全てを隠すための道化


 
 
 
 
 
理解とは、何だと思う…?
 
 
――何故それを考える?すでにあなたはその答えを見出しているというのに――
 
 
俺には理解できない。何故俺はこうしてここにいるのか。何故旅をして、仲間と共にいるのか…。俺が俺自身を理解できないのと同じように…。
 
 
――理解とは、物事の道理や筋道が正しくわかること。その意味や言葉を呑み込む事。そうではないの?――
 
 
俺の求めている答えとは程遠いものだな…。俺が求めているものはそんな平凡ではない。俺は自分自身の道理や、自分自身の意味を分かる事なんで出来ない。だから俺は俺自身を理解できない。
 
 
――…そう…。では今度は私から質問させて。あなたにとってラスティとは何?――
 
 
俺にとってのラスティ…。そうだな、俺にとってか…。そんなの簡単だ。俺の奥に眠っている本性を隠すための道化だ。みんなに笑顔を振りまき、愛想良く人に接し、他愛もない話で盛り上がる。嫌われる事のない理想の道化だ。
 
 
――…自分自身を偽るための人格だと言うつもり…?あなたは自分自身を隠してどうするというの?――
 
 
どうもならないさ。ただ俺の本性が永遠に露呈しないため。ただそれだけのためだ。やがて本当のラスティは闇の中に消え去るだろうよ。
 
 
――隠す事なんて出来ない。自分自身を消し去る事なんて出来ない。出来るはずがない。いくら皮を被ろうとも、あなたはあなたなんだから――
 
 
それは机上の空論だ。俺が俺であるなど、何の役に立つ?
 
 
――…そんな事は関係ない。確かにあなたの言うように机上の空論かも知れない。けれどいつかあなたの本性は明るみになる。私の過去が露わになったように、あなたの過去も…――
 
 
黙っててくれないか?お前の言っている事には証拠も何もない、単なる予想にしか過ぎない。実際に隠し通せた奴だって腐るほどいる。
 
 
――違う。隠し通せると思い込んでいるだけ。実際は誰も隠せやしない。あなたは認めたくないだけ。自分が犯してしまった出来事をいつかみんなに知られてしまう事を――
 
 
煩いっ!
 
 
――あなたは愚か者。自分自身を偽って平静を保とうと足掻いてる。救われるためには、自分を信用しなければならないのに!――
 
 
救いなど俺には必要ない!俺はただ生き続ければいいだけだ!仲間や友人なんていらない!不要なものなんだ!
 
 
――矛盾してる!あなたは足りない物を求めていたのに、それを捨てようとしてる!あなたが、あなたこそ嘘吐き!上辺だけの言葉でみんなを傷つけてる!それを、見ない振りをしてる卑怯者!!――
 
 
求める事は罪だ!強欲に求め続けたものが結局滅びの道を辿るんだ!だから俺は何も要らない!
 
 
――嘘吐き!幸せだと言った!なのに、あなたはそれを捨てようとしてる!全てを捨ててみんなを騙して、自分も騙して、それであなたは何を手に入れるの!?全てを失った先に、何があるというの!?――
 
 
何も在るはずがない!しかしそれがどうした!?そこに在るのが無だとしても、俺は後悔しない!俺は俺自身が嫌いだ!!
 
 
――あなたは…馬鹿よ…!――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ねえ、ラスティ」
 
 
ガルポスの桟橋から少し離れた所でルカに声をかけられた。おそらくいつもは一緒にいる俺たちが離れている事が怪しいと思ったんだろう。ルカは何だかんだで鋭いからな…。
 
 
「ガラムから様子が変だよ?スパーダと喧嘩でもしたの?」
 
 
向けられる瞳は悲しさに歪められ、その顔は泣きそうでもあった。それは俺たちの心配をしているのかそれともこのメンバーの事を心配しているのか…。ルカの場合どちらでも間違いではないだろう。
 
 
「別に何ともないさ。ほっとけば治る」


「………」
 
 
ルカは俺の答えを聞いた瞬間に顔を歪めた。その顔は複雑そうな表情をしていたが、やがてゆっくりと射抜くような視線へと変わっていく。
 
 
「嘘吐き」
 
 
普段のルカからじゃ想像もつかないような凛とした声に、俺は驚いて目を見開く。ルカは俺とは反対に静かな表情でこちらを見上げていた。
 
 
「いつもラスティは僕たちに何も話してくれない。どうして?」
 
 
こいつはリリーと同じ事を言う。人を信頼しろとか信用しろとか、そんな甘い幻想に取り付かれている。人を信頼して、信用して、最後に裏切られたら一体何のために信頼していたのだろうかと思わないか?俺はそんな思いをしたくない。だから人を信頼しない。そうすれば痛みなんて感じずに済む。
 
 
「人はみんな嘘吐きなもんだろ?それに、触れて欲しくない事だってある」
 
 
綺麗事を並べてそう言ってやると、ルカは納得できないのかその表情は厳しいものだった。しかし俺はそれに気づかない振りをして笑っていた。するとルカは今の俺に何を言っても無駄だと思ったのか、それ以上は何も言わずにエルたちの方へと歩いて行った。
 
 
「お前らしくない」
 
 
後ろの方で今までの俺たちを見ていたリカルドが、いきなり俺に声をかけてきた。俺は視線だけをリカルドに向けながらその言葉を鼻で笑った。
 
 
「俺らしいって何だよ?」
 
 
そんな俺の表情と言葉を聞いたリカルドは顔をしかめた。それは確かに微かな変化だったけれど、こいつと長い間暮らしてきた俺になら分かる変化だった。そしてその顔は俺が何を考えているのか分かっているような顔だった。
 
 
「お前はあの頃からかわったのかと思っていた。だが、お前は二年前から変わっていない。全てを知った時のお前は、今のような淀んだ、深い闇を持っていた。それが、今も変わっていない。変われたのはそれを隠すことを覚えたぐらいだ」
 
 
リカルドはそれだけ言うとルカたちの方へと歩いて行ってしまった。俺はそんな後姿を見ながら先程言われた言葉を思い出していた。あの頃から何も変わらない…かぁ…。そうか、俺は何も変わらないのか…。
 
 
「兄ちゃん?ぼおっとどないしたん?」
 
 
先程までルカたちといたはずのエルがいつの間にか目の前にいて俺の事を見上げていた。きょとんとした顔に苦笑しながら俺はその頭を撫でた。エルはくすぐったそうに笑った。
 
 
「何でもねぇよ。行き先は決まったか?」


「次はジャングルやて。もうルカ兄ちゃんたち行ってまうよ?」
 
 
エルがからかうように笑うので、俺は嘘の笑いを作ってそれに応えた。そしてルカたちから離れない程度に距離を置きながら歩き始めた。その後ろにはエルがついていくる。たぶん、エルは俺の笑顔が嘘である事を見抜いていると思う。その証拠にエルの笑いにはどこか不自然な感じがあった。きっとこの関係を崩したくないから、何も言わないんだろうな。
 
 
「ルカ兄ちゃん!」
 
 
エルが前の方を進んでいたルカたちの方へと走り寄って行く。ルカの隣にはどこか元気のないスパーダがいて、その顔も疲れているようだった。
 
 
「とりあえず、奥に進んでみましょう」
 
 
ルカたちより後ろにいたアンジュがそう言うと、ルカたちはジャングルの中へと足を踏み入れた。俺もそれから離れない程度に足を進めていると、ふとアンジュと目線があった。アンジュはその場に立ったまま動こうとせず、俺を待っているようだった。
 
 
「何の用だ?アンジュ?」


「あら、用がないと駄目なの?」


「いや、別に…」
 
 
どこか黒いオーラを出している笑みに、俺は何も言えずに黙り込んでしまう。アンジュはそんな俺を見るとクスクスと笑っていた。それから少し緩い笑みを浮かべて胸の前で自分の両手を絡ませていた。
 
 
「ラスティ君は私たちの事嫌い?」
 
 
唐突に、まるで世間話をするかのように振られた話を、俺は瞬時に理解する事が出来なくてその足を止めてしまった。反対にアンジュは何事もなかったかのような笑みを浮かべながらその足を止める事無く進んで行く。俺はとりあえずそれに追いつくために足を動かした。
 
 
「唐突に何だ…?」
 
 
「そこまで驚く事?普通に聞いたんだけどなぁ。じゃあもう一回。ラスティ君は私たちの事嫌い?」
 
 
もう一度問いかけられた質問。今度はきちんと理解する事が出来た。アンジュは俺を試しているのかも知れない。
 
 
「嫌いじゃない…」
 
 
「じゃあ好き?」
 
 
にこりと綺麗な笑みを浮かべるアンジュは、その異名の通り聖女のような顔をしていた。ただし表面だけだ。おそらく裏では様々な事を考えているに違いない。俺は、その問いかけに答える事が出来なかった。嫌いではない事は確かだ。共に旅するのだから。けれど、好きかと聞かれれば応えられない。だって俺は信頼も信用もしていないのだから。
 
 
「うーん、ラスティ君はどうしたいの?」
 
 
「何が…?」
 
 
「みんなと距離を取って、自分の心を明かさないで、人を信頼しないで…。何を隠したいのかなぁって」
 
 
隠したい事…。それなら沢山ある。ありすぎるくらいだ。けど、俺はそれをアンジュに言うつもりはない。
 
 
「別にないよ」


「そう?私には何かを隠すために心を閉ざそうとしてるみたい。ようやく打ち明けてきたと思ったのに」
 
 
アンジュは残念そうに溜息をつくと、先程まで絡めていた手を離して、変わりに腕を組んだ。アンジュのやり方はルカやリカルドと全く違っていた。それとなく俺の隠し事を知ろうと探りを入れてきている。そして無理矢理にでもそれを暴かせようとしている。
 
 
「何を、隠し通そうとしているの?」
 
 
今まで柔らかな笑みを浮かべていたアンジュはさっと組んでいた手を解くと、鋭い視線を俺に向けた。探るような視線。俺の反応を少しも見逃さず、隙を突こうとする目。俺はそんなアンジュの目に、口角を上げた。
 
 
「そうだな、全てを、だ」
 
 
にやりと意地の悪い笑みを浮かべてやると、アンジュは不意を突かれた表情をした。ここで俺がこんな笑みを浮かべるとは思っていなかったのであろう。しかし、今まで俺の事を探ろうとした奴は沢山いた。そんな奴らに簡単に騙されないように俺は上手く生きてきた。アンジュのように海千山千の教会関係者であろうとも、俺の事を簡単に探れるはずはない。
 
 
――何故素直に受け取れないの?何故それを遠ざけてしまう…?――
 
 
リリーの声が脳内に響き渡る。悲しい音色のそれは確かに胸を痛めるが、俺はその言葉に同意は出来ない。俺は隠し通さなければならない。そうしなければ、いけないんだ…。
 
 
 
 
 



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