大きな違和感


 
 
 
 
 
壁画の先にあった長い長い道を突き進んでいく。
らしくない。あんな事で苛立ちを感じるなんて。あからさま過ぎたかも知れない。お義父さんとかアンジュとか、そこらへんの人間なら俺がおかしい事に気付く。いや、他の奴らだっておかしい事ぐらい気付くだろう。とりあえず俺は自分の中から湧き上がる怒りを抑えるために少し早足で奥へと進んでいる。距離を置いていないとやつ当たりしちまうかも知れないし…。
そんな事を考えながら進んでいると、またしても壁画が目の前に飛び込んできた。先程とは違って壁に描かれているのではなく、置いてある石版のようなものに描かれていた。壁画の前で立ち止まってそれを見ていると、隣に気配を感じた。
 
 
「何だろう、この壁画は」
 
 
ルカだった。ルカのその目を丸くして壁画を見ていた。
俺は隣にルカの存在を感じていながらも、黙って壁画を見つめた。俺は、この壁画の光景を見た事があるような気がする…。白い、巨大な城…。大きなテラス…。見た事があるんじゃなくて、俺は、俺の前世であるアレスがここにいた事があるんだ…。だから俺もこの場所を何となくだけど覚えている…。
 
 
「僕とイナンナ…?」
 
 
隣で黙って壁画を見ていたルカも何かを思い出そうとしているのか、呟くような声でそう言った。確かにルカの言う通りそこにはアスラとイナンナらしき人物が描かれていた。
 
 
「ああっ!」
 
 
不意にルカが目を見開いて壁画を食い入るように見つめた。その目は何かを思い出しているようだった。俺はただ何も言えずにそこに立っているだけだった。
近くにいたエルがルカの様子を不審に思って覗き込むが、ルカの視界には壁画しか入っていなかった。壁画に釘付けになっているルカは目を見開いたまま何かを呟いた。
 
 
「魔王だ。魔王が…」
 
 
譫言のように何度も魔王と呟くルカに、俺は目を見開いた。
魔王。
その言葉に、何故か頭が痛くなってきた。一体魔王は何者なんだ?何故、こんなに頭が痛くなるんだ…?
 
 
「魔王はマティウスだ…」
 
 
魔王…。魔王は…センサスの…王…?
そこまで考えたら、鋭い痛みが頭に走った。思わず顔を歪めて頭を押さえる。この痛みは一体何なんだ?何がこんなに痛いんだ?分からない。何故俺は魔王という言葉に引っかかりを覚えているんだ…?
 
 
「なぁ、どないしたんなぁ?ぼーっとしてぇ。しんどいん?」


「あ、いや、何でもないよ。エル、心配かけてごめんね」
 
 
漸く思考が戻ってきたルカは心配そうに覗き込んでくるエルにそう言うと、壁画から離れて奥の道へと進んでいった。しかし俺はこの壁画から離れられなかった。何が俺をそうさせたのかは分からないけど、何かが頭の中で訴えてきた。これは忘れててはいけない事なんだと…。
 
 
「ラスティ」
 
 
不意に肩に温かい感触を感じて振り返ると、スパーダが心配そうに俺の肩に手を置いていた。
 
 
「大丈夫か?具合悪ぃのか?」
 
 
どこか頼りなさげに歪められる灰色の瞳を見ていると、先程まで聞こえてきた何かが収まったような気がした。気のせいかも知れないけど、たぶん間違いない。気分が軽くなったような感じがしたから、スパーダに向かって微笑んで大丈夫だと声をかけた。
 
 
「スパーダのおかげで元気が出たから」
 
 
正直な気持ちを伝えると、スパーダは顔を一気に赤くして驚いたような表情をした。それから俺の表情を見ると、今度は一気に拗ねたような顔をした。
 
 
「口説き文句みたいな事、真顔で言うなよ…」
 
 
スパーダに言われて俺は漸く先程の反応の理由を知る事が出来た。どうやら俺は知らぬ間に口説き文句みたいな事を言っていたらしい。しかし俺は正直な気持ちを伝えただけであって、口説き文句をわざと言ったわけではない。つまり無自覚だったわけだ。んで、スパーダはその事に気付いて一気にテンションが下がったと…。俺はなんて罪な男なんだろうか…。
 
 
「一生言ってろ」
 
 
拗ねた表情をしたままのスパーダは少しばかり自分に酔った振りをしていた俺を無視してルカたちの元へと行ってしまった。
 
 
「ちょ、待て!」
 
 
俺は急いで方向転換してそちらへと走り出した。置いてかれるのは洒落にならねぇ!猛ダッシュでみんなに追いつくと、そこには記憶の場があった。光が床で渦巻いている。不思議な光景だ、本当に。こんな自然ではありえないものが目の前に存在しているなんて…。
光の渦に見惚れていると、イリアがそこへと近づいていった。その後ろをルカがついている。
 
 
「ほーら、あった。記憶の場よ!」
 
 
楽しそうに笑ったイリア。しかし記憶の場の手前で止まったかと思うと、いきなり真剣な顔になって何かを考え始めた。その様子に首を傾げていると、ルカがイリアに声をかける。しかしイリアにはその声が届いていないみたいで、腕を組んで何かを考えているようだった。
 
 
「………。イリアっ!!」
 
 
ルカがさっきより大きな声でイリアの名を呼ぶのと同時に、記憶の場が光を放った。また始まる。前世の記憶が…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『アスラ』
 
 
白い大きな城。少女はその道を歩いていきながら目の前に見えた人物に声をかけた。将軍アスラに。彼の隣にはイナンナがいて、彼女の事をきつく睨み付けていた。憎憎しいといわんばかりの視線を向けられる彼女。しかし全く動揺している様子はなく、ただ無表情のままだった。
 
 
『どうした、アレス?お前が来るなんて珍しいな』
 
 
アスラはそんな二人の剣呑な雰囲気を無視するように少女に声をかけた。その声色はとても優しく、まるで子の名を呼ぶ親のような印象を受けた。
 
 
『創世力を封印するの…?』
 
 
先程まで無表情だった少女は悲しそうに瞳を伏せながらそう言った。アスラはその言葉に微かに目を見開き、少女を見下ろしていた。反対に、イナンナは眉を吊り上げ、厳しい表情で少女を睨み付けた。
 
 
『何故今まで地上に興味もなく天地融合をどうでも良いと言っていたあなたが、急に創世力について言うのかしら?』
 
 
イナンナの言葉には棘があった。その視線からも確かに感じられていたが、言葉だとそれをもっと感じ取る事が出来た。イナンナは少女に言ったのだ。いきなり話に入ってくるな。興味が無かったくせに、と。
イナンナの言葉を聞いた少女は悲しそうだった表情をまた無表情に変えてイナンナを見た。しかしその瞳にはしっかりと感情が窺えた。疑惑。その瞳は確かにイナンナに対して何かの疑惑を抱いていた。
 
 
『あなたにはわからない。ラティオの人間なんかには…』
 
 
この頃からすでに少女はラティオを嫌悪していたらしい。その言葉には確かにイナンナを嫌っているような言葉が含まれていた。一方イナンナもその言葉に気付いているのか、眉間のしわをさらに濃くした。
 
 
『あなたも私と同じラティオから逃げてきたじゃない。私と何ら変わりないわ』


『私は違う。私はラティオに幽閉されていた。そして、天空神を助けるために私は自らの力を貸した。あなたのように戦場にもでず、ただ待つだけの人じゃない。私には力がある』
 
 
まさに一触即発。イナンナはかなり少女を嫌悪していたし、少女は少女でイナンナの事を疑っていた。一体彼女がイナンナの何を疑っていたかは分からないけど、その目は鋭かった。そんな二人の様子に、アスラがついに口を挟んだ。
 
 
『イナンナ、アレス、そんな事を言うな。センサスに来たらみなセンサスの者だ。いいな』
 
 
『はい…アスラ様』
 
 
アスラにそう言われ、イナンナは頭を下げる。しかしその目はしっかりと少女の事を睨んでいた。少女はその視線を受け止めながら無表情でアスラの事を見ていた。するとアスラは少女が何か自分に用があって来た事を理解し、イナンナに席を外すように言った。イナンナはその言葉に眉間のしわを濃くするが、アスラの命令には逆らえないので、渋々といった様子でその場を去っていった。
 
 
『ごめんなさい、アスラ』
 
 
『いや、いい。それよりどうしたのだ?』
 
 
イナンナがいなくなった途端に謝った少女をアスラは苦笑して許した。そして用件を尋ねると、少女はいきなりこう言った。
 
 
『思い出したの』
 
 
少女はその深紅の瞳を丸くしながら自分よりも倍以上大きいアスラを見上げた。アスラは自分の端正な顔が映し出された深紅の瞳を見つめながら何を、と尋ねた。
 
 
『昔の記憶…。ここに来る前の、大切な、記憶…』
 
 
少女のその言葉に、アスラは微かに目を見開く。この少女はここに来る前にラティオにいたはずだった。そしてその時の記憶は決していいものではなく、ましてや大切なものと呼ぶものではなかったはずだった。少女はそんなアスラの表情を見て、緩く首を振った。
 
 
『違う。ラティオの記憶じゃない…。それよりもっと前…。聞いてアスラ。私、ここに来る前には………』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あれは一体なんだったんだ…?アレスは一体何をアスラに伝えようとしていたんだ?分からない。ラティオよりも前の記憶…?それは一体何なんだ…?大切な?彼女が大切にしていたものって一体…?
 
 
「ラスティ君?」
 
 
思考の海から帰ってきた俺が真っ先に見たのは、近くにあったアンジュの顔だった。俺はその事に驚いて一歩後退りした。すると俺の後ろに立っていたお義父さんにぶつかってしまった。
 
 
「ラスティ君、考え事?随分の間難しい顔をしてたけど?」
 
 
「あ、ああ…、考え事してたんだ…」
 
 
突然の事だったのであまり思考が回らない状態でそう言った。それから話を逸らす事を必死で考えようとしていた。
 
 
「ただの考え事にしては深刻だったが、何か思い出したのか?」
 
 
後ろに立っていたリカルドが真面目な顔をして俺の事を見てくる。今まで記憶をあまり思い出せずにいた俺が真剣な表情をしていたら、そうなるわけで…。どうしようかと迷いながら視線を逸らす。それからイナンナが言っていた事を思い出した。
 
 
「いや、何故イナンナは創世力を封印しようとしたのかなぁと思ってな…」
 
 
上手く言えたような気がしてみんなを見ると、俺の意見に何の違和感もなく乗ってくれていた。どうやら俺は選択を間違っていなかったらしい。
 
 
「ああ、確かに…。なぁ、ルカ、イリア。何か思い出した事があるか?」
 
 
「いや…、イリア、ううんイナンナと二人で何かを話していた。それだけ…かな」
 
 
ルカがもどかしそうにそう言うと、ルカの近くにいたイリアは頭を抱えて首を横に振っていた。それは何かを拒絶しているようにも見えた。
 
 
「思い出したら、いけないような…。イヤ…。なんだか頭が痛い…」
 
 
何かに怯えるように首を振り、拒絶を示すイリアに、ルカは呆然としたような視線を向けた。今まで思い出そうと頑張っていたのにそんな事を言われてしまっては、そんな表情になってしまうのも仕方ないだろう。
 
 
「大した収穫は得られず…か。ところでこの絵は何だ?」
 
 
それを見ていたリカルドは二人から視線を外すと、記憶の場の奥の方にあった壁画へと視線を向けた。そこには一人の人らしき人物が描かれており、丸い玉のようなものを掲げている絵だった。
 
 
「魔王 創世力を高く掲げ
その力 長き眠りから呼び起こす」
 
 
アンジュがそう読み上げると、ルカがピクリと反応を示した。俺も、魔王という言葉に反応を示した。
 
 
「魔王?」


「つまり、魔王が創世力を使ったってェ?」


「その様子を描いたもののようね」
 
 
魔王…。前にルカが何かを呟くように言っていた。マティウスという人物が魔王だと…。何故魔王は天上を滅ぼさなくてはいけなかったのか…。
 
 
「魔王…。チトセが言っていた。マティウスが、魔王だって。センサスを治めた魔王…。こいつが、創世力を使って天上を滅ぼしたのか…許せない」
 
 
ルカの声には今まで聞いた事のような怒りが含まれていた。その端でイリアがまた頭を抱えていた。
 
 
「マティウス…?あいつがっ!」
 
 
ルカの言葉に引っかかりを感じる…!何故魔王は天上を滅ぼす必要がある?センサスは地上との共存を選んだはずだ。ならば魔王が望むのは本来なら天地統一のはず…。それに、創世力はアスラが所持していたはずだ。ならば何故魔王が創世力を持つことが出来る?魔王だから?センサスの王だから…?いや、変な所が多すぎる。アスラがセンサスを統べていたはずの所にいきなり現れた魔王の存在。一体これが何を示しているのか…。
 
 
「天上が滅んだせいで…、僕たち転生者はこんな生き方を…。マティウスのせいで…」
 
 
怒気の含まれたルカの声がどこか遠くに聞える。おかしい。この点は何かが大きくずれている気がしてならない。俺が知っているはずの記憶…。何故俺は思い出せない?思い出せたなら、このずれているおかしな点に気づく事が出来るはずなのに…!
 
 
「マティウスめぇっ!!」
 
 
天を大きく仰ぎ、叫び出された咆哮。それは王朝の中に響き渡り、けれど空しく散っていくだけだった。
 
 
 
 
 



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