地上から来た神


 
 
 
 
 
火山の入り口で見張りをしていたおっさんは、リカルドを前に出す事によって避ける事が出来た。まあ、俺たちみたいガキよりも大人の方が信憑性が高いからな…。しかし、それでも俺は気に食わないことがある。俺たちの事を弱いみたいに言われたのは、カチンとくるよな…。よく耐えたと思ったよ、俺。
さて、現在ケルム火山の中を進んでいるわけなのですけれど、もちろん火山ですので、物凄く暑いわけであります。そうなるとどうなるか…。実は言い忘れていた事があるのだが、俺は暑さにめっぽう弱い。そりゃあ意識がぶっ飛んでキャラが崩壊するくらい苦手だ。おそらく本来の力の半分すら出せなくなるだろう…。
 
 
「う〜〜〜〜〜〜〜〜ん………。えふっ、ごほごほっ…。うわっはぁ!硫黄臭っ!」
 
 
元気に深呼吸しているイリア。そのまま火山に落下すれば…おっと、暑さのせいでうっかり言っちゃいけない事が口から…。
つまりこういう事になる。キャラ崩壊というか、機嫌が悪くなるしやる気がなくなるし、ウザくなる。自覚はしているのだが、直す事は出来ない。
しかし…みんなはそれなりに平気そうな顔をしている。誰か一人でも具合悪くならないかなぁ…。
 
 
「ラスティ……大丈夫……?」
 
 
ルカがどこか怯えながらこちらを見上げている。その瞳には若干涙が浮かんでいる。もしや、俺の言葉は漏れているのだろうか…?暑いと頭が正常に働かなくて困る…。
 
 
「…大丈夫では、無い…。大丈夫なように見えるか?」
 
 
たぶんかなり機嫌が下がっているのだろう俺はそのままルカに問いかける。するとルカは俺の表情を見た瞬間にビクリと肩を震わせて泣きそうな顔をした。やはり火山にいる状態での会話は非常にまずいかも知れない。キャラが極悪みたいになっているじゃないか…。
 
 
「ミルダ、今のこいつを相手にするな。とんでもなく機嫌が悪い。特に顔が極悪人のようになっているからな」
 
 
「極悪人って…」
 
 
ルカが少しばかり苦笑のような笑いを漏らしたので、そちらを軽く一瞥するとビビられた。やはり顔の表情が怖いらしい…。こればかりは俺にはどうにも…出来ん。頭が正常に働かない以上、無理だろうな…。どこか涼しい所に行きたい…。行きたい行きたい行きたい…。 
 
「とにかく先に進もう」
 
 
リカルドは現実逃避し始めている俺の首根っこを掴むとそのまま引き摺る様にして引っ張って行った。俺はまるで無抵抗。というより抵抗する気力がなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
火山の中腹に来たくらいの時、俺たちは少しばかり休憩を取る事にした。みんな暑さと戦闘で疲れているようだし、アンジュもキャラが崩壊し始めていたからだ。ちなみに俺は戦闘中に何回も術を連発しすぎて怒られた。分かっているけれど暑くならないためには動かない事が一番なんだよ…。
 
 
「あっつー、ダルダルやわ」


「エル、ほら、頑張ろう!」


「なーに言うてんのん。ルカ兄ちゃんの方がフラフラやん」


「エルよりマシだと思うけど?」


「あ〜言いよったなぁ?ほな先に根をあげた方が負けやで?」
 
 
仲睦まじく会話を続けているルカとエル。その元気が非常に羨ましい…。暑さが辛かろうが通常運転が出来てるんだもんな。俺には到底出来ない事だ。この暑さで今にも死にそうだというのに…。
 
 
「ふぅ…ふぅ…。暑い熱いアツイあつい篤い厚いぃ〜」
 
 
視界の端でアンジュが真っ赤な顔をしてスカートをパタパタとはためかせていた。熱気を出そうと躍起になっているらしいが、全くもって意味が無い。この熱気に満ちた場所で涼しい空気なんて求められないだろう…。そんな事を少しの間し続けていたアンジュは、隣で涼しそうな表情で立っているリカルドをキッと睨み付けた。
 
 
「リカルドさん!ちゃんと熱から守って下さい!私は依頼人なんですよぅ」
 
 
アンジュの一見理不尽に見える要求。しかし俺ですらアンジュのようにこの暑さから守ってもらいたいと願っている。それぐらいここは暑いんだよ…。
 
 
「ボディーガードとしてちゃんと依頼者を守りたい、…そう思っていて努力は常々しているつもりだった。だかな、俺の力が及ばん事もある。それに体感温度の調整までは雇用要項に入っていなかった」
 
 
こんな時でもクソ真面目なお義父さん。ムカつくのでその背中に思いっきりへばりついておいた。キャラ?何それ?
 
 
「俺も、守れお義父さん…」
 
 
「ラスティが幼くなってるような…」
 
 
「気にするな。熱さに当てられているだけだ。外に出たら元に戻る」
 
 
じわじわと下から這い上がってくるような暑さに段々苛立ちが増してくる。何でこんなに暑いんだよ…。不快だ。物凄く不快だ…!
 
 
「何でこんな所に来なきゃいけなかったんだよ!!」
 
 
暑さが頂点に達してそう叫ぶと、リカルドの背中から剥がされた。それから思いっきり溜息を吐かれた。それでも俺の苛立ちは収まらない。するとリカルドは俺からいったん視線を外してイリアを見た。
 
 
「アニーミ、アイシクルをこいつに当ててやれ。軽めに、な」
 
 
「了解!」
 
 
イリアが楽しそうに術を発動させる。それと同時にふわりと涼しい空気が流れてきて、体の動きをピタリと止める。この術の感じ…もしかして…。
 
 
「アイシクル!」
 
 
鋭い声と主に地面から術によって生み出された氷が現れる。それは俺が待ち望んでいた氷で…。それからの行動はある意味本能とも言えるだろう。リカルドが俺の事を離した瞬間に俺は背負っていたリリーに手を伸ばして軽く触れるだけで天術を発動させた。
 
 
「タービュランス!」
 
 
触れるだけの高速詠唱。風の刃が氷を切り裂き、それを空気中に散布させる。それは周りの空気を下げ、とても心地よい温度にしてくれた。これのおかげで先程までおかしくなっていた頭がすっきりしてきて、正常な思考に戻ってくる事が出来た。冷静な視線で辺りを見回していると、リカルドと目が合った。
 
 
「元に戻ったか?」
 
 
「おう、すっかりな。暑い所は苦手だ。どうしてもな…」
 
 
どうしてか、分からないが俺は暑い所がとても苦手だ。体質など無いはずなのに、どうしても体が暑い所を拒否している。全くもって理解出来ない。
しかし今はそんな事を考えている場合じゃないな。
 
 
「じゃ、行きますか」
 
 
少しばかりズレてしまったリリーを整えてから頂上に向けて歩き始める。もう少しで頂上に着く。まだ空気はそこまで暑くない。このままの温度なら乗り切ることが出来る。このま温度が変わる事無く保たれているのなら…。
歩いているとやがて頂上が見えてきた。そこには人の気配がした。それは、殺気のような刺す様な気配だった。案の定、頂上にはあいつがいた。ハスタ・エクステルミ。短いピンクの髪に、派手な赤い服。目を刺激するような似合わないようで似合うフリルの数々…。
 
 
「コ ン ニ チ ハ。
ココ ハ ケルム火山 デス」
 
 
背筋が粟立つくらい気持ち悪い声に、思わず顔を引きつらせる。ねっとりとした声は聞くもの全てを嫌がらせる能力を持っている、ある意味最強の声だ。
 
 
「貴様、何の冗談だ。死に損なって、おかしくなかったか?」


「やあやあ、幸いこの通り全力で普通ですとも。さてさて、後ろの方々はご家族?確かに目元がソックリですピョロよ?」
 
 
…こいつの一番分からない所はまず会話が成立しないところだ。第二に語尾だ。統一性がなく、なおかつ物凄く苛立たしい。後妙に暢気なところだ。戦場であろうともその変な会話を続けるし、語尾も面白いのか色々変えている。
 
 
「あんたねえ!一回会ってんじゃん!ホラ、西の戦場でっ!」


「西なっ!太陽が昇る方じゃろ?とまあ、小粋なジョークタイムはここまでにしてだァ…。おまえらの鼻の上に浮いた油を見てると、一時欲求を満たしたくなったポン。さあ、楽しもうぜ?エンジョイ!」
 
 
イリアが大きな声で怒鳴るように言うけれど、こいつにとって会話なんて大した意味を持たないんじゃないかと思う。こいつ的には殺しが出来れば十分なんだ。なんて言ったって殺人鬼だからな。こいつに果たして子供時代なるものものが存在していたのだろうか?
そしてそんなハスタの言葉を聞いたアンジュが汚いものを見るような目を向けながら顔を歪める。するとハスタはさらにニヤニヤする。
 
 
「そこの娘さん、想像力が足りんなぁ。そして「一時欲求って何ですの?」って聞いてくれないと話が進まんぜ?正解は食欲と海水浴と殺人欲。そういうワケで、全部満たしていいデスか?イイデスね?」
 
 
気持ち悪い笑みを浮かべながらこちらを舐めるように見つめるハスタの視線は、もう俺たちの事を獲物として捉えていた。俺はそんな奴の様子を見ながら密かにリリーへと手を伸ばす。
 
 
「俺とした事が…。以前、こいつの脳天に弾丸をブチ込むのを忘れてしまっていた」
 
 
リカルドが深く後悔したようなセリフを吐くと、周りの全員がとても残念そうな顔をしていた。確かにこいつがこんな所で暴走するのを知っていたら、誰もが止めに行っただろうな…。
 
 
「今度は手抜かりないようにせんとな。さぁ、そのよく動く口、永久に動かんようにしてくれる」
 
 
リカルドが銃を構えてハスタに照準を合わせると、ハスタはニタリと笑った後に俺たちに視線を向けて奥の方へと歩き出した。その先には、俺たちが求めていた記憶の場が存在していた。まさか…!
 
 
「あ〜、こいつ…、場に入りよったでぇ?」
 
 
エルの声が聞こえてきた後に、ハスタはまるで子供のように姿勢を正すように背筋を伸ばした。その瞬間、記憶の場から光が溢れ出し、俺たちを包み込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『魔槍ゲイボルグ…』
 
 
『ヒャーッヒャッヒャッヒャッ!!お前、強いっ、強いなぁ!その血、俺が吸い取ってやる!』
 
 
深紅の髪に深紅の瞳を持つ少女が、不気味な光を放つ一振りの槍と対峙していた。その光景は傍から見ればありえないだろうが、天上の世界だったらありえる話だ。その槍の名は魔槍ゲイボルグと言うのだろう。リリーを構える少女の表情は厳しいものだった。
 
 
『血を求めた愚かな槍。バルカンの作品の一つ。彼の名を汚す物は排除する』
 
 
その瞳には以前よりもはっきりと感情が浮かんでいた。少女らしさが出ていた。きっとこれが本当の彼女なのだろう。もう少し少女らしさが出れば、彼女は…。
 
 
『お前のことは知ってるぜぇ!その糞ったれな刀を使いこなせる奴だってなぁ!』
 
 
魔槍ゲイボルグの言葉に少女の顔が怒りに歪む。しかし激昂というわけではなく、不快感を表した程度の怒りだった。
 
 
『…そう、あなたはこの刀を笑うのね…。愚かな槍。この刀は何よりも最強で素晴らしい刀だというのに…。それを今、分からせてあげる』
 
 
少女がそう言った瞬間、リリーが煌き始める。少女は目を細めながらそれを見て、ゆっくりと唇を開いた。
 
 
『せめて安らかに…』
 
 
リリーが一層光を放ち、辺りが光に包まれて何も見えなくなった。
やがてその光は段々消えていき、その場に残ったのは闇だけだった。俺はいきなり闇に変わった事に驚き、辺りを見回す。
 
 
『あなたは決めたの…?』
 
 
突然聞えた声の方を向くと、そこには少女が立っていた。深紅の髪に深紅の瞳。あの魔槍と戦っていた時と全く変わらない姿がその場にあった。しかしその表情は暗い。
 
 
――何を…?――
 
 
『全てを受け入れ、進む覚悟を…』
 
 
少女のこの言葉は、俺の胸に強く響いた。しかしそれは動揺したからだ。感動なんかじゃない。どうすればいいのか分からない俺には、それを答える事は出来ない。
 
 
――俺は…、俺にはわからない…――
 
 
『疑心暗鬼を捨てて。あなたは信用すべき。彼らを』
 
 
何故…?何故俺の前世である少女が俺の事を知っているんだ?何故彼女は俺の心を分かっているんだ…?
 
 
『あなたは私、私はあなた。対を成しながらも、同じ者。そして私はあなたの近くにいる…』
 
 
カツカツと闇の中で響く靴音。何故かそれを不思議と感じなかったのは俺が混乱していたからだと思う。そして少女は俺の目の前に立つと、その深紅の瞳に俺の姿を映した。情けない顔をした深紅の髪に、藍色の瞳の男を。
 
 
『あなたは知っているでしょう…?』
 
 
アシハラと同じような展開。けれど目の前に立っている少女はあいつとは違う。敵意も何もかも無い。そこにあるのは何故か悲しそうな目だけだった。もう一つ違うところは、これが現実じゃなくて記憶だって事だ。
 
 
『違う。これは記憶じゃない…。ここはあなたの中。記憶なんかじゃ、無い…。ねえ、ラスティ…。夢を、覚えている…?』
 
 
夢…?一体何の夢だ…?
 
 
『雪が、降っている夢。そしてあの村が燃える夢…。ラティオが、タナトスが迫ってくる夢…』
 
 
――あれは…お前が体験した事…?なら…――
 
 
『分かっているでしょう?記憶の場で見たから…。あなたがあそこで見たものは本物。……そう、私は地上から来た神…』
 
 
やはり、あのアシハラで見た記憶は本当だったのか……。
 
 
 
 
 



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