リリーの知識


 
 
 
 
 
 
図書館でぐっすりと睡眠を取っていたリカルドが船の手配を快く引き受けてくれたので、俺たちはハルトマンの家で休憩する事となった。
今まで色々な事があったから、ある意味丁度良い休憩とも言えるだろう。
 
 
「やぁ、これはお坊ちゃま。いやいや、ホッといたしました…」
 
 
ハルトマンの家に入った時に、俺たちの顔、正しく言い直せばスパーダの顔を見た瞬間に、ハルトマンは安心したような息を吐いた。
 
 
「何だ?何の心配してんだよ」
 
 
ワケの分からない俺たち一瞥したハルトマンは、先程まで俺たちがいた大聖堂の方へと視線をやった後にまた安心したような溜息をついた。
 
 
「実は先日、町に王都軍が参りましてな。よもや鉢合わせしておられないかとヒヤヒヤしておったのです」


「ンだと?まさかアンジュを捕まえに?」
 
 
スパーダが眉間にしわを寄せてそう尋ねると、ハルトマンは緩く首を横に振った。
 
 
「いえ、そうは見えませんでした。軍幹部の男も一人おりましたし…。確か、オズバルドとかいう男ですな。王都の式典に出席しているのを見かけた記憶がございます」


「オズバルドって、研究所にいた太った奴よね。何しに来たっての?」
 
 
オズバルド…。俺がもっとも嫌う人間の一人だ。軍のお偉いさんだか何だか知らないけれど、俺の事をこき使いやがって…。ん?イリアがオズバルドの事を知っている?研究所…って言ったよな…。あいつまた下らない事をしてるんだな…。
 
 
「地下図書館の埃はそいつがレバーを作動させたんだろうな…」
 
 
腕を組みながら眉間に詩話を寄せてハルトマンを見ると、同じ意見なのか頷いていた。どうやら本を何冊か抱えて行ったらしい。おそらくそれは天上に関する資料に違いない。
 
 
「まさか、あの図書館から?出入り口は隠されていたはず…。いや、教会関係者から地下室の話を聞かされた…かな?」
 
 
「もしくは聞き出した、か…。なあアンジュ。あそこから本が抜かれていた事に気付いたか?」
 
 
あんまり良い質問ではないが、一応聞いてみるに越した事はない。ま、あんな大量にある本の中から数冊抜かれた程度では気付かないだろうけどな…。
アンジュはやはり俺の想像したとおり分からないと首を振った。目録も何もないらしい…。貴重な資料ならば書いとけば良いものを…。面倒だったのかぁ?
 
 
「ともかく、ご無事で安心いたしました。さて、当家でごゆっくりされますか?早速食事の準備をいたします」
 
 
ハルトマンの言葉に顔を輝かせた食い意地の張っているエルとコーダ。けれどその二人が駄々をこねているにも関わらずスパーダはそれらを一蹴した。
 
 
「悪い、ハルトマン。これから船旅で、長くなりそうなんだ。急いでるから挨拶だけのつもりさ」


「左様でございますか。わかりました。お気をつけ下さいませ」
 
 
スパーダの言葉に一瞬だけ寂しそうな顔をしたけれどすぐに顔を引き締めて、腰を深く曲げて礼をしていた。それを見たスパーダはまたな!と行って部屋を出て行った。俺たちも各々礼を述べて港へと歩き出した。
 
 
「なぁ、ルカ兄ちゃん。コーダが言っとったタダ飯の話なんやけどなー?」
 
 
ハルトマンの家から少し離れた頃に、エルがこっそりとルカに近づいてそう囁くのが聞こえてきた。
 
 
「ハルトマンさんの事?タダ飯呼ばわりは酷いよ。お世話になる人なんだからね」


「せやなぁ。言い方には気ぃつけとかんと…。んで、どんなん食わしてもらえるん?」
 
 
何よりも食べ物が好きなエルはすぐに食べ物の話に変えてルカに食いついてくる。確かルカも良い所のお坊ちゃんじゃなかったか?なんて頭の隅で考えながら二人の話に割り込んだ。
 
 
「結構美味しかったぜ?」
 
 
にやりと笑ってルカの隣から顔を覗かせると、ルカはいきなり現れた俺に驚いて肩を跳ねさせた。
 
 
「ラスティ!?驚かせないでよ!」
 
 
「おう、悪かった」
 
 
大して謝罪の念を込めずにさらりとそう言うと、ルカは拗ねた様な顔になったから軽く笑ってやった。
 
 
「ハルトマンさんはスパーダのお屋敷で働いていた人だから、良い物を食べてたんだろうね」
 
 
「お屋敷って言うんだから、上等な物だろうな…」
 
 
ルカの言葉の後に俺がにやりと笑いながら付け足すと、エルは一気に目を輝かせた。豪華な物なんて食べる機会がないエルにとって、あまりにも魅力的過ぎるらしい…。
 
 
「それやったら、行こ!ちょっとぐらい遅れてもエエやん?リカルドなんか待たせとったらエエねん」
 
 
リカルドのお義父さん…エルはお前を待たせてでも飯を優先したらしい…。プッ、ウケる!!
俺が心の中で笑っている頃に、真面目なルカはそんなエルを嗜めていた。そんなルカの反応を見たエルはにこにこしながら冗談やって、と笑った。
 
 
「まぁ、今回は急いでるから仕方ないけど、機会があれば食べさせてもらえるだろ」
 
 
助け舟…と言い訳じゃねぇけど、一応期待させとくのは悪くないと思ってそう言うと、エルは先程と違って急に真面目な顔をして顎に手を添えた。
 
 
「せやな、キチンと挨拶しとかんと。「ウチのルカがお世話になっております」いう感じでエエかな?」
 
 
何かしょうもない事で悩んでいたエルは俺にそう聞いてきた。本人はいたって真面目なのだろうが、俺から見たら絶対冗談としか思えない内容だった。一体この子のこの言葉に息子扱いのルカはどう思っているのかと横目で見ると、ちょっと照れていた。それでいいのか!息子よ!!
そんなルカの様子を見たエルがまた悪乗りしようとしていた。俺にはとてもじゃねーけどこれ以上入り込めねー…。
なんて考えながら歩いていると、目の前に港が見えた。その先にはさっき別れたリカルドがいた。けど、一人ではなかった。何やら…見るからに怪しい格好をした男とリカルドが何やら話をしていた。が、そいつは俺たちを見つけると一目散にいなくなってしまった。
 
 
「さっきの誰?」
 
 
ルカが心配したような声を出しながら聞くと、リカルドはただ仲介屋だ、と誤魔化していた。けど、その言葉が明らかに本当じゃないって事は付き合いの長い俺は気付いていた。おそらくリカルドも俺の事は誤魔化せないと知ってるだろうし…。
 
 
「それより、乗船券は確保した」
 
 
話を逸らすようにリカルドはそう切り出した。リカルドの言葉に先程まで心配そうにしていた全員の顔が変わる。船のチケットが取れるとはあまり思っていなかったのだろう。
 
 
「おっけー!問題なしだなっ」


「どういう航路なのですか?」


「色々都合があってな。アシハラ行きの乗船券しか手に入らなかった」
 
 
「上等よ!さっさと乗り込みましょ」
 
 
イリアが意気揚々とした声で船へと乗り込んでいく。俺はそんな背中を見つめながらリカルドへと視線を向けた。嘘をついている。しかも、軽い嘘ではない…。俺の勘は、それなりに当たると自負しているからな…。嫌な予感が…当たんなきゃ良いんだがな…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「う〜みはひろい〜な〜おおきい〜なぁ〜」
 
 
誰もいない甲板で一人楽しく歌を歌っていたら、後ろからリカルドの気配がした。振り返らなくても分かるけれど、一応振り返って顔を見てやった。
 
 
「何当たり前の事を言っているんだ」
 
 
呆れた顔をしたままこっちを見ているお義父さん。お前さんにはこの歌の良さが分からないようだな…。こういうのは当たり前だからこそ楽しいんだよ!!
 
 
「んで?一体何の用だ?嘘吐きお義父さん」
 
 
楽しそうに笑ってそう言うと、リカルドはやはりというか、顔をしかめた。嘘がバレている事は覚悟していたようだが、まさか直接言われるとは思っていなかったんだろうな。
 
 
「やっぱりわかっていたか」
 
 
「当たり前じゃん。俺とあんたは長い付き合いなんだからな。で?その嘘吐きお義父さんは何しにここへ?」
 
 
胡散臭そうな目でリカルドを見るが、相手は何も語る気はないらしくだんまりを決め込んでいた。全くつまらん奴だ。
 
 
――さっきの奴らはグリゴリと呼ばれている…――
 
 
俺たちの間に落ちた沈黙に、リリーの声が響いた。と言っても聞こえているのは俺だけなんだがな。
んで?グリゴリって言ったっけ…?
 
 
――そう、グリゴリ。神の血を…天上の者の血を引いていると言われているわ…――
 
 
天上の?一体誰の血を引いてるって言うんだよ?天上にいた奴らは全員死んだんじゃないのか?
 
 
――…それは…分からないわ…。誰の血を引いているかなんて…。でもあの者たちは天上の者と人間の間に生まれた者たち――
 
 
人間との間に生まれた者たち…?
 
 
「ラスティ?」
 
 
ハッとしていつの間にか俯いていた顔を上げると、訝しげな顔をして俺を見るリカルドと目が合った。どうやらリリーとの話に集中しすぎたらしい。
 
 
「どうした?深刻そうな顔をしていたが…」
 
 
うーん、鋭いなぁ…。けれど俺の考えている事を理解出来ていないみたいだ。まぁ、俺もリカルドの考えている事を完璧に分かるわけじゃねーけど…。
 
 
「さっきお義父さんと話していた奴は誰だろうなぁってさ」
 
 
「そうか…」
 
 
俺の言葉に嘘が含まれている事に気付かなかったお義父さん。ちょっと拍子抜けしながらもそのまま流す事に決めた。その内お義父さんは踵を返して船内に入って行ってしまった。結局何しに来たんだか…。
 
 
――グリゴリには…天術を封じる術がある…――
 
 
お義父さんが完全に去った事を確認したかの様なタイミングで俺に声をかけてきたリリー。少し驚いたけど普通に返事を返す。
どうして天術を封じる術を持ってるんだ?
 
 
――知らない…。けれどその力はグリゴリにのみ存在するらしい…。でも…――
 
 
リリーは淡々と答えていってたが、急に声のトーンを落とした。その声はあまり言いたくないようにも感じられた。
 
 
――あなたにその術は通用しない…――
 
 
俺に…通用しない…?どういう事だ、リリー。俺も転生者で、天術を使うぞ…?
 
 
――それは…言えない。どうしても…――
 
 
…リリー、お前は何者だ?何故俺が知らない事まで知っている?何故天上で作られた刀が地上に詳しい?俺の…何を知っている…?
心の中でリリーに問いかけてみるが、リリーは黙ったままで何も喋らなかった。前のように必死な声で言ったっきりだった。俺には何も話さないで、だんまりを決め込んだ。
 
 
「一体何なんだよ…」
 
 
全く持って理解不能だった。この旅の先に何があるのかも、俺には分からなかった。リリーが何者かも、グリゴリが何者かも、俺たち転生者が何者かも、分からなかった…。
 
 
 
 
 
 


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