嘘吐きの恐れ


 
 
 
 
 
どうやらルカが目を覚ましたらしい。
それを聞いた俺は自分が使っていたベッドから立ち上がってルカの部屋へと直行した。扉を開けてまず始めに飛び込んできた光景が、ルカと抱き合うスパーダの姿だった。誤解を招くのだけは嫌だから言っておくけど、友情的な抱き合いだからな?実際スパーダの目には若干涙が浮かんでいるし。
 
 
「目、覚めたみたいだな」
 
 
スパーダに抱きつかれて痛いと言っているルカにそう声をかけると、漸く俺が部屋に入った事に気がついたスパーダがルカから勢い良く離れた。いや、そこまで焦らなくても…。
 
 
「怪我の具合はどうだ?」
 
 
「もう大丈夫だよ、ありがとう」
 
 
スパーダの隣に立ってルカを見ると、はにかんだように笑った。どうやら本当に良くなっているみたいだな。刺された腹はまだ痛むみたいだが、立ったり歩いたりする事には支障ないらしい。俺と違って腹をぐっさり刺されたルカは丸三日寝ていたからな…。怪我が良くなって良かった良かった。
 
 
「起きたんだなー」
 
 
ガチャリと扉が開いて、コーダとイリアとエルが入ってきた。イリアの目元は何回も擦ったのか赤くなっていた。
 
 
「おたんこルカ!!」
 
 
入って来た第一声がこれだった。本当は誰よりも一番ルカを心配していたくせに、普段の態度のせいかあるいは性格のせいか、素直に心配したとは言えないらしい。そんなイリアに苦笑しながら、事の出来事を見守る。
 
 
「ルカ兄ちゃ〜ん!」
 
 
エルも泣きそうな声を出しながらルカを見つめ、本当に大丈夫か心配そうに見ている。
 
 
「やあ、おはよう」
 
 
そしてみんなに散々心配かけたルカの言葉がこれだった。そんな事ばっかりしてるからイリアと仲良くなれないんじゃないか…?本当にルカは頭がいいんだか悪いんだか…。
んでもってそんなルカの言葉に、イリアはもちろん地団太を踏んだ。こんなに心配した人物があっさりとした挨拶をしてきたんだ、誰だったそうなるだろうな。
 
 
「何が「やあ、おはよう」よ!もう昼過ぎだっての!ホンットにノロマで馬鹿ね、あんたって」
 
 
イリアもその言葉に言いたい事が溢れてきたのか、一気に捲くし立てるように言う。まあ当然の結果だな。しかし、イリアも本心はそんなんじゃないんだろうな。けど、今のイリアにはこれが精一杯って所か?
 
 
「もう、あんたのマヌケ面見たらこっちも眠くなって来た!…ちょっと、休むからねっ…、もう…」
 
 
ルカの大丈夫そうな姿を見て気が抜けたのか、イリアは大きな欠伸をしてくるりと背を向けて部屋を出て行ってしまった。ルカは少し困ったような声を出していたが、それを見たエルがにやりと悪戯っ子の笑みを浮かべながらルカに近づいた。
 
 
「これ内緒やで?イリア姉ちゃん、泣いとってん。ずーっと。兄ちゃんが寝てる時も、目ぇ覚ました声聞いた時も。せやから、堪忍したってな?」


「うん。怒ってないよ。あれでこそイリアだ」
 
 
ルカもイリアが素直じゃない事は多少自覚しているのか、嬉しそうな顔と声でそう答えた。これって俗に言うノロケって奴だよな〜。チッ…!
そしてその後は他愛の無い話をして、楽しんでいるようだった。俺はその会話に入らずに壁に寄りかかってそれを見ているだけにした。今は近づかない方がベストだ。そんな時、扉が開く音が聞こえてそちらを見ると、リカルドが部屋に入って来た。その隣にはイリアの姿もある。
 
 
「起きたのか。ちょうどいい。ガルポス行きのチケットを手配出来た所だ」
 
 
リカルドの言葉に、冷たい沈黙が落ちる。アンジュの視線は痛いものだったし、スパーダの視線も決して良いものではない。ルカはどうしていいか分からずに困ったような表情をしたままだ。エルは至って普通に黙っているだけだ。俺もエルに倣い黙っている事にした。
 
 
「ルカ君が目を覚まさなければ置いていくつもりだったのですか?」
 
 
冷たい沈黙を切り裂いたのは、アンジュの冷たい声だった。そんな声を気にする様子を見せないリカルドは淡々と答えた。
 
 
「俺が抱えてでも連れて行くつもりだったさ。今回を逃せば、船はいつ出るかわからないような状態だしな」
 
 
その言葉で今まで冷たかった空気が少しばかり和らいだ。その瞬間を見計らってなのかルカが自分の荷物を纏めようと行動を起こそうとしていた。俺はすぐさまルカに近づいてその行動を止めさせた。
 
 
「俺らがやってやるよ。魘されてたんだろ?」
 
 
そっと肩を押して後ろにあるベッドに座らせると、ルカは微かに渋い表情をした。何か言い出したいものがあるけれど言いにくい。そんな表情をしている。俺はそんな表情を見てゆっくりと目を細めた。言いたくなければ言わなければいいし、言いたいのなら好きにすれば良い。そういう意味を込めた視線を送る。するとルカは言う事に決めたのかゆっくりと口を開いた。
 
 
「実は前世の夢を見たんだ。創世力には、原始の巨人の意志が込められているらしい」


「どういうこと?」
 
 
創世力。その言葉がルカの口から出た事によって一気に空気が張り詰めたものへと変わる。
 
 
「詳しくはわからない。でも、創世に使う力ってのは本当ぽかったよ。問題は、何故その力を使って魔王は天上を崩壊させたか、だけどね」
 
 
イナンナはアスラを裏切った。
あの時、ケルム火山で見た記憶…。彼女が言っていた言葉が頭の中で響く。魔王?いいや、彼女は確かに…。
 
 
「それは本当に魔王なのか…?」
 
 
口にしてしまった瞬間、ハッとして口を噤む。しまった…。言ってはいけない。これはまだ言ってはいけないことなんだ…!
 
 
「どういう意味なの、ラスティ君?」
 
 
アンジュから向けられる視線。それは疑いの目。一体俺が何を知っているのか探ろうとしている目…。俺はその目が嫌いで、今も、今でも嫌いで…。
 
 
「…っ!」
 
 
何も言葉に出来なかった。何かいい訳染みた事でも、気の利いた言葉でも言えばよかったんだ。俺が何かを知っているという情報を隠すことが出来るような言葉を。でも、俺はそれが出来なかった。その視線が、嫌だったから。
耐え切れなくなった俺は扉の前に立っているイリアとリカルドを押し退けるようにして部屋を飛び出した。そのまま外へと飛び出すと、蒼空には青が広がっていた。憎たらしいまでの青が。
 
 
「あーあ、大人気ないかも…」
 
 
ここまで来てやってくるのは後悔で、いつもこんな事になった後には関係が拗れたりする事が多かった。俺は疑いの視線を向けられるのが苦手だ…。逃げ出した俺を嫌悪しなかったのがリカルドだけだった。いつだって大人の対応なのか、次に会えば何事もなかったかのような顔をしている。
 
 
「いつもと同じ…か」
 
 蒼空。いつだか、彼女が言っていた。いつかこの蒼空は全てに還るのだと。そして、再生する。生まれ、死に、再び形を変えて生まれる。それが世界だと…。だとしたら、俺たちは何のために生きているんだろうか…。何度か考えたことがある。全ては朽ち、そして生まれ変わる。なら、生とは一体何故存在するのか…。
………途方も無い話だ。俺たちは今を生きている。来世がどうなっているかなんて分かりっこない。例え世界一の脳を持っていたとしても、この仕組みを理解する事なんて出来ないだろうな…。
下らない事ばかりが頭の中を駆け巡っていく。俺はきっと忘れたいんだ。彼女が言っていた、イナンナの裏切り、創世力の発動、天上の崩壊…。忘れてしまいたいんだ。このままみんなと一緒にいたいがために。
 
 
「馬鹿だなぁ…」
 
 
どうしようも無い事を考えていた俺は頭を掻きながら彷徨っていた。するといきなり背筋が粟立った。ぞくりと体が震え、殺気が飛んできた方へ急いで視線を向ける。そこには人の気配が感じられなかった。しかしまだ俺に殺気を向けた奴はいなくなっていない。まだ感じる。あの刺すような殺気を…。
 
 
 
「…っ」
 
 
ごくりと息を呑む。この俺が気配に気がつかなかった。相手はもしかしたら俺よりも強いのかもしれない。そう思って警戒を怠る事無く周りを見回す。
 
 
「ラスティ!」
 
 
遠くの方で見知った気配と声が聞こえてきた。スパーダだ。それと同時に強力な天術の集まりが肌を刺す。一体どこから?それを誰に向ける気だ?嫌な予感が思考を埋め尽くす。
 
 
「スパイラルフレア」
 
 
巨大な火炎の塊が物陰から飛び出してきた。その火炎の行く先は…。
考えるより先に体が動いていた。あの術はスパーダに向けられていた。俺は力強く地面を蹴り飛ばし、スパーダの元へと走り出す。
 
 
「セイントバブル!!」
 
 
詠唱破棄で天術を火炎に向けて放つ。これは体力をかなり消費してしまうが、今はそんな事を気にしている余裕は無い。
 
 
「伏せろ!」
 
 
スパーダの所へ飛び込み、その体を抱きすくめ頭を守るように手を添えて地面へと伏せる。その瞬間に火炎と水はぶつかり合い、水蒸気となって俺たちを包み込んだ。俺はスパーダの無事を確認してから立ち上がると、先程火炎が出てきた方向を見る。そこにはもう気配も殺気もなかった。天術のせいで人の匂いも分からない。
 
 
「クソが!!」
 
 
明らかにあいつは俺の事を狙っていた。それなのに関係ないスパーダを巻き込むなんて…!抑えきれない怒りをぶつけたくて、俺は近くの壁を殴りつけた。
 
 
「ラスティ!止めろ!」
 
 
スパーダが壁を殴りつけていた手を掴んで止めさせる。その手は殴った時に切れたのか血が流れていた。今の俺には痛みなんて分からなかった。ただ怒りだけが全てを支配しているようだった。関係ないスパーダを巻き込むあいつに対しての怒りが…。
 
 
「ラスティ!」
 
 
パンッと小気味良い音が聞こえてきて、俺はハッとした。それはスパーダが俺の頬を叩いた音だった。俺は呆然としたままスパーダを見ることしか出来なかった。何が起こったのか、良く分からなかった。
 
 
「お前、アシハラ以来変だ!何か、隠してんだろっ!俺たちに、俺に言えないことなのかよっ!」
 
 
鈍器で殴られたような痛みを感じた。胸が苦しくて、痛くて…。
『疑心暗鬼…。人を一番疑うからこそ、疑われるのを一番嫌う。あなたはそう。信頼してないからこそ、切れない信頼を欲しがるの…』
リリーが、そう言っていた。確かにそうだ。俺は信頼して欲しいけれど、信頼したくない。卑怯で醜い男。それが俺、ラスティだ…。
 
 
――逃げないで、自分から。向き合えば良い。彼らにあなたの苦しみを知ってもらえば、きっと…――
 
 
リリーの声が脳内に響く。きっとの先の言葉なんて分かってる。信頼を手に入れられる。そう言いたいんだろ?生憎だったな…。俺は、そんなものを望んじゃいない。信頼するから裏切られるんだ。初めから信頼しなければ、裏切られる事なんて無いんだ…。そう、裏切られるなんて…。
 
 
「人なんて、嘘吐きだよ…」
 
 
スパーダの頬を流れるそれを無視して、俺は背中を向けて去っていく。見たくない。その涙さえ、嘘に見えてしまうから。
 
 
――来世だけは…幸せになって欲しいの…。お願い、ラスティ…――
 
 
分からないのか…?人を信頼して何になる?人は所詮嘘吐きで狡賢い生き物なんだ。俺はそれを知っている。だから俺は人を信頼しない。騙される奴はそいつの本性を知る事が出来ない奴なんだよ。だから俺は信頼しない。人に騙されないように。
 
 
――それであなたは何を手に入れるつもり…?結局それは殻に閉じ篭っているだけじゃない…――
 
 
リリーの言葉に、足元が崩れたような気がした。
 
 
 
 
 



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