忌まわしい呪い


 
 
 
 
 
『あなたが見た通り、私は幼い頃を地上で暮らしていた。元々私は地上で生まれた者だった。父と母。とても楽しく暮らしていた。けれど、ラティオによってそれは閉ざされてしまった』
 
 
あれは…あの時俺が見た夢は本当にあったアレスの出来事だったのか…。一瞬にして周りは燃え上がり、抵抗も出来ない少女を連れ去るラティオ…。
 
 
『私は天上へと連れてこられた。私の母はその昔、ラティオで名を馳せた戦士だったと聞かされた。そして娘である私もその血を引いているから、と…。それからラティオは私の記憶を封印した。私にいらない考えを持たせないための策だった。それから厳しい訓練を受けた。戦争で戦えるように…』
 
 
アレスの瞳がゆっくりと細められていく。その表情は遠くを見つめていて、心ここにあらずという感じだった。
 
 
『それから四年。私はチャンスを迎えた』
 
 
――チャンス…?――
 
 
『その当時、センサスはアスラが統べていた。その頃に幽閉されていた私はヒンメルの教育係であったオリフィエルによって幽閉から逃れた。私は…走ったわ。どんなに足が痛もうとも、無我夢中で。将軍アスラの下に。私と同じように幽閉されてしまったヒンメルを助けるために…』
 
 
そこまで一気に話すと、アレスは悲しそうにその瞳を閉じた。表情からは苦いものが感じられた。
 
 
――ヒンメルは…ラティオによって殺された…――
 
 
『…ヒンメルは、私の理解者であった…。ヒンメルはアスラの考えに賛同し、天地を統合する事を望んでいた。私は悲しみを抱えながらも天地統合のために働いた。その頃だった。ラティオが私にかけていた封印が解けたの。記憶の封印が。私は思い出した。父と母の、大切な思い出を…』
 
 
アレスはゆっくりと両手を上げ、俺の方へと手を伸ばす。俺はその手をどうすれば良いか分からず困惑したままそれを見ていた。アレスは俺を見るとその手をゆっくりと下ろして再び話を始めた。
 
 
『やがて創世力を使う時が訪れた。その日、創世力を発動した時、私は力の揺れを感じて、急いで城の奥へと走った。アスラとイナンナが奥で創世力を発動しているはずだったから…。けれど、辿り着いた先で見たものは、想像を絶するものだったの。イナンナはアスラを裏切ったの。イナンナを愛していたアスラを、殺そうとしていた。でも、アスラもイナンナを殺した。裏切られた恨みか悲しみか…。そしてその瞬間創世力が発動した。二人は条件を、満たしてしまったの…』
 
 
――……創世力の発動…。それにより天上は滅んだ…――
 
 
『…そう、天上は崩れて、地に流れていった。私は急いでヴリトラの元へと走った。彼女の強靭な肉体は、天上崩壊に耐えていた。……その先は、あなたの知っている通り…』
 
 
――アレスは死に、リリーは地に落ちていった…――
 
 
『そう、私は死んだの。死んだはず…だったの…』
 
 
――はず…?――
 
 
眉間にしわを寄せてそう言うと、アレスはまた俺の方に手を伸ばした。俺は何がしたいか分からなかったが、しゃがまなければいけないと分かったゆっくりと膝を折った。アレスはそれを確認すると首筋をするりと撫でた。その深紅の瞳は苦々しく歪められていた。
 
 
『私の肉体は確かに朽ちた。けれど、それでも消えないものがあった。私がラティオにいた時に受けた呪い…。それは現世のあなたにも受け継がれてしまっている…。忌々しい呪い…』
 
 
アレスが撫でていた首筋辺りには何かの文様があった。それが呪いとかは知らなかったが、隠さなければならないと思っていた。だから俺はこの文様を隠すために首まである服を着ていた。まるで目の前の少女の瞳のように紅色の文様…。
 
 
『これは私を留めるための呪い…。聞いたでしょう?天上の魂は循環する。この呪いはその循環を無理矢理歪めるもの…。循環しても再び私が現れるようにした…。この呪いは…もう解く事は出来ない…』
 
 
――何故?――
 
 
『…この呪いをかけた死神は…いなくなった。おそらく天上崩壊で死んだと思う』
 
 
――そうか…――
 
 
『……あなたは後悔しない道を選んで。私のように…』
 
 
アレスが悲しそうにそう言った瞬間、俺の視界を白い光が包み込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ゲイボルグ…」
 
 
光が収まって一番最初に聞いたのはスパーダの思い出したような声だった。その言葉に先にいたハスタがにやりと笑みを深くする。
 
 
「えーっと、どなた様?あ、ひょっとしてデュランダ…何とかさん?君もバルカンの地に惹かれて来たんだろう、ん〜?さすがご同輩、同族、同根だなぁ」


「黙れっ!耳が腐るぜ!俺を同族なんて呼ぶなっ」
 
 
ハスタの言葉を聞くと、スパーダは顔を歪め、心底嫌そうに叫ぶ。反対にハスタはニヤニヤとしていた顔は止めたが、相変わらず楽しそうな顔をしていた。周りにいる全員がそれに対して不快感を示す。
 
 
「再会を喜ぶ俺。でもすぐに悲しみがやって来るのでした。何故なら前世で敵同士殺し合う宿命なのです」


「宿命…。そうだな、バルカンの後始末は息子の俺の宿命ってヤツだ」


「そういや、なんだっけ?今のお前の名前。えっと、「できそこない」?武器のくせに命のやりとりを楽しめない…って言うのは立派な病気だな」
 
 
前世の頃からどこかおかしかったこいつは、転生しても全く変わらない人格になっているみたいだな…。ゲイボルグが血を求めて戦ったように、ハスタも血を求め、人を殺す事に快感を見出した。
 
 
「こいつも転生者だったなんて…」


「リカルド氏のお陰様で、俺は本当の自分に気が付いたんだよ。渋皮がペロリとめくれて大人になったってところさ。やっぱ俺が血を欲するには理由があったってワケだ。その後もお陰様で、ブタバルド氏にスカウトされ、毎日流血三昧でさ」
 
 
ブタバルド…。おそらくオズバルドの事だろうな…。二度と聞きたくないと思っていた名前だ…。随分と懐かしい名前を口にしてくれる…。
 
 
「そんな事はどうでもいいや。とーにかくた。ほら、大地の声に耳を済ませてみると、聞こえてこないかい?「オマエラ ヲ コロセ」ってな!」
 
 
「…もう貴様の話は聞き飽きた」
 
 
リカルドはもうハスタの話を聞く気が無いみたいで、さっさと銃を構えて標準を合わせた。このままハスタの話を聞いているとこっちがおかしくなりそうだからな。
 
 
「スパーダ。…さあ、やろう」
 
 
ルカがゆっくりと背負っていた大剣を引き抜き、構えると、スパーダも頷いてその双剣を引き抜いた。その口元は微かに笑っていた。
 
 
「さあ、来いよ!殺人鬼!俺たちを生み出したバルカンに、この戦いを捧げようぜ」


「お前の死に様をな。行くんだぷー」
 
 
スパーダがハスタに駆けていくのと同時に、ハスタもその槍を構えながら突進してきた。
戦闘の…始まりだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「業火よ、焔の檻にて焼き尽くせ!イグニートプリズン!」
 
 
槍を振り回すハスタと戦っていた俺たち。そして最後に放たれた天術は見事ハスタに命中し、奴を吹き飛ばした。その攻撃をモロに喰らったハスタは地面に手をついて体を起こし、俺たちの事を見ていた。その体はもうボロボロで、おそらく立ち上がれないだろう。
 
 
「さあ、これでコイツとの縁もお仕舞だ。リカルド、とどめを頼む」


「仰せつかった。では、動くなよ?」
 
 
スパーダがリカルドに視線を向け、銃で撃つように頼むと、リカルドは肩に担いでいた銃をハスタへと向けた。これで、ハスタはもう誰も殺せなくなる。
 
 
「よし、聞くんだ、良い子たち。こういうのはどうだろう?俺の命を助けて、仲間に加える、という案は?今時感タップリな展開じゃないか」
 
 
まるで命乞いのような言葉を言ってくるハスタに、何か違和感を覚える。こいつが命乞いをするなんて想像できなかったせいもあるかも知れないが、それだけじゃない気が…。
 
 
「あーあーあーあー。聞こえないきーこーえーなーい!ほら、さっさとやっちゃえ」
 
 
イリアが両手で耳を塞いで、わざとらしく大きな声でそう叫ぶ。イリアは前々からハスタの事を生理的に受け付けていなかったから、こいつを仲間に入れるなんてしたくないんだろう。まあ俺も同じだけど。
 
 
「君の案、女性陣は否決しているよ?きっと却下されるね」


「おいおい、俺の脳内会議では過半数で可決なんだぜ?矛盾矛盾!大いなる矛盾だ!俺を許すとアレよー?甘い汁吸い放題ダヨー、シャチョーさん?」
 
 
甘い汁って言った瞬間こちらを向いたリカルド。俺はリカルドと目線が合った瞬間に少しばかり苛立ちを覚えた。他の奴らは知らないが、俺はかなりの甘党だ。そりゃあもうケーキとか愛してるくらい好きだ。まあつまりリカルドのお義父さんは俺がハスタの甘いという言葉に食いついてないか振り返ったわけだ。…後で覚悟しやがれ…。
 
 
「もう、待てない!引き金ならあたしが引くっ!」
 
 
ハスタの言葉に色々苛々していたイリアが腰にあるホルダーから銃を抜いて構える。スパーダも特に止める事はせずやけに冷めた声で返事をしていた。それだけみんなハスタが嫌だてことだな。
 
 
「よし、案その3だ。…その2はどうしたっけ?いや、そんなのどうでもいい。この情報を聞けば、考えはコロリと変わる。山の天気のようにっ!」


「イリア、リカルド。弾丸は入ってるか?」
 
 
スパーダがハスタの言葉を全部無視して銃を持っている二人へと視線を向ける。二人はカチリを鳴らして弾をしっかり装填した。その三人の表情は本当に冷めていた。ある意味怖いくらいだ…。
 
 
「待った待った!!言うから、言うからさぁ!!えーっと、坊やとラスティ?ちょっくら耳貸して。返すから」
 
 
……あいつ、俺の名前知ってたんだな…。普段から人の事を正しく呼ばない奴だから名前を覚えないもんだと思ってたぜ…。
…本当ならば近づきたくないが、今のあいつには何も出来ないだろう。それにルカも大した警戒心を持たずにハスタに近づいている。
その油断が、いけなかったとは…。
ルカと一緒にハスタの近くにしゃがむと、ハスタがにやりと笑った。それと同時に金属が摩れるような音が聞こえた。
 
 
「ほら、聞いてくれ。肉に刃が食い込む音を」
 
 
背筋が一気に粟立つような感覚が広がり、俺は目を見開いた。気がつけば帳にいたはずのルカの姿が一瞬にして掻き消え、その場には血が散らばっていた。急いで立ち上がって状況を確かめようとした瞬間、ハスタの槍の柄が鳩尾に入っていた。
 
 
「ぐっ!?」
 
 
息が詰まるような感覚と痛みが同時に襲ってきた。あまりにも綺麗に入った攻撃は、一瞬にして俺の意識を奪おうとする。体勢を保つ事が出来なくてふらりと体が傾く。体が倒れる先には、きらりと光る槍の先端があった。
悪趣味な、殺人鬼め…!
 
 
「お前には、紅が似合うぜ?」
 
 
にやりと笑った汚いハスタの顔と笑いが見えた。
その時、脳裏に一人の少女が見えた。深紅の髪の…。
 
 
――ダメ…駄目…だめぇええぇえぇ!!――
 
 
沈み行く意識の中でリリーの悲鳴を聞いた。そしてその瞬間、酷く強い熱を感じた…。
 
 
 
 
 



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