本当の一片


 
 
 
 
 
奴は、アシハラ以来どこか変だった。何かに怯えるようにしながらも、反対に自分が怯えている何かに深い憎しみを抱いているような…。そんな良く分からない表情をしていた。
そしてあの時、ルカが目を覚まして、魔王について言った時、あいつは何か引っかかる事を呟いていた。
それは本当に魔王なのか…?
そう呟いた時のラスティの顔はどこか呆然としているようだった。そしてその言葉にその場にいた全員が驚いて視線を向けた瞬間、ラスティは取り乱したかのように外へと飛び出しって行った。俺はその後姿が心配でそれを追いかけるために部屋を飛び出した。
そしてその時、誰かが俺に向けて天術を放った。確かにそれを殺意を込めて放たれたものだけれど、その矛先は俺ではなかった。その殺意はいつまでもラスティの方に向いていて…。ラスティは素早く動いて俺の事を助けてくれた。けれど奴は俺に天術を放った奴が憎くて仕方ないかのように、壁を殴りつけていた。その手から血が見えた瞬間、俺は素早くその手を止めさせた。
 
 
「お前、アシハラ以来変だ!何か、隠してんだろっ!俺たちに、俺に言えないことなのかよっ!」
 
 
思わず叫んでしまった。いつまで経ってもこいつの事を理解できない苛立ちを、最悪な事にこいつにぶつけてしまった。別にこいつが悪いわけじゃない。でも、俺はその時抑えられなかった。俺が知らない何かに怯え、それに憎しみを向けるこいつの事を、どうしても理解できなくて…。
その瞬間、ラスティは藍色の目を見開いて俺の事を見ると、すぐにその目を伏せた。それから小さな声で言った。
人なんて、嘘吐きだよ…。
そう吐き捨てられた言葉は俺の胸に深く突き刺さった。その表情も、声色も何もかも苦しみと悲しみを孕んでいて…。抑えきれないものが瞳から零れて頬を伝っていった。鼻の奥がツンとして、顔を歪めた。俺の事を一瞬だけ見たラスティは、俺に声をかける事はせずにそのまま背中を向けて去っていってしまった。あいつは一度も俺の事を振り返ってくれなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それからすぐに船の手配が済んでいたので、謝る事も離す事も出来ないままガルポスへと着いてしまった。あいつはどこか作り物めいた表情をしていた。不自然ではないけれど、その気配はとてもじゃないが誤魔化せなかった。ルカやリカルド、アンジュに声をかけられていたが、ラスティは一度もその仮面を剥ぎ取られる事はなかった。
目的地に着くまでの道のりの途中で変な爺さんにあった。ここに住んでいるみたいだが、何とも言えない性格をしていた。その口から出るのはデタラメなブルースだけ。まあとりあえずこの爺さんから奥の方に祭壇が存在するって言う情報を手に入れることが出来た。
その情報通りに奥の方へ進んで行くが、進むごとに段々会話が減っていき、やがて無言の状態となっていた。それでも誰も離そうとせず、ただ進むだけだった。
やがてジャングルが開けて、祭壇が俺たちの目の前に現れた。
 
 
「ここが天上との接点だったんだ。人々に忘れられながらも、こうして存在していたんだな」


「この地には、あまり教会の力が及ばなかったようね。自然の恵みが豊富なので、天の恩恵はそれほど重要ではなかったの。だから自然そのものを神格化する信仰スタイルになったというわけね」
 
 
漸く口を開いたアンジュは、辺りを見回しながらそう言った。するとそれを聞いたエルが少しばかり嫌そうに顔をしかめた。
 
 
「また講釈や…。ウチ、興味ないわぁ〜」
 
 
エルがつまんなさそうに辺りを見回しながらそう言うと、ラスティは苦笑しながら腰に両手を当てた。
 
 
「そんなこと言って良いのか?ここはエルゆかりの地だぞ?」


「ん〜?どういう意味なん?」


「ここは龍神信仰の中心地みたいよ。自然の神格化の象徴が、龍の形を取ったのね」


「つまり、ここはヴリトラを奉ってるんだよ」
 
 
アンジュの言葉に付け足すように言ったラスティ。エルはその事を聞いて少しばかりやる気を出したのか、嫌そうな顔をしなくなった。まるで頼りにされて頑張る子供みたいな感じだった。
 
 
「さて、行こうか」
 
 
にこりと笑みを貼り付けたままそう言うラスティ。おそらくここにいる全員がこの笑みが作り物だと分かっているんだろう。でも、誰もその事について触れないのは、こいつが触れて欲しくないというオーラを出しているからなのだろう。イリアですらそれを黙ったまま見ていたのだから。
そしてゆっくりと記憶の場に近づくと、いつものように俺たちを光が包み込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『創世力…。「献身と信頼、その証を立てよ。さすれば我は振るわれん」…か』
 
 
どこか…高い建物の上…。そこには腰をかけているアスラと立っているオリフィエルがいた。しかしアスラの表情は重く、とてもじゃないが創世力を手に入れたばかりの顔とは思えなかった。
 
 
『お悩みのようでございますな』


『ああ、俺は迷っている!何故、何ゆえ、この方法でしか力は使えないというのか!』
 
 
アスラは苛立たしげにそう叫ぶと、顔を歪めた。苦悩に満ちた表情。一体何があったのか…。俺が考えているうちに、オリフィエルがアスラの事を横目で見てから唸るような声を上げた。
 
 
『この辺りラティオとセンサスでは解釈に相違があるようですぞ?』
 
 
オリフィエルの言葉を聞いた瞬間、アスラは垂れていた頭を上げて勢い良くオリフィエルを見た。その目には微かな望みが含まれていた。
 
 
『何だと?センサスに古来より伝わる物の他に、何か方法があると!』


『その通りです』
 
 
アスラの表情を見たオリフィエルはゆっくりとした動作で頷いた。
 
 
『「献身と信頼」、その双方を満たす者。つまり己の半身となり得るほどの近しい者と共に、力を行使するのです』
 
 
オリフィエルがその視線をアスラに向けながらそう言うと、アスラは肩を震わせて笑っていた。噛み殺すような笑いが徐々に大きくなっていった。
 
 
『そうか…、なるほどな…。献身を以って、か。ははは、これはいい!素晴らしい!』
 
 
アスラはその大きな体を震わせて大きな声で笑う。その笑い声だけがその場に響いていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――来てはダメ!!――
 
 
キィンと金属が響くような音が頭の中に響いてきて、暗転したはずの景色に再び色彩が戻り始めていた。
 
 
――ここはあなたが来るべき場所じゃない!!――
 
 
必死に俺に声をかける声…。この声はどこかで聞いた事のある声だった。幼い少女の声…。そうだ、ガラムで俺はこの声を…。何故この声が必死に俺に向かって叫んでいるんだ…?
 
 
――お願い!帰って!ここにいてはいけない!彼が、彼が来るの!――
 
 
姿が見えないが、その声だけは鮮明に聞えていた。不思議なくらい鮮明で、でもそれが逆に何かが迫っているような気にさせる。彼って一体誰なんだ?俺はその声の主に問いかけたかった。
 
 
『誰だ?』
 
 
再び金属音が聞こえてきたかと思うと、急に頭が激しく痛み出した。俺はその場に立っていることが出来なくて膝を突いた。それと同時に耳に飛び込んできたのは、とても聞き覚えのある声だった。
 
 
『誰だと聞いている』
 
 
何かが摩れるような音がして、俯きがちになっていた視線を上げると、首のすぐ近くには剣が…いや、刀が添えられていた。少しでもズレれば一瞬で命を絶つ事が出来る位置だ。
 
 
『答えろ。それとも、答えられないか?』
 
 
一体誰が俺に刀を突きつけているのか。その声で本当は分かっているが、俺はどうしてもそれを認めたくなくて、馬鹿みたいにそれが誰だか確かめようとした。そして…。
ああ、やっぱり…。それは俺がどうしても認めたくなかった紅色の髪を持った奴だった。
ラスティ…。
声に出そうと思ったけれど、俺の喉はパサパサに渇いていて、その名前を口にする事は叶わなかった。
 
 
『…答える気がないのか?随分と嘗められたものだ。軍の人間は俺をそんなに簡単に捕まえられると思い上がっているみたいだな』
 
 
まるで汚いものを見るように見下されながら、俺はふと疑問を感じた。軍の人間?目の前にいるこいつは一体何を言っているんだ?俺が軍の人間なわけない。つまり…。これは俺ではなく、誰か別の人物が体験した事…。軍の人間視点から見たこいつの本当…。
 
 
――帰って!早く!じゃないと…!!――
 
 
少女の叫び声が聞えるけれど、俺はその場から一歩も動けなかった。いや、これは軍の人間視点で見ているんだ。俺が動けるはずがない。俺はただ見ていることしか出来なかった。その冷たくて、凍えてしまいそうな目を。
 
 
『答えないなら特に用はない。もともといきなり来たのはそっちだしな…』
 
 
ラスティは何も話さない軍の人間に痺れを切らしたのか、深く溜息を吐いた後に冷たい言葉を吐き出してからリリーを振りかぶった。その様子が妙にスローに見えて、気分が悪くなった。
 
 
『さようならだ』
 
 
視界が紅色に染まって、それから悔しそうなあいつの顔が目に飛び込んできたのを最後に、目の前が真っ暗になっていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「スパーダ!!」
 
 
鋭い声が聞えてきて、俺はハッとして辺りを見回す。一瞬ここがどこだか分からなくなったが、すぐにここがガルポスのジャングルだと冷静になってきた脳が伝えてくれた。良く見ると、目の前には先程まで話しかけづらくて困惑していたはずのラスティの姿があった。眉は情けなく下げられ、顔は心配そうに歪められていた。
その顔に、安堵した。
 
 
「大丈夫か?顔色が悪い」
 
 
覗き込んで俺の様子を窺うラスティ。本当に先程まで話す事を戸惑っていたのかと思ってしまう。
 
 
「大丈夫だ…」
 
 
安心させるようにゆっくりと息を吐きながらそう答えると、ラスティは安心したように息を吐いていて、その顔も緩んでいた。
 
 
「何か、思い出したみたいだね」
 
 
そんな時、不意に足音と声が聞えてきて、そちらを向くと犬を引き連れた犬男…じゃなくてシアンがいた。
 
 
「あ、自分。犬男って名前ちゃうかってんなぁ。えーっと、シアン?」


「そう、シアン君よ。ほらシアン君。おいで、抱っこしてあげるから」
 
 
エルが必死に思い出してその名前を言った後に、アンジュが優しい笑みを浮かべて腕を広げる。しかしシアンは突然の事に意味が分からなかったのか、首を傾げて眉間にしわを寄せていた。
 
 
「何を言っている!僕は創世力の場所が知りたいだけだ!さあ、マティウス様に協力しろ」


「あのね、キミ。マティウスなんかに協力しちゃいけないよ」
 
 
吠えるように叫びシアンに対し、ルカは落ち着いた声で諭すように言う。俺もそれに倣うように言うが、シアンは俺たちの言葉を全く信用していないのか、首を振っている。
 
 
「惑わそうったってムダだよっ!アルカでは、転生者を重用するんだ。捕縛適応法からも守られるんだ。守ってくれるのは…、僕を守ってくれたのはマティウス様だけだったんだ!」
 
 
犬歯を剥き出しにして俺たちに鋭い視線を向けるシアン。こいつが今までどれだけ苦労したか知ってしまったエルは何も言い出せずに困惑したような表情を浮かべていた。自分たちも苦労してきたが、シアンも同じように苦労してきたのだ。
 
 
「生まれながらにして不幸になった転生者。人の都合で不幸になる動物たち。これらを救う新しい世界が必要なんだ!」


「随分と、素敵な世界じゃないか」
 
 
冷たい言葉が聞こえてきた。その発信源はラスティだった。思わずその表情を覗き込んで、少しばかり後悔した。その顔は先程見たものよりは冷たくないものの、嘲笑うような表情をしていた。
 
 
「な、何だよっ!」


「世の中そんなに甘かねぇよ。新しい世界なんざ、夢物語だ」
 
 
その藍色の瞳が何を考えているのか分からない。けれどその瞳はとても冷めていた。それは、あいつ自身がそんなものといった夢物語を望んだからなのか、それとも初めからそれが存在していないと馬鹿にしているのか…。どちらか分からなかった。
そんなラスティの様子を見ながら、ルカがゆっくりとシアンの前に立つ。
 
 
「アルカは転生者を集めてる。でも、それは適応法と同じ事なんだよ。集められた転生者は、同様に研究所や軍隊に送られているんだ」
 
 
ルカの言葉に微かにシアンの瞳が揺らぐ。しかしその揺らぎはすぐに消え、再び犬歯を剥き出しにした。
 
 
「何を根拠にそんな事を!そんなワケないっ!バカにすんなよ」


「俺たちは適応法で捕まり、軍に放り込まれて来たんだぜ。それに方々で話を聞いてきたんだ」


「物を知らん者は、バカにされるべきだ。とっとと帰ってその理想郷とやらの夢でも見てろ」
 
 
俺たちの言葉に、シアンは確かに何かを揺らいでいた。それが真実なのか図りかねているようだ。
それにしても…相変わらずリカルドのおっさんはシアンを煽るようなことを…。
 
 
「バカだと!また僕をバカにしたなっ」


「なあ、バカでもエエやん。マティウスなんか放っといてさぁ、ウチらと来ぃやぁ」
 
 
またしても大きな声で叫んだシアンに、エルが声をかけた。その声は冷静で、尚且つ何かを求めているような声であった。シアンはそんなエルの言葉に動揺したのか、一歩後退る。
 
 
「な、何だと?」


「あんな、ウチかて今一人やねん。親が死んでもうて、ウチだけで頑張って生きて来てん。でもな、周りには友達がおった。せやから生きて来れた思てんねん」


「それがなんだよ!どうしたってんだよ!」


「自分、友達おれへんからって、マティウスとか言う人を頼りにしたらアカン思うねん。せやから、ウチらと友達になろ。みんなエエ人やで?」
 
 
エルがにこにこしていて、楽しそうな声でそう言うと、シアンは狼狽したように視線をさまよわせる。しかしシアンは首を振るとキッとエルを睨み付けた。
 
 
「…騙されるもんか。絶対騙されないからなっ!行け!ケル!ベロ!」
 
 
二匹の犬が応えるように鳴いて走り出すと同時に、俺たちも武器を手に構えた。エルはその二匹の犬の間を潜り抜け、シアンの元へ突っ込んで行った。
 
 
「…絶対友達にしたる。無理矢理友達にしたるからなあ!」
 
 
エルの強い意志の篭った言葉が戦闘の始まりとなった。
 
 
 
 
 



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -