リカルド…」
 
 
嫌な予感がして、俺はリカルドに声をかけた。するとあいつは俺が何が言おうとしたのか分かったのか、そっと視線を外した。それは、俺にとっては信じられない事で…!
 
 
「ラスティを、見捨てたのかっ!?」
 
 
怒りがふつふつと湧き上がってきた。わざとらしく靴音を鳴らしながらリカルドに近づいてその胸倉を掴み上げた。リカルドは抵抗する様子はなく、むしろ受け入れているようだった。俺はそれが許せなかった。
 
 
「スパーダ!落ち着いて!聞いてほしいことがあるんだ!」
 
 
リカルドを殴ろうと振り上げた腕を、ルカが止めようと必死に掴む。
 
 
「ラスティはガードルに連れ去られていて、場所がわからなかったんだ!」


「だからといって、あいつを見捨てんのかよっ!?」
 
 
大きな声で怒鳴ると、ルカは肩を揺らして怯えたように目を閉じた。そんなルカの様子を、俺は全く気にせずただリカルドだけを睨み付けていた。こいつは、目の前のこの男はラスティを置いてきやがったんだ!
 
 
「親子だろうがっ!」
 
 
たとえ血が繋がっていなくても、こいつとラスティは確かに親子だったはずだ!なのにこいつは子供であるあいつを置いてここまで逃げてきたんだ!
俺がそう叫んだ瞬間、船が急激に揺れ、俺の手がリカルドから外れる。その横揺れのせいで、ほとんどの奴がバランスを崩していた。
 
 
「な、なんだ!」
 
 
さっきまで怯えていたルカが顔を変えて周りを見回す。それと同時にリカルドが海の方を見て舌打ちした。その視線の先には先程見たガードルの姿があった。奴は、空中を移動していた。
 
 
「逃がさん」
 
 
ガードルは軽やかに船の上に降り立つと、手に持っていた槍を構えた。それを見たリカルドが鼻で笑った。
 
 
「あなたも、創世力を狙う俗物と変わらんな。かつての兄の面影すらない」


「私をそこらの有象無象と一緒にするな!その力で天上は消えた。地上で使えば地上も消えるかもしれぬ。ならば封じるのみ!それが地上のためだと何故わからんのだ!」
 
 
ガードルが眉間に深いしわを刻み、その手に持っていた槍を俺たちに向けた。するとリカルドはまたしても嘲笑うかのように言った。
 
 
「「地上のため」という言葉は免罪符ではないぞ」
 
 
「待ってよ、タナトス!その考え、僕らも同じだ。僕らもアルカや枢密院より先に手に入れられないといけないって考えてる。協力出来ないかな?」
 
 
「いいだろう!貴様の脳みそを引きずり出させていただく!記憶は必要だが転生者は要らぬ!忘れたか、天上を滅ぼした罪をっ!」
 
 
「もうあなたは、あのタナトスではないようだな…」
 
 
ルカの言葉にまともに聞く事無くただ地上のためと叫ぶガードルは最早異常だった。そんなガードルの姿を、リカルドは落胆した様子で見ていた。昔は尊敬できるような人物だったんだろうな…。リカルドの言葉から、そう思う。
 
 
「貴様は愚かさまでも記憶と能力と共に引き継いだようだな!転生者なぞ皆殺しにしてくれる」
 
 
ガードルが高らかにそう叫んでいるが、何か不自然な感じがした。だって目の前にいるガードルだって転生者のはずじゃ…。
そんな俺たちの疑問に対し、ガードルはにやりと笑った。
 
 
「勘違いするな、私は転生者ではない!タナトス本人だ!地上を愛し続けながら悠久の時を生き続けている」
 
 
その言葉に、目を見開く。俺だけじゃない、全員が、その言葉に恐怖した。アンジュの声も、イリアの声も強張っていた。奴は神。現存する神…。
 
 
「フフ、手加減はいらんぞ?転生者ども」
 
 
まるで子供を相手にするようなその言葉に苛立ったけど、相手は神。俺たちとは違う。本当の神の力を使う事が出来る。強さは、半端ないだろう。
 
 
「心配するな。このガードル、約定は違えん。殺さず、生かしておいてやる。記憶を奪わねばならんからなぁ!」
 
 
雄叫びを上げると同時に、ガードルは力強く踏み出してその槍を振りかざしてきた。俺たちはそれぞれ武器を構え、それを受け止めて反撃を始める。
戦闘が、始まった。
 
 
 
 
 



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