呪いの発動


 
 
 
 
 
どうしてこうなったのかは良く分からなかった。けれど今俺に理解できるのはリカルドが俺たちに銃を向けているという信じたくない光景だった。今の今まで仲良くここまでやってきた俺たちに対して、奴は武器を向けたのだ。
 
 
「嘘吐き」
 
 
俺の顔はきっと無表情に違いない。俺はここまで仲間をあんまり信用しないで来たつもりだ。けれど俺の事を助けてくれたこの人だけには、それなりの信頼を寄せているつもりだった。それなのに、こいつはその信頼を裏切って俺たちに銃を向けたんだ。裏切り者。そうやって嘘をついて騙してきて…。結局お前もそういう奴だったんだな…。
 
 
「あなたは…契約を遵守する方だと思い込んでおりましたが…」
 
 
あんただけは信頼していたのに、やっぱり大人は嫌いだ。嘘吐きばかりで…。
 
 
――信頼なんてしてなかったくせに…――
 
 
頭に響く恨みがましい声。リリーはいかにも不満そうな声で俺の事を批判した。リリーは俺が誰一人信頼してなかったように思っているが、リカルドにはそれなりの信頼を向けているつもりだったんだぜ?気がつきにくかったかも知れないけどな。
イリアやスパーダはリカルドを鋭く睨み付け、唸るような声をあげていたが、ルカだけは困惑した表情をしてそれを見ていた。ルカはどうやら今一つその光景が信じられないらしい。
 
 
「契約より重い物もある、って事だ。これも世の常。諦めろ」


「理由くらい聞きたいな」
 
 
ルカの目は恐怖なんて映していなかった。珍しい事にその瞳には強い意志が窺えた。リカルドの口から本当の事を聞きたいと切に願っているようだった。それに対しリカルドはあっさりと口を開いた。
 
 
「ガードルという男は私の兄だった。前世でな」
 
 
一度、リリーに聞いた事がある。リカルドの前世ヒュプノスには兄がいた事を。その兄は地上を愛したために天上から去って行ったとも…。
 
 
「タナトス…?」
 
 
そうだ。名前はタナトス。死神タナトス。ヒュプノスよりも優秀だったと記憶している。そしてアレスを天上へと連れ去った張本人。残酷なほど冷たい声で幼い少女を連れ去る無常さ。俺はあの時の奴の顔を忘れはしない。
 
 
「死神…タナトス?あのラティオを追放された?そうですか、込み入った事情がおありなのですね。でも、私はまたあなたを信じています」
 
 
アンジュは胸の前で手を組むと、そっと視線を落とした。アンジュのそんな様子を見てもリカルドは顔色を変える事無く黙ったままだった。
 
 
「これはこれは、転生者ども。中には久しい顔もいるな」
 
 
不意に港の方から聞きなれない声が聞えてきて、そちらに視線が向く。リカルドの方ばかり集中していたからその気配に気づく事が出来なかった。その容貌はまさに謎。奇怪な仮面で顔を隠し、その声も仮面のせいで性別がいまいち掴めない。
 
 
「マティウス!あんたの仕業ね!」


「仕業、だと?我が教団の愛する兄弟を傷つけ、その上、適応法による逮捕拘禁中逃亡を行い、転生者の風評を著しく低下させた。これは重罪だな。よってここでアルカ教団に与えられた権限により、宗教裁判を行わせてもらう」
 
 
マティウス。俺たちの話の中に毎回出てくる人物がこいつ…。そして今そのマティウスが自分の持っている杖を振り、その先を俺たちに向けてそう言った。その言葉に対し、アンジュが目を見開いて声を荒げた。
 
 
「宗教裁判ですって!?アルカ如き新興の団体にそんな権限が…」


「娘、お前ならこの名を知っていよう。我ら教団は枢密院のお墨付きをもらっているのだぞ?」
 
 
枢密院という言葉に、顔が歪む。その名は聞いた事がある。無恵に入ってからすっかりなりを潜めた教会の組織…。その権力は教会内でもかなり強いと聞いている。アンジュもその名を知っているのか、顔を歪めて唇を噛んでいた。
 
 
「では、判決だ。貴様らはグリゴリの里にて幽閉させてもらう。命を奪わないのは、同じ転生者としてのせめてもの情けだ」
 
 
「同じ転生者…。やはり君は魔王なんだね?創世力を使って、何を企んでいる!」
 
 
「フフ、またいずれ教えてやろう。さあ、こいつらを船に乗せろ!」
 
 
マティウスがそう笑いながら船の方へと戻っていくと、控えていた兵士たちが俺たちの所に寄ってきて、拘束し始めた。…幸い、この中には誰も俺の事を知っている奴がいないようだ。これは本当にラッキーだった。もしも俺の事を知っている奴がいたなら…。俺はそいつを始末しなければならなかったかも知れないから…。
そんなこんなで船に乗り込まされる手前、イリアがじたばた暴れて兵士を困らせていた。あいつらには全く警戒心とか危機感とか、そういうものがないのか…?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
長いこと船に揺られて漸く着いた場所は殺風景な孤島。様々な所に足を運んだ事のある俺ですら知らない場所だった。こんな殺風景な場所が存在しているとは。
 
 
「ここは?」


「遠くまで連れて来られたみたいね。なんだかちょっと寒いもん」
 
 
周りに広がるのは海ばかり。少しばかり北に存在しているのか、イリアの言う通り肌寒さを感じる。色々な事を考えながらキョロキョロしている俺たちの前に、リカルドが現れた。
 
 
「ここは、グリゴリの隠れ里だ。お前たちはここで過ごす事になる。自由にして構わんが、くれぐれも暴れたりするなよ?天術は封じられているからな」
 
 
階段の上に立っているリカルドは俺たちの事を見下ろしながらそう言った。
しかし…。もしもあの時リリーの言っていた事が本物ならば、俺にはグリゴリの術が効かない。一体どういう事なのか俺にも理解出来ないが…。
 
 
「はっ!ご丁寧なこった。あんたは大金せしめて、ガルポス辺りで悠々と暮らすのか?」
 
 
嫌味を混ぜた言葉をスパーダが吐き出せば、アンジュはそれを諌めるように声を上げる。しかしエルですらリカルドの行為を許せないのか怒っている。普段あまり人の事を怒らないエルだけに珍しいかも知れない。
 
 
「フン、好きに言うがいい。この先に里がある。とりあえずそこに向かえ」
 
 
リカルドの見下すような言い方に、スパーダの眉が吊り上がる。しかしリカルドはそんな事を微塵も気にしていないようで、何の戸惑いもなく俺の前に立った。俺がその行動を理解できずに眉間にしわを寄せていると、そっと耳打ちしてきた。
 
 
「ガードルが呼んでいる。着いて来い」
 
 
小さな声でそれだけ言うとリカルドはすぐに背を向け里の中へと入って行ってしまった。俺はその背中を見ながら何かリカルドの計り知れない感情を、見た気がした。その背中を見失わないように、走り出す。
 
 
「ラスティ!?」
 
 
背後で驚いた声が聞えたが、振り返る事はしなかった。ただ、何となくだが、嫌な不安が心の中で渦を巻いていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「リカルド…」
 
 
リカルドを追いかけて走ってきたら、その黒い背中は俺を待っているかのようにそこに立っていた。そして俺を振り返ると、申し訳なさそうに顔を歪めた。
 
 
「すまない…」
 
 
その口から吐き出されたのは謝罪。けれどそれが聞きたいのはそんな事じゃない。
 
 
「理由を言ってくれないか…?」


「……いつか、いや。俺が納得できたら必ず話す。だから、都合がいいようだが、信じてくれないか?」
 
 
リカルドは真剣な目で俺の事を見てくる。その目は確かに偽りなんてなくて、俺は渋々納得せざるを得なかった。大きな溜息を吐き出してから髪の毛をぐしゃぐしゃ掻き混ぜた。
 
 
「…わかった。絶対話せよ…。話さなかったらリリーの錆にしてやるからな」
 
 
その言葉を言ってから、俺は覚悟を決めるために一歩踏み出す。奴を向き合うには些か俺は臆病すぎる。前世で起こったあの事件のせいか、俺はあいつに対してトラウマのようなものを抱いている。それでも。俺はあいつと向き合わなければならない。
 
 
「ここだ」
 
 
リカルドに案内された小屋の扉を開けると、そこには不気味な雰囲気を纏ったタナトス、いやガードルが立っていた。ガードルは俺の姿を見た途端、その顔に気味の悪い笑みを浮かべた。
 
 
「漸く来たか、アレスよ」
 
 
ガードルが言った言葉に、違和感が込み上げてくる。何故こいつは俺の事をアレスと呼ぶ?見た目も何もかも違いすぎる。唯一の類似点といえばこの深紅の髪ぐらいだろう。
 
 
「俺はアレスじゃない。あの少女は死んだだろ」
 
 
「何を言っている。貴様はアレスだ。ラスティという人格はアレスを隠すための身代わりに過ぎない」
 
 
その言葉の意味を今一つよく理解できない。目の前のこいつは何を言っているんだ?あの少女は遥か昔に死んで俺に生まれ変わったはずなのに、俺はアレスを隠すための身代わり、だと…?そこまで考えて急にあの時の事を思い出した。
呪い!!
 
 
「今更気付いたか!しかしもう遅いぞ!さあアレス。我のために働け!」
 
 
ガードルの言葉と同時に鋭く目が光る。その光を見た瞬間、俺の体が急に動かなくなり、頭が痛くなり始めた。
 
 
――ラスティ!ラスティ!!――
 
 
鈍くなっていく頭。鮮明になっていく頭の痛み。それに混ざるようにリリーの悲鳴が響いてくる。
 
 
――彼は、転生者じゃなかった!彼は生きていたの!私に呪いをかけた死神、彼は生きていた!彼は本物の神!彼は呪いを操る事が出来る人物!ダメ!呑まれてしまってはダメ!!――
 
 
霞んでいく。何もかも。視界も痛みも、思考も何もかも。闇に呑まれていく。その闇の中に、アレスの姿を捉える。
 
 
――ダメ!だめ!駄目ぇ!!意識を失ってはダメ!戻ってきて!行ってはダメ!!その先は危険なの!ラスティ!!――
 
 
闇の中でアレスが必死に俺に向かって手を伸ばそうとしている。俺も上手く働かない頭で手を伸ばそうと必死になる。でも、頭が上手く働かないせいか、掠れてばかりで手を掴む事が出来ない。段々手を伸ばす力もなくなっていく。
 
 
――いやぁ!ダメよ!ラスティ!!そちらに行っては、帰れなくなってしまう!!――
 
 
闇に染まっていく視界の中で、初めてアレスが少女らしい顔で泣いて、叫んでいた。まるで親と離れ離れになるのを恐れている少女のようだった。
 
 
『お前はこっちの人間だろ?そっちの世界には帰れない』
 
 
不意に声が聞えた。アレス以外の声。それはとても冷たくて、嫌な気分になるものだった。声が聞える方に視線を向けると、そこには血まみれの少年が妖笑を浮かべていた。あれは……昔の俺…?
 
 
――ラスティ!!!!――
 
 
アレスの悲痛な叫びを最後に、俺の意識は完全に闇に呑まれていった。
 
 
 
 
 


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