狂気的な視線
長い間船に揺られていた俺たち…。
揺れない地面………最高!!最高すぎてテンションが思わず高くなっちまうよ!それ程船での長旅は身体的に疲れたんだよ…。乗り物に乗り慣れているルカでさえ、多少ふらふらしているんだ。乗り慣れていない俺がバテるのも頷けるだろう…。
「ここがアシハラ?思っていたより寂しい町だね」
ルカが辺りを見回してそう呟くように言った。確かにルカの言う通りだ。海の上に浮かんでいるような場所だとは知っていたが、浮かんでいると言うよりも、町の大半が海に沈んでいると言う方が正しいようだ。階段や建物などが海の下に見える。人の通りも少なく、町の人々は沈み行く町に怯えて出て行った、とも考えられる。
「この町は年々水没していっている。かつては広大な版図を有した海洋国だったのにな」
「そうなのか…。天変地異が各地で起きているって聞いていたけど、ここは深刻そうだね」
ルカが町を見ながら寂しそうな声を出す。確かにかつては賑わっていただろう場所がここまで廃れてしまえば、空しさが込み上げてくるだろう。
しかしそんな寂しそうなルカとは裏腹に、エルは来た事の無い場所にはしゃいでいた。エルよ、もう少し緊張感と言うものを持とうぜ…。
「なあなあ、はよ町見て回らへん?ウチ、楽しみやねん」
王都から出た事の無いエルにとっては楽しい事ばかりなのだろうが、今は楽しんでいる暇はない。何故なら今は記憶の場を探しているわけであって、観光をしているわけではない。ま、こんなメンバーだとそんな事すら忘れそうだけど。
「観光じゃないからあんまりはしゃぐなよ?ま、町に行く事は賛成だが」
はしゃいでいるエルの頭を撫でながらアンジュに視線をやると、アンジュは静かに頷いてから、全員を見回してから町の中へと進んでいった。俺たちはとりあえず黙ってその後ろの方についていった。改めて町を見回すと、独特の文化が存在していた。俺の見た事のないものが沢山あって、見た事のない服を着た人々が話をしていた。
「さて、そろそろ本腰入れて情報収集と行くかぁ」
町をだいぶ見回った後に、スパーダがみんなを見てそう切り出した。俺としては切り出した人物がアンジュでも、リカルドでも、あるいはルカでもなく、スパーダだった事に驚いていた。いや、別にしきる事は悪くないんだが、スパーダはサボり魔みたいなイメージが…。
「ごらぁ!誰がサボり魔だ!」
「あ、やべ。声に出ちゃってたよ」
にやにやと笑ってしまっていた口をそっと隠しながらスパーダに視線をやると、スパーダは顔を引きつらせていたが、大したリアクションは取らなかった。どうやら俺と話していると時間の無駄だと認識したらしい…。自分で言っておいてなんだが、寂しい気分になるなぁ…。
「んじゃあ、例によって二人一組を作るぞ」
ちょっといじけていた俺を無視して、スパーダはコイントスを始めていた。俺はまだいじけていたので、結果は全く見ていなかった。そしてやがてみんなの気配が知っていく感じがして、顔を上げると、もう組み分けは決まっていたらしい。俺の目の前にはスパーダの姿があった。どうやら俺がいじけている間にスパーダとコンビになっていたらしい。
「さっさと行くぞ」
スパーダはいじけていた俺を冷たく見下ろすと、さっさと歩き出していた。
スパーダの意地悪!慰めてくれたっていいじゃないかぁ!!
「あー!!情報なんてどこにあんだよ!?」
アシハラの住人にそれらしい話が無いか聞いて回っているが、誰も有力な情報を持っている人物はいなかった。どうするよ俺!?このまま何もつかめずに帰れって!?アンジュに殺されちゃうかも知れないよ!?
「うるせぇよ!恥ずかしいだろうが!」
スパーダが俺の口を手で塞ごうと躍起になっているが、俺の方が身長が高いので微妙に届いていない。というか簡単に押さえられるわけ無い。俺の感情は誰にも止められないぜ!
「わけわかんねー!!」
大きな声でそう叫んだら、周りにいた人々から奇異の目で見られたが、俺は全く気にしなかった。俺は基本他人を気にしない人だから!!
なんて思っていたら頭にきつい一撃を食らってしまった。スパーダだ。スパーダの極まってきたツッコミが俺の頭にヒットしたのだ!かなりのダメージを受けた!
「勝手にツッコミを極めたとか言うな!さっさと情報を集めるぞ!」
まだまだやる気のあるスパーダ。ある意味お前の前向きな姿勢が羨ましいよ。俺は一度諦めたものをもう一回やることは極力したくない人物なんだよ。めんどくさがりなんだよ〜。
「情報収集は苦手なんだよなぁ…」
頭を掻きながらそう言って周りを見ていると、視界の端でスパーダが大きく溜息をついていた。今の反応は結構酷いと思うぞ?全く傷ついていないけどな!
しょうがないから情報収集のために歩き出そうとした瞬間、いきなり後ろから凄い力で肩を引っ張られた。
「っ!?」
咄嗟の事で対処出来なかった俺は、本能的にその人物を殴ろうと腕を回しかけていた。しかし視界に入った人物を見た瞬間に、その腕を止めた。そこには深くフードを被った小柄な女性が立っていたのだ。先程俺を引っ張ったのはこの女性だろうけど、ちょっと信じられなかった。
「あ…すみません…」
女性は俺が困惑した表情を浮かべたまま固まっていると、そう言ってきた。そしてその女性は俺の顔を見た瞬間に、肩を落としていた。そんな女性に俺はなんと反応したらいいか困ったので、頭を掻いていた。
「えっと…」
困った声を出しながらそう言うと、女性は俺の事を上から下までじっくりと見ていた。居心地が悪くて眉間にしわを寄せたままでいると、女性はもう一度謝った上で、今度は俺の目をしっかりと見て言葉を発した。
「すみません、あなたの髪の色や長さが友人に似ていたもので、間違えてしまいました…」
そう言った女性の言葉に、少しばかり不審な点があった。おそらくそれに気付けたのは俺だけだろう。この女性に肩を引かれた俺だけが、その違和感に気づく事が出来た。彼女の肩の引っ張り方は、友人に声をかける風でも、驚かせようとか言う悪戯心とかではなかった。力加減をせずに勢い良く引っ張ったという方が正しいだろう。
「失礼ですが、ご友人は今どこに?」
引っ張られた時に乱れた服を調えながらそう言うと、女性はフードで覆っている顔を俯かせるように下に下げた。一見すると内気な女性に見えるが…。
「行方がわからないので、探していたのです…」
行方不明…ねぇ?
「それで旅をしているのですか…?今は魔物が大量に発生していて危険ですが、あなた一人で?」
少しばかり探りを入れるような感じにそう尋ねると、彼女は大した事ないと言うようにあっさりと言い放ってくれた。
「これでも戦いにはなれていますので…」
戦いに慣れている?女性が一人で、こんな時に?あまりにも怪しすぎた。まずフードで顔を隠している時点で怪しい。顔を見せないようにしているのも、不思議だし…。
女性を見下ろしながらそう考えていると、町の入り口の方で、悲鳴が聞こえてきた。
「ラスティ!!」
スパーダの声が聞えてきてそちらを見ると、イノシシ型のモンスターが町の中へと進入しようとしていた。俺たちはそれを見てそれぞれの得物を手にして駆けていく。その瞬間、視界の端に女性の目が映った。その目は驚愕と憎悪が含まれていたような気がした。ぞくりと背筋が粟立つような感覚がしたが、それを振り払ってモンスターの方へと駆けて行った。
「スパーダ!町の外へと追いやれ!」
モンスターに斬りつけていたスパーダに向かってそう言うと、スパーダは頷いて初級の天術を使ってモンスターを外へと追いやった。俺もそれを見ながら今にも進入しようとしているモンスターに向かって初級の天術を喰らわせた。モンスターは簡単に町の外へと出て行ってくれた。それを確認した後にモンスターの急所を一気にリリーで貫いた。モンスターはその場に倒れ、動かなくなった。
「スパーダ、町に出たら遠慮はいらねぇ!」
「分かってる!」
俺の攻撃を見たスパーダはすぐさま双剣を強く握り締め、それをモンスターに向かって振るった。モンスターはスパーダの攻撃に倒れ、動かなくなった。俺はそれを見届けた後に、モンスターを一掃するためにリリーをくるりと回して天術を発動させた。
「イラプション!」
全てを燃やし尽くす炎が、モンスターたちの上から落ちてきて、一気に爆発するように広がった。そしてその炎がモンスターたちを焼き尽くし、残ったのは死体だけだった。それを見届けた後にリリーを鞘に収めて、背中に背負った。
「とりあえず戻るか…」
スパーダに視線をやると、向こうも終わったらしく双剣を鞘に収めていた。それを見届けた後に町へ戻ろうと足を進めた瞬間、どこかから来る視線に気付いて、そちらの方を向く。
「っ!?」
ぞくりと背筋が粟立った。先程見たのよりも殺気と憎悪を含ませた視線が、俺の方を見ていた。あの女性だった。まるで、俺が仇とでも言うような視線。恐ろしいほど純粋な狂気だった。思わず足が止まってしまった。
「ラスティ?」
スパーダの声が聞えてくるが、俺は動く事が出来なかった。やがて先程の女性は町の中へと入って行き、その姿を捉える事が出来なくなった。それでも俺はその場から動く事が出来なかった。その視線が、恐ろしかったのだ。
「ラスティ!!」
スパーダの大きな声で、現実に引き戻されるような感じがした。まるで先程まで別世界にいたような、そんな気分に陥っていた。
あんな、あんな目を見たのは…、初めてだ…。
「あ、ああ…。戻ろうか…」
情けない事も、声が震えていた。おかしい。何かもおかしすぎる。俺があんな視線に怯えているなんて…。俺は人形と呼ばれていたんだぞ?なのに、どうしてこんなに震えているんだよ…。俺は、俺は…。
「どうしたんだよ…?」
俺を不審に思ったスパーダが俺の肩に手を置く。今、触るなよ…。情けなく振るえてんだ…。俺は、情けない姿を見せたくは無いんだよ…。
そんな俺に、スパーダは優しく声をかけてくれた。あまりにもそれが温かいので、つい甘えてしまいそうになる。絶対おかしい。いつもなら、甘えたいとか思わないで、完璧な笑顔を、作れるはずなのに…。
「おかしい…よ、な…」
おかしい…。何で、どうして作れないんだよ…。いつもなら息をするぐらい簡単に出来るはずなのに、今は引きつっていて、どうしても自然に作れない…。たかが殺気の篭った目、たかが憎悪の篭った目だろ…?いくらでも見たはずなのに、どうしてあの目だけがこんなにも怖いと思うんだ…?
「なんで、あんな目で俺を見るんだよっ!?」
頬から流れるものが、良く分からなかった。おかしい。そんなものが流れる事なんて、無いはずだ。泣く事なんて、何も無かったはずだ…。なのに、どうして涙が止まらないんだよ…。
「ラスティ…」
ふわりと温かい感触がして、スパーダが抱きついている事が分かった。その体温が温かくて、俺があんまり知らないもので…。
「泣くなよ…」
分からない。胸が痛くて、死にそうだ。涙も止まらなくて、どうすればいいか分からなくて、混乱していて…。
「例えお前の抱えているモンがデカかろうが、俺はそれを受け止めたい。俺は、気づいた気がするんだ」
スパーダの綺麗な灰色が俺の顔をその目に映す。紅い紅い、俺の髪が、その目に映っている。それと同時に焦燥が溢れ出した。スパーダが何を言おうとしているか、分かってしまったからだ。それを聞いてしまってはいけない。まだ、俺には分からないから…。
「俺はラスティが好きだ。同姓とか、そんなもん関係ねぇ。答えはまだ、聞かないでおくから…」
その綺麗な灰色の目が近づいてきて、俺はどうすればいいか分からなかった。頭が上手く働かない中、俺はどうして、と言いたかった。けれどその言葉は口から出る事は無く、掻き消えた…。