少女の声と秘密


 
 
 
 
 
油断していたんだと思う。もう動けないからと思って高を括っていたから…。だから、ルカが刺されたんだ。俺が、俺が止めを刺さなかったから…。
 
 
「兄ちゃんっ!」
 
 
エルの悲鳴が聞こえる。急いでその視線の先を辿ると、ルカと一緒にハスタの傍にしゃがんでいたラスティがハスタの方へと倒れようとしていた。そしてその先には不気味な光を放つ槍の先端が…。ここからじゃ絶対に間に合わない。愕然とするしかなかった。
 
 
「ラスティ君!」
 
 
「ラスティ」
 
 
あの状態で倒れたら…。確実に心臓に突き刺さる…。その先に待っているのは…死、だ…。
 
 
「ラスティ!!!!」
 
 
どうしてもあいつに死んでもらいたくない俺の空しい叫びが響き渡る。その瞬間、脳内に金属同士がぶつかったような金属音が一瞬聞えた。
 
 
――死なせない――
 
 
金属音が聞えた後にすぐに聞こえてきた幼い少女の声。この声は一体誰なんだ…?
 
 
「死なせない…」
 
 
ぼそりと、おそらくその声は俺だけに聞えたんだと思う。ラスティが言った。
その瞬間、あいつはその状態からはとても考え付かないような動きで槍の先端を包み込むように掴んだ。少し手のひらが裂けて血が流れたが、そこまで酷いようには見えなかった。
 
 
「貴様…なぞに…死なせは、しない…」
 
 
その声は確かにラスティの声であったが、どこかあいつじゃない気配を感じた。
ラスティは掴んでいた槍を横に払うと、素早く手を打ち鳴らした。その瞬間、背筋にぞくりと冷たいものが走ったような感覚がして、自然と目が開かれる。周りが神聖な空気に包まれたような気がした。
 
 
「せめて安らかに眠れ。万物を統べし力よ、言の葉を邪悪なる者に届けたまえ!」
 
 
打ち鳴らされた手が開かれると、そこには手のひらサイズの光球があった。
 
 
「打ち砕け、ディメンスター!」
 
 
その光球からずるりと槍のような尖ったものが現れ、それは勢い良くハスタの肩を貫いた。ハスタはその瞬間驚いた顔をしながら端の方まで吹っ飛ばされていた。落ちてはいないが、あと少し飛んでいたら危なかったというところだ。
 
 
「チッ…」
 
 
ハスタは微かに舌打ちすると、そのまま自ら下の方へと飛んでいった。ラスティはそれを見届けると、ぐらりと体が傾いた。俺は停止しかけていた思考を必死に働かせてラスティのところに駆け寄った。
 
 
「ラスティ!?」
 
 
傾いた体に急いで駆け寄ってその体を支えてやると、今まで見えなかった表情を見ることが出来た。
紅い瞳。
血に良く似た紅い目をしていた。あの時と同じ…。王都の時と…。ラスティは俺の表情を見て微かに口元を緩めた。
 
 
「…後は…頼むよ…?彼を、死なせるワケには…いかないから…」
 
 
少しばかり掠れた声でそう言った後、がくりと一気に体の力が抜けたラスティ。どうやら気を失ったらしい。しっかりと呼吸をしていたし、怪我は手のひら以外見当たらない。ふとルカの方を見るとアンジュをイリアが治癒術をかけていた。
 
 
「ベルフォルマ!ラスティの容態は!」
 
 
「手以外怪我は無い!」
 
 
「よし、なら手伝え。担架を組む。ラスティは俺が背負う」
 
 
ぐったりとしたラスティの体を楽に背負ったリカルド。俺はそんな様子を見ながら担架を作るために木を探すために走り出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ルカを医者に見せている間、ラスティはもう一室別に取ってある部屋へと寝かせた。リカルドとアンジュがルカに付き添い、イリアやエルは気晴らしにガラムを歩いている。俺はというと、未だに眠っているラスティのの様子を見ていた。
気になる事がある。ハスタに刺されそうになったあの時に聞こえてきたあの声。確かに幼い少女のような声だった。他にも、ラスティの声でありながら、雰囲気が全く違っていたあの時。確かにあいつは「死なせない」と言った。確実に、ラスティが言う言葉ではなかった。
彼を死なせるワケにはいかない。
確かにそう言っていた。俺はすぐに彼がラスティを指している事に気付いた。なら、あの紅い目をした人物は誰だというんだ?ラスティを助け、ハスタを退けた人物…。あの声は、確かに少女だった…。
 
 
「う…」
 
 
微かな呻き声が聞えてきた。その顔はどこか苦しそうで、眉間に深いしわを刻んでいた。俺はそんなラスティの肩を揺すって声をかけた。
 
 
「ラスティ!ラスティ!」
 
 
少し強めに肩を揺すると、閉じていた瞳がゆっくりと開かれて、藍色の目が現れた。まだ少し虚ろを残していたけれど、しっかりと俺の姿を捉えていた。
 
 
「スパーダ…?ここは…?」
 
 
「ここはガラムの宿だ。お前も倒れたんだよ」
 
 
ラスティは何回か瞬きを繰り返した後に、ゆっくりと上半身を起こして辺りを見回した。
 
 
「ルカは?」
 
 
「今医者に見せてる。お前は絶対安静だからな」
 
 
いくら怪我が手だけと言えど、鳩尾にきつい攻撃を喰らったらしいから、安静にしている方がいいと言われた。実際俺がここにいるのはラスティが心配なの半分と、こいつが勝手に起き上がらないように監視するためでもあった。
起き上がろうとしていたラスティを再びベッドに戻すと、布団を被せた。するとラスティは眉間にしわを寄せた。
 
 
「暑苦しい…」
 
 
「文句言うんじゃねぇーよ。一応怪我は手だけだが、疲労のせいもあるらしいからな」
 
 
少し睨みを聞かせてそう言うと、こいつは何か思うところがあるのか、自分から深く布団を被った。
 
 
「悪かったな…油断してた…」
 
 
布団から聞えるくぐもった声に、一瞬だけ呆気に取られたが、すぐに口元を緩めた。
 
 
「別に構わねーよ」
 
 
そう言うと、深く被っていた布団を一気に蹴り飛ばす感じに跳ね除けたラスティは、俺の顔を見てにやりと笑った。あまりにも意味の分からない表情と行動に顔をしかめていると、ラスティは何とも締りの無いニヤニヤした顔で俺の事を見てきた。
 
 
「心配してくれたんだろ?」
 
 
ラスティのその言葉に、眉間のしわが多くなるのと同時に顔に熱が集まってくるのを感じた。たぶん、頬は赤くなっているに違いない。ムカつく顔を見たくなくて顔を逸らしたらクスクスと笑われた。可愛い可愛いと連呼してくるラスティに苛立ったが、ここで振り返ったらこいつの思う壺だと思ったので、振り返らずに黙っている事にした。
少しするとクスクスという笑い声が聞えなくなってきて、俺は何か合ったのかと目線だけラスティの方に向ける。
 
 
「スパーダ」
 
 
グイッと肩を掴まれ、ラスティが上体を起こしている事に気付いた俺はまた寝かせようと振り返った。
 
 
「お前起きるな…」
 
 
よ、とその先を言うはずだった言葉は呑み込まれてしまった。ラスティの口に。俺の唇とこいつの唇が重なっていたと理解する前に、前と違う吸い付くようなキスをされた。状況についていけず困惑したままキスを続けていると、やがてゆっくりと離れていった。
 
 
「はぁ…」
 
 
頭が回らない中で、ただキスされた事だけは認識していた。そして少しずつ頭が働いてくると、一気に顔に熱が集まってきて、何とも言えない感情が湧き上がってきた。
 
 
「お前…!」
 
 
「スパーダ顔が真っ赤だぜ?」
 
 
飄々とした態度で俺の事を笑うラスティに苛立ちを感じずにはいられなかった。だってこいつは…理解するまで待っていろと俺に言ったくせに…。
 
 
「どうしたんだよ…いきなり…」
 
 
小さい声でそう尋ねてみる。声が小さいのは不意打ちだったのと恥ずかしいからの両方である。
 
 
「さぁて、どうしてだろうね」
 
 
目を細め、先程とは違ううっそりとした笑みを浮かべたラスティ。その表情は自分を悟らせないようにする壁のようなものが見えた気がする。
 
 
「なんか隠し事でもあんのか…?」
 
 
眉間にしわを寄せながら尋ねるが、ラスティはただ誤魔化すだけだった。いつもいつもそうやって笑って誤魔化すんだ、こいつは。俺はそんなこいつの嘘くさい笑顔が大嫌いで、苛立った。もっと頼って欲しい。同等に扱ってもらえるほどの力が欲しい。こいつのために、何か出来る事をしてやりたい。けれど、こいつはそんな俺の気を知っているのか知らないのか、全く頼ってくれない。その悲しい事実が俺の胸を痛めていた。
 
 
「そう言えば、紙布あるか?」


「紙布?何でだ?」
 
 
話を逸らすためか何なのか、ラスティはいきなりそう持ち出してきた。俺ももうこの話題に触れたくなかったので、素直に自分の道具を漁って紙布を探す。するとギシリとスプリングの軋む音が聞こえた。
 
 
「リリーをたまには研いでやんないと」
 
 
道具の一番底の埋まっていた紙布を引っ張り出して渡してやると、ラスティは喜んでそれを受け取った。そして脇に置いてあったリリーを掴むと刀身を研ぎ始めた。
 
 
「お前がリリーの手入れをしてるとこなんて見たことねーな」
 
 
丁寧に研いでいるラスティを見ながらそう言うと、一瞬だけ俺を見た後にすぐに視線をリリーへと戻した。
 
 
「リリーは元々最高の刀だからな。錆なんてつかないし、そう簡単に痛まない」
 
 
「じゃあなんでしてんだよ?」
 
 
普通に好奇心で聞いた事を後悔した。ピタリと動きを止めたラスティは、にこりと効果音が鳴りそうな笑みを浮かべて俺を見た。その後ろにはアンジュが起こった時に見られる黒いオーラがかかっていた。
 
 
「奴を今度こそしとめるためだよ、兄弟よ」
 
 
俺はその言葉を聞いて何となく俺までとばっちりを喰らいそうな予感がしたから、すぐさまその部屋から逃げ出した。もしも巻き込まれたりしたらまずい事になりそうだからだ。
だがそのせいで俺はラスティの言葉を聞く事が出来なかった。
 
 
「悪いな。リリーの秘密がバレるわけにはいかねーんだ…」
 
 
 
 
 


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