疑心暗鬼の望む信頼


 
 
 
 
 
アシハラから再び船に乗った俺たちは次の目的地であるガラムに到着していた。船から下りて船着場に降り立つと、ムッとしたような熱気を感じて思わずその発信源へと目線を向けてしまった。ここガラムは巨大な火山が存在する場所で、修行の地として有名でもあった。
そしてそんな火山を見上げたエルが興味津々そうに目を瞬かせていた。
 
 
「あのデッカイ山、なんや?煙噴いとおで?」


「あんた火山も知らないの?」
 
 
基本的に王都から出ないエルはそんな知識を持っていないだろう。しかしイリアは甘かった。俺はその現場を目撃していたのだ。
 
 
「知っとおよ。地下のマグマが噴出して出来た山やろ?」
 
 
そう、エルは火山の実物を見た事がないから分からないだけで知識はあったのだ。そして俺はルカが親切にエルに火山について教えている所を目撃したのだ。イリアはそれを知らなかったため、かなり目を見開いて驚いていた。エルは少しばかり嬉しかったのかにこりと笑っていた。
 
 
「この近隣の山々は、古の時代から活火山地帯だったと聞いている」
 
 
リカルドがこの地方の事を話していると、近くでそれを聞いていたルカが凄いと感心した声を上げる。しかし俺にとっては何の変哲も無い話だ。だってさ…。
 
 
「お義父さんはここ、ガラムの生まれだから、これくらいは知っておかなきゃ。現に俺もそれを知ってるぜ?」
 
 
リカルドの肩に腕を回してニヤニヤ笑うと、リカルドは眉間のしわを深くしていた。大人の良い所を見せようとしたようだが、俺のせいで失敗に終わったらしいな。よっしゃ、ナイスだぜ俺!
 
 
「ここの山々は優秀な鉱山だ。火山だからな。鉱物が集まれば、鍛冶師もあつまる。昔っからここは職人の町さ。そして優秀な武具が多いから、武芸者を呼ぶ。あそこのケルム火山は修行地として有名なんだよ」
 
 
先程も少しばかり言ったと思うが、ここは修行の地として有名だ。あそこはとても暑い場所だ。自分を鍛えるためにはもってこいなのだろう。俺はあそこにだけは絶対入りたくないと思っているんだけどな…。しかし、今は信仰が盛んであった場所を探している。必ずケルム火山に足を踏み入れなければならないだろうな…。俺の人生もここまでかもしれん…。
 
 
「ここは火山が神格化した鍛冶の神信仰でも盛んな所なの」


「へぇ、そりゃああんまり興味ねーな」
 
 
スパーダが明らかに興味が無いという態度を取ると、アンジュはその態度が不服だったのか、腰に手を当てて眉間にしわをぎゅっと寄せた。
 
 
「スパーダ君、最後まで話を聞きなさい。雄大な自然は神化される事が多いけど、ここも教会様式を独自に変化させ、独特の信仰を発展させたの。火は鍛冶と係わり合いが深いのでしょ?教会様式以前から火の神バルカンの信仰があったのね、きっと」
 
 
「バルカン…、鍛冶の神…」
 
 
アンジュの説明を聞いている時のスパーダはどこか遠くを見ていた。その様子はまるで何かを思い出しているようだった。さっきアンジュはここは鍛冶神バルカンの信仰があったと言っていた。スパーダの前世はデュランダル。奴はバルカンに作られた作品の一つだ。つまりスパーダは今、鍛冶神バルカンとの思い出を思い出しているのかも知れないな…。
 
 
「とにかく、町行こぉやぁ。ここって何が美味しいのん?」
 
 
遠くを見つめているスパーダを視界の端に留めておきながら、みんなの方を向くとエルがいつものように食べ物の話を始めていた。どうして毎回エルは食べ物の話をするんだか…。みんなで記憶を探すために旅をしてるっつうのに…。
 
 
「あー、はいはい。早く町に行こうぜー」
 
 
まだどこか遠くを見ていたスパーダの腕を掴むと、スパーダは意識が戻ってきて、掴まれていた手を振り払った。その様子を見て少しばかり様子がおかしいと首を傾げていると、スパーダが微妙に視線を逸らしたような気がした。
 
 
「ボーっとしてただけだ」
 
 
スパーダはそれだけ言うと俺を置いてみんなの後をついて行ってしまった。残された俺はどうしても先程スパーダに感じた違和感を拭えずにいた。何だかとても心地悪かった。スパーダの態度とか、そういうのじゃなくて…。何か、俺の本能みたいなものが、嫌な予感を感じ取っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
一人で階段を上っていると、上に行くほどざわめいた声が聞こえてきた。何やらケルム火山で何かあったらしい。みんな殺気だった様子でケルム火山の方を見つめていた。そんな中、一つだけ不快な視線を頂いた。俺単体に向けられるとても濃い殺気だ。俺の事を知っていて殺気を当てる奴なんてそんなにいない。昔の俺を知っている奴らぐらいだろう。しかし、俺がガラムに来るなんて情報を手に入れることなんて出来ないだろう…。だとしたらこれは一体誰の殺気なんだ?
とりあえずその視線を無視しながら階段の中腹ぐらいに辿り着くと、ルカたちが輪になって何かを話し合っていた。
 
 
「何してんだ?」
 
 
首を傾げながらその輪に近づいていくと、こちらに気付いたアンジュが何やら困ったように眉を下げて俺を見ていた。その様子にさらに首を傾げると、アンジュは説明してくれた。どうやら火山の中には殺人鬼がいるらしく、中に入れてもらえないらしい。しかもその殺人鬼の名前はハスタ。かなりなの知れた殺人鬼らしい…、って俺は奴の事を知ってるし!一回ガチで戦った事あるような無いような…。でもたぶんあいつとあった事はある。そして扱いづらかった事だけはよく覚えている。
 
 
「ハスタを仕留める約束をすりゃあいいじゃん。んで、仕留めるから中に入れろってさ」
 
 
俺としてはハスタに関わりたくないが、入れてもらうためには嘘を使うしかない。ケタケタ笑いながらアンジュにそう言うと、近くにいたスパーダが恨みがましい声を上げていた。笑うような話ではないけれど、何故か笑ってしまうのは仕方ない。
 
 
「だが、確かにアイツと対等に戦えるのは俺たちしかおるまいよ」
 
 
「望む所だって!腕が鳴るぜ!」
 
 
何故か殺人鬼ハスタを倒す気満々なお二人さん。なぁんでそんなにノリノリなのかなぁ?俺としてはテンションが下がりすぎて死にそうなんだけど?もっとどんよりした空気出していいならやるよ?マジで。
 
 
「まあ、入ってしまえばこっちのものよね。最悪、アイツを放置しても…」
 
 
ニシシ、と笑ったイリアに、エルがえげつないと言うが、その表情は反対している様子ではなかった。俺はもちろんイリアの案に大賛成だ。あんな奴に関わり合いたいと思うのは余程の変人くらいだろう。そこでやる気を出している二人みたいな、ね…。
 
 
「人の期待を裏切る事を前提にしたような行為は慎みなさいね?」
 
 
先程まで唸っていたアンジュが腰に手を当てて俺たちを見る。どうやら俺の表情からイリアの案に敗退していない事が分かったのだろう。イリアはアンジュの雰囲気に圧倒されたのか、必死に謝っていた。まあ、イリアの案は悪くないから謝る必要は無いんだろうけど…。
 
 
「俺はイリアの案は良いと思うけどな。俺たちは別に死にたいわけじゃないし、殺人鬼と戦うという目的で来たわけじゃない。なら、余計なものを放っておくのは悪くないと思うが?」
 
 
俺たちの目的は記憶の場を見つけ、そこで前世の記憶を取り戻していく事。それ以外の事を目的とはしていない。例えば、今目の前に出されているハスタの問題とかはな…。
 
 
「そうね…確かにラスティ君の言う通りだわ」
 
 
アンジュが俺の話に納得したのか、深い息を吐いた。一方それを聞いたスパーダは情けない声を出しながら、でありなのかよっ!と叫んでいる。しかしこの場に俺の意見に反対するものはいないようだ。
 
 
「優先事項を設けるだけよ。もちろん、その殺人鬼捕獲はついで。本命は記憶の場。中に入るのは方便。誰も勝てない相手なんでしょ?私たちが討ちもらしても、誰も責めないと思うし」
 
 
まあ、確かに正論だ。誰もが捕まえられない奴なら、俺たちが逃したって文句は言われないだろう。むしろ戦ってくれてありがとうと賞賛して欲しいくらいだ。しかし…、何となくだが、そんな簡単には行かないような気がする…。
 
 
「さすが俺の雇い主だな。海千山千の教会関係者だけの事はある」
 
 
「ええ、正直なだけでは生きていけませんから。みんなもそれでいい?」
 
 
最終確認を取るように周りを見回したアンジュに、みんなは頷いたが、一人だけ渋っている人物がいた。スパーダだ。何がこいつをここまでしてハスタと戦いたいと駆り立てているかは分からないが、俺たちはある意味チームだ。団体行動をしなければならない。
 
 
「俺は…、ヤツに会いたい。なんだか倒さなきゃならねェってそう思ってるんだ」


「俺にも多少なりとも責任がある。出来れば倒したい。だが、あくまで「ついで」だ」


「ああ、わかってるさ」
 
 
やはりどこか納得出来ていないスパーダは不服そうな声でそう答えた。それを見届けたルカがケルム火山の入り口の方を見た。
 
 
「じゃあ、聖地の入り口の人に交渉してみようよ」
 
 
全員がその言葉に頷いて上っていく中、スパーダだけがその場から動かないで突っ立ったままだった。
 
 
「スパーダ?」
 
 
声をかけてやると、何かを誤魔化すように頭を振っていた。その様子にもしかして何かを思い出したのかと尋ねるが、スパーダは黙ったまま俯いていた。俺はどうすればいいのか分からなくて首を傾げていると、スパーダに腕を掴まれた。
 
 
「スパーダ…?」
 
 
何となく嫌な予感が背筋を走っていった。ここにいていけないと警鐘を鳴らしているようで、俺はすぐさまその場から立ち去りたくなった。俺が焦った気持ちでいると、スパーダがいきなり抱きついてきた。あまりにも唐突でありえない行動に驚いて目を見開く。スパーダはどちらかというと人目を気にする方だと思っていた。あまり人がいないとはいえ、こんな所で抱きついてくるとは思わなかった。
 
 
「ラスティ…」
 
 
どこか弱々しいスパーダの声に、さっき感じた嫌な予感がさらに強く感じた。一体この嫌な感じは何が原因なんだ?何が俺を焦らせている?
 
 
「どうしたんだよ、スパーダ…。らしくないぞ?」
 
 
出来るだけ平静を装って優しく声をかけ、頭を落ち着くようにゆっくりと撫でると、スパーダが俯いていた顔を上げた。その灰色の瞳は悲しそうに歪められていた。
 
 
「本当にどうした?何か嫌な事でも思い出したか…?」
 
 
あんまりにも様子の違うスパーダを心配しながらそっと撫でていくと、スパーダがゆっくりと口を開いた。
 
 
「アシハラで…チトセと会ったろ…?二人きりで…」
 
 
スパーダがそう言った瞬間、血の冷えたような感覚が全身を走り抜けていった。これだ…。嫌な予感はこれだったんだ!あの時!あの場所で!スパーダは俺とチトセがあっていたのを目撃していた。いけない…。あれは確実に誤解を生む行為だ。言い訳なんて、通用するわけが、無い。
 
 
「お前、あの時何してた…?」
 
 
一つでも選択肢を間違ってみろ!俺は、俺はとんでもなくやばい事になる…。落ち着け。事実だけを正確に述べるんだ。
 
 
「話を、していた…。こちらに来ないか、と…」
 
 
言葉を慎重に一つ一つ選んでいく。間違っても勘違いをさせないように、慎重に。しかしスパーダは俺の言葉を聞くと首を横に振ってから、眉間のしわを濃くした。
 
 
「嘘吐くなよ!お前、キスしてただろ!?チトセと!」
 
 
涙声で叫ばれた言葉の内容が頭に届いた瞬間、鈍器で殴られたような衝撃が襲ってきた。もしかして、あの時チトセはあの場にスパーダがいたことに気付いていた…?だから、あんな紛らわしい事をしていた…?
 
 
「ち、違う!俺は…」
 
 
「でも、確かにお前は抵抗してなかった!アレスとサクヤは仲が良かった!お前はもしかして…!」
 
 
スパーダはそこまで言うとハッとしたように口を噤んだ。どうやらその先の言葉はいくらなんでも言うべきではないと思い留まったようだ。それからスパーダは俺の顔を見た後に、顔を俯かせて小さな声でごめん、と呟くように言っていた。しかし俺の耳にはその言葉があまり入ってきていなかった。スパーダに言われたセリフが、予想以上に胸に来たみたいだ。
 
 
――疑心暗鬼…。人を一番疑うからこそ、疑われるのを一番嫌う。あなたはそう。信頼してないからこそ、切れない信頼を欲しがるの…――
 
 
リリーの冷静な声が耳に飛び込んできて、俺は静かに目を見開いた。そんな馬鹿な。信頼を欲しがっているだと…?ありえない。俺は…俺はいつだって騙されないように疑ってかかっているだけだ…。ただ、それだけのはずなんだ…。
俺はただその場から逃げ出したくて、抱きついていたスパーダを振り払って火山の入り口へと走っていった。
 
 
 
 
 



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