理解と偽の笑顔


 
 
 
 
 
ラスティは酷く怯えていた。顔色は蒼白だったし、肩も声も震えていた。それを必死に抑えようとしているが、全く治まる気配を見せず、ただ震えていた。無理矢理に笑顔を作ろうとしていたけれど、とてもじゃないけど笑顔には見えなかった。その様子は、アレスを髣髴させた。感情の何もかもを抑え込んで、無表情を作っていた彼女と、酷く似ていた。
そんなラスティを見て、俺は漸く自分の気持ちに気付けたような気がした。いや、きっと結構前から気付いていたけれど、気付いていない振りをしていたんだ。混乱していたんだろうし、こんな感情はきっと表に出すべきではないと思っていたんだ。けど…。
 
 
「ラスティ…」
 
 
こいつは何かに怯えていた。モンスターを倒し終わってアシハラに戻ろうとした瞬間、きっとこいつにとって良くないものを見たんだろう。真っ青を通り越して真白になってしまうほどのものを。それが果たして何なのか俺にはさっぱりだった。ラスティの視線の先を追って俺がそこを見た時には、もう何も無かった。そこには確かに何かがあったんだろう。けれど俺はそれを見る事が出来なかった。
 
 
「なんで、あんな目で俺を見るんだよっ!!」
 
 
そう叫んだラスティの声は深い悲しみと恐怖に満ちていた。どうしてそんな声を出したのかやはり俺には理解できなかったけれど、理解したいとは思った。ラスティはただ涙を流していた。しゃっくり声を上げるわけでもなく、ただぽろぽろと涙を流していた。
 
 
「ラスティ…」
 
 
俺は静かにこいつに抱きついた。俺にはこいつの気持ちが分からないけれど、何とかしたい、ただその一心で。少しでも、こいつの気持ちが和らげばいいと思いながら。
 
 
「例えお前の抱えているモンがデカかろうが、俺はそれを受け止めたい。俺は、気づいた気がするんだ」
 
 
偽りの無い言葉だった。本心で、覆しようの無い真実。それをラスティにぶつけると、こいつは頼りない声を出していた。酷く怯えていた。全てを拒否するような弱々しい声。俺はこいつのそんな声を聞きたくなかった。いつも馬鹿みたいに明るいこいつの声が好きだった。
 
 
「俺はラスティが好きだ。同姓とか、そんなもん関係ねぇ。答えはまだ、聞かないでおくから…」
 
 
ちょっとばかり卑怯だと思った。弱っているこいつに漬け込むように告白して…。きっと精神的に混乱しているラスティにとって俺の言葉はとても耳に残るだろう。それでも、俺はこいつに気持ちを伝えたかった。どうしてもこの気持ちを知ってほしくて、こいつの全てを知りたくて…。
何か言葉を口にしかけたラスティの言葉を遮るようにキスをした。軽く触れ合う程度の、軽いキス。けれど俺にとってはとても大切なものだった。そっと唇を離してラスティを見上げると、こいつは相変わらず涙を流したまま顔をくしゃくしゃにしていた。とても情けない顔だったけれど、これが本当のこいつの姿だって知る事が出来た。
 
 
「わかんない、俺には…わかんないよ…」
 
 
何度も何度も同じ言葉を呟くように言って、涙を流している。そんなラスティの背中に手を回して、擦ってやるように動かした。するとラスティはぎゅうと抱きついてきた。そんなラスティを抱き締め返して、俺は少しだけ満たされた気分になった。
 
 
「まだ、分かんなくて構わねぇから…。時間をかけて、分かりゃあいい」
 
 
ゆっくりと諭すように囁くと、ラスティはこくりと頷いた。そんなこいつに笑っていると、ラスティが小さな声で言った。
 
 
「俺には、そういうもんが良く分からないけどさ…。だけど、待っててくれないか…俺がそれを理解できるまで…さ…」
 
 
ラスティの言葉には嫌悪も何も含まれていなかった。元からこいつが差別とかするとは思わなかったが、その言葉に嬉しくなった。きちんと理解できた時、こいつは俺に返事をくれる。それを待っていてくれないか。つまりこいつは俺の思いをきちんと受け止めてくれたって事だ。
抱き締めていた力が緩められて、ラスティの顔を見る事が出来た。いつものような笑顔は無かったけれど、少しだけ笑ってくれた。そんなラスティを見て胸が温かくなった。
 
 
「戻るか」
 
 
ラスティはそう言うとアシハラの方を見た。先程までこいつを怯えさせていたものはいないんだろうけど、まだ怖いのかラスティは踏み出さないでいた。俺はただ黙ってこいつの隣に立ち、こいつなりのタイミングを待っていた。すると横に下げていた手に温かい感触を感じて、ラスティの手が俺の手を握った事が分かった。俺が驚いてラスティを見ると、こいつはにかりと笑って俺を引っ張って歩き出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
結局俺たちは一番遅くに来てしまったらしい。二人揃って帰ると、港の所に立っていたアンジュを黒いオーラを出しながら俺たちの事を見ていた。とてもじゃないが言い訳なんてしたら殺されそうな雰囲気だった。そんでもって大した情報を集められなかったのでイリアに思いっきり馬鹿にされてしまった。腹が立ったけど、いつものテンションに戻ってきていたラスティになだめられ、とりあえず怒りを収める事にした。
そして現在、アシハラ王朝の中を進んでいる。どうやら他の奴らが集めた情報の中に、権力者死ぬと神化されるというものがあったらしい。正直薄気味悪ぃと思った。
 
 
「しっかし、あんまりデカすぎると迷うな」
 
 
王朝の中はかなり広かった。何やら権力者は死んでもなおその権力の大きさを示すために巨大な墓を作るとか?全く権力者の考えが知れねぇ…。墓を大きくしたってどうしようもねぇだろうが。
 
 
「おやぁ?なんか奥に続いてるねぇ…。ビンゴじゃない?」
 
 
かなり長時間王朝の中を歩いていた時、前の方を歩いていたラスティがカクカクとした角を曲がりながらそう言った。こいつの言っている事は大抵当たる。勘が鋭いのか、こういう地形の法則みたいなのを知り尽くしているのか知らないけど、良く当たる。
 
 
「…絵、だな」
 
 
真っ直ぐ伸びている道の先、そこには大きな壁画があった。何やら色々なものがごちゃごちゃと描かれていた。
 
 
「壁画だね。鍾乳洞で見た天上の文字もある」
 
 
ルカの言う通り壁画には鍾乳洞で見た文字と同じ様なものが沢山書かれていた。俺には天上の文字を解読できないが、アンジュなら出来るだろ。そう思って静かにアンジュの方を見る。
 
 
「とても古い物ね。ええと…。

初めは天も地もなく
原初にただ創造神在りけり
永劫の孤独を 疎み
己の体を世界とし 神々を生む
世界と神々 共々に在り
然し 卑しき神に溢れる時来る
卑しき神 神にあらず
人と貶め 天より地に落とす
以後 天 地 隔て 悠久を経る」
 
 
スラスラと解読してくれたのはありがたいんだけどよぉ…俺にはさっぱり意味が理解できなかった。壁画を眺めながらその意味を考えようかと思ったが、やる気が出なかったので止めておいた。
 
 
「あのぉ、アンジュ。わかりやすく、頼めねぇ?」
 
 
意味の理解を放棄した俺はとりあえずアンジュにそう声をかけた。すると隣にいたラスティがニヤニヤした顔で俺の事を見下ろしていた。
 
 
「分かんなかったか?お坊ちゃま」
 
 
ニヤニヤとした顔にムカついた俺は、ラスティの腹に肘を入れてから分かるのか!?と叫んでやった。するとラスティは肘を入れられた場所を押さえながら笑った。
 
 
「つまり、一番初めは原始の巨人の死から始まったんだよ」
 
 
「原始の巨人?」
 
 
鸚鵡返しのように聞くと、ラスティはにやりと笑ってそれから壁画を見た。視線の先にはさっきのごちゃごちゃした絵があった。
 
 
「原始の巨人は言い換えれば創造神だ。そして初めは何も、それこそ世界もなく巨人が一人いただけ…。巨人は孤独を嫌い、自らの体から大地を、頭から神々を生み出した。そして大地は栄えた…。しかし、神の中には悪事を働く神が増えたワケ。だから、神々は地上を作り、悪事を働いた神たちをそこに閉じ込めた。
天上から追い出され力を奪われた神々は「人」となった。それから長い時が経った…というワケだ」
 
 
長々とした説明を終えたラスティは理解できたか?とでも聞くかのように俺の方を向いた。俺がムッとしながらも渋々頷くと、ラスティはにやりと笑ってからまた壁画の方へと向いた。
 
 
「そういや、普通の人は自分が神の末裔だって知らないのよね?あたしたちは前世の記憶があるからわかってたけど」
 
 
不意に後ろの方からイリアの声が聞えてきて、俺は何故かラスティを見ていた。こいつなら何でも知っていそうだと何となく思ったのだ。しかしラスティは何も反応する事無く壁画だけを見ていた。
 
 
「なんだあ、じゃあ転生者は特別でもなんでもないのかぁ」
 
 
イリアの言葉に、ルカがホッとしたような息を吐く。自分たちだけじゃないと知った事への安堵か…。しかしルカの期待を裏切るかのようにリカルドの声が聞こえてきた。
 
 
「いや、違う。転生は天上界のみの仕組みだ。神ではない地上人には起こりえない…はず」


「そうなの?」


「地上の魂は死神に天上に運ばれ、天の礎にされてしまうのだ。天上の魂が地上に流れるなどありえん」


「ありえてるじゃない。あんたやあたしがその証拠!」


「それがわからんのだ。何故、そうなったのか…」
 
 
リカルドでさえ知らないその事を知っているはずはないと思いながらもついついラスティを見てしまう俺はちょっとおかしいかも知れない。ついさっき告白したばかりだから、まだ気持ちが治まっていないのかも知れない。
 
 
「つまり地上人が全員前世の記憶を持ってるワケじゃないってことか?」


「そういうことだ。あくまで我々転生者は不測の事態にすぎん」


「話は戻るけど、天から降りて来た神が僕たちの祖先だって話、なんで伝わらなかったの?」
 
 
転生者は不測の事態。つまり俺たちはイレギュラーとでも考えればいいのか?本来はこちらの世界に生まれるはずではなかった命。
なんて考えていたら、ラスティがいきなり壁画を見ていた視線を外して、ルカたちの方を見た。
 
 
「そういうのは教会が隠してるからだよ。自分たちが神だって知ったら、天に祈ろうなんて思わないだろ?どちらも神ってことなんだからな。だから、それを隠すことで信仰心を集めるんだよ。教会の処置ってやつだ」
 
 
ラスティを見ながら視界の端を見ると、アンジュが何か言いたげな顔をしていた。教会の事を良く知っているアンジュよりも先に答えたこいつは、一体何を知っているんだか…。
 
 
「事実をねじ曲げてんじゃん?そんな事していいのかよ」


「んなの時効だろ。それに、信仰のない人間は怠惰で傲慢な人間になる。必要だったんだろよ。もっとも「無恵」のおかげで信仰そのものが廃れたけどな」
 
 
あまりにもスラスラと答えていくこいつを不審に思ったのか、アンジュが目を細めてラスティを見る。
 
 
「ラスティ君?どうしてそんな教会の裏事情を知っているのかな?」
 
 
少しばかり黒いオーラを出しながらそう言うアンジュに、ラスティは慌てる様子を見せない。いつもだったら顔を引きつらせて謝り倒すぐらいなのに、今は何の反応も示さなかった。言いたくないって雰囲気が出ていた。ラスティはただ、さぁね?と微笑みながら答えただけだった。その言葉にはいつものような明るさも、ましてや真面目な感じも見られなかった。ただ冷たい印象を受けた。
 
 
「ラスティ…?」
 
 
イリアが呆然としたような声を上げると、ラスティは一瞬にして先程までの雰囲気を取り払って、快活に笑った。
 
 
「奥に行こうぜ?さっさとこの王朝を出たいしよ」
 
 
にかっと笑うラスティには、違和感しか感じられなかった。明らかに自然じゃない笑顔。今回は綺麗に作れていた。俺はその笑顔が酷く気に食わなかった。
 
 
 
 
 


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