秘密の図書館
麻酔が完璧に抜けない俺のためにその日一日王都で過ごす事になった。
そしてその翌日、漸く俺たちは王都を発つことが出来た。非常に長く感じたが、出来るだけ早く目的地に向かいたいために、早足ぎみで歩いている。
けれどもそんな俺たちの邪魔をする魔物が出てきたりする。俺は主に補助役を買って出ている。と言うよりもお義父さんやアンジュに止められているせいもある。
「ラスティ君、補助以外をしちゃダメよ?」
俺の隣には厳しい目で俺を見るアンジュがいる。どうやら監視役としてここに留まっているらしい。ここに、って言うのは、魔物が現れた場所から離れた場所だ。現在他の奴らは魔物の所に突っ込んで行っている。お義父さんすら前に出ている。まあ、あんまり遠かったら銃が当たらないんだけどね…。
「はいはい、分かってるよ…」
そして俺はアンジュがいると分かっていながらも、前に行きたくてうずうずしているのだ。元々俺は体を動かす事がそこまで嫌いじゃない。だから麻酔で鈍った体を戦闘によって戻したいと思うのは悪い事じゃないと思う。
けれど隣に立っている聖女様はそんな事をお許しになる程甘くない事を知っている。下手したらかなりの逆鱗に触れてしまうかも知れない…。それだけは絶対に避けたい。アンジュの逆鱗に触れるなんて自殺行為過ぎる…。
「あらラスティ君?何か変な事を考えてないかしら?」
「べ、別に…?」
ちょっとドキッとして声が裏返ってしまったのは仕方ないと思う。だって本当に怖かったんだから…。お前はエスパーか…。
「あ、ルカ怪我した」
そんなに遠くはないけれど、怪我が見える程ではない距離にいるにも関わらず、俺はルカが怪我したとこを見た。そんな俺の言葉にアンジュは首を傾げる。
「ラスティ君って原始人?」
「誰が原始人だ!単に目がいいと言いなさい!」
あんまりにも酷いアンジュにそう言い返すと、楽しそうに笑われてしまった。しかも謝罪の気持ちがない謝罪をされてしまった。何だかムカつくなぁ…。
「ほらほら、ルカ君の怪我を治してあげないと」
何か誤魔化されたような感じがするが、正論なんで黙ったままリリーを握る。治癒術をイメージしながら術を練り上げていく。
「ファーストエイド!」
結構遠くからだけど、ちゃんと俺の術が届いたのか、ルカの怪我は綺麗に治った。そして怪我を治してもらったルカは気付いていないと思っていたのか、目を大きく見開いてこちらを見た。俺はそんなルカに対してひらひらと手を振って笑ってやった。ルカは感謝を表すためか一回頷いてからまた魔物たちに斬りかかっていった。
「ルカ君って、イリアの事が好きよねー」
突然そんな事を切り出してきたこの聖女様。一体なんだと言うんだ?
「でもね、イリアはその事を全く知らないのよ…。ルカ君が不憫に思えてねぇ…」
「それは…新たなルカ弄りか…?」
「やだなぁ、ラスティ君。私がルカ君を苛めるわけないじゃない。単に不憫に思っただけよ」
クスクスと笑っている聖女様をどこか遠い目で見ていると、ルカたちが魔物を倒し終わったのか戻ってきた。
「お前ら何楽しそうにしてんだよ…。俺たちは必死こいて戦ったって言うのによォ…」
「あら、ごめんなさい。別に大した事じゃないのよ。ほら、もうすぐナーオスよ」
クスクス笑う事によって誤魔化したアンジュの指差す先には、うっすらと見えるナーオスの建物があった。俺たちは何も言えずにただアンジュに促されるまま歩くしかなかったのである…。何か腑に落ちないなぁ…。
ナーオスに着くと、アンジュはすぐに大聖堂のあった場所へと足を進めた。そして大聖堂の前に立つと、俺たちを振り返ってこう言った。
「大聖堂には秘密の図書館があります。そこへ参りましょう」
「どうして秘密なの?」
「天上からの天啓を書き記した文献があるの。こういうものは一般には公開しないのよ」
「そんなん、ケチケチせんでエエと違うの?」
「情報っつうもんは独占してこそ価値がある。教会ていう大きな組織の利益を損なわないために必要な対応なんだろうな」
「そんなとこかな。じゃ、用意するからみんな待っててね」
にこりと微笑んだアンジュは多少怖かったけど、すぐに視線を逸らして大聖堂の端の方へ歩いて行った。ちなみに何で俺がアンジュを怖いと感じたかと言うと。さっきの話の中で俺が情報のうんぬんかんぬんの話をした時だ。何でそんな事知っているんだよ?みたいな目をしていたんだよ…。あー、怖かった。
「どうした?アンジュ?」
ホッと息を吐いた後にアンジュの方を見ると、ある場所に立ち止まったまま腕を組んで頭を捻っているアンジュがいた。眉間にしわが寄っている所を見ると、何かに悩んでいるようにも見える。
「いえ、扉を開けるレバーに最近誰かが触ったようなホコリの跡があったんだけど…」
どうやら誰かが侵入した跡を発見してしまったらしい。それはそれは警戒しなきゃならない事だな…。もしも誰かがこの中にいたとしたら、俺たちは非常にまずい状況だ。
「待ち伏せか?」
「私たちがここに来ることなんて誰も事前に予想出来たとは思えない。多分、警戒の必要はないでしょう」
アンジュは自己完結とも取れる決断をした後にあっさりと近くに隠してあったレバーを引っ張った。すると地面の下から階段が現れた。中はここから見ても分かるほどに暗いようだ。階段すらうっすらとしか見えない程だからな…。
「この地下が図書館。暗いので気をつけて」
アンジュが先頭を切って中に入って行くと、その後に続いてルカたちが入って行く。俺はそんな後姿を見ながら一人考える。ここはアンジュが秘密って言うんだからかなり貴重な資料などが入ってるに違いない。それを誰が狙うというんだ?天上の事なんて俺たち以外に知りたいという物好きがいると…?
「ま、行くしかないか…」
一旦考える事を止めて、俺もルカたちの後に続いて階段を下り始めた。
中は予想していた通り暗かった。けれども多少は明かりが入っていたので、仄暗いと言った方が正しいみたいだ。かなりの蔵書があるらしく、壁にまで高く本が積み上げられていた。
「うっわ、カビ臭っ!」
中に入った瞬間のイリアの第一声はこれだ。鼻を摘んで嫌そうに顔をしかめている。その隣に立っているスパーダもあまりにも多い本の数に、渋い顔をしていた。そりゃあ壁とい壁に入れられている本を見たら、余程の本好きじゃないと喜ばないだろう。
しかしエルは反対にちょっと入り組んでいるこの構造にかくれんぼしたい、と漏らしていた。
「はいはい、みんな聞いて」
手を叩く音が聞こえてそちらを見ると、アンジュがみんなを見渡せる場所で俺たちを見ていた。
「それじゃあ手分けして調べるよ。まずは地域別、年代別に本を選んで集めていく事が最初の作業ね」
アンジュのその説明を聞く前に行動していた人物が一人だけいる。それはかの有名な真面目君、ルカ・ミルダ君だ。やる事をあらかじめ理解していたのか、手際がいい。本を取っては捲り、戻しては他の本を取って捲り…。
「なぁ、アンジュ姉ちゃん」
突然エルが声を上げる。アンジュがその方向に向いて首を傾げると、エルは申し訳なさそうに頭を掻きながらこう言った。
「ウチ、字ぃ読まれへんねん」
本人はいたって真面目らしい。まあ、小さい頃からあそこにいたらしいから字を読めたないというのは本当だろうな。
けれどそんなエルを見て、不真面目コンビが目を輝かせた。
「俺、本読めねーんだけど」
「ワタクシ、ナイフとフォーク以上の重たい物を持てませんの」
スパーダとイリアはアンジュにそう申し出た。その言い方はちょっとめんどさそうな言い方になっていた。どうやらこの不真面目どもは是が非でも働きたくないみたいだ。てかイリア、お前の腰のホルダーに入っているものは何だ…?フォークより明らかに重いだろうが…。
「じゃあ、こうする。スパーダ君はルカ君の助手。イリアは私の助手。エルはリカルドさんの手伝い。これでサボったり出来ないでしょ?はい、では開始よ」
パンパンと手を叩いてそう言ったアンジュ。ちょっと待ってくれ。俺の存在を忘れられているような気がしているのは俺だけか?
「アンジュ?俺は…?」
「ラスティ君は一人でも出来るような気がするなぁ。何だかんだで責任感とか強そうだし」
にっこりと微笑んで言われると、その後ろに控えているブラックオーラが怖いじゃないですか…。これは有無を言わせない感じだ…。仕方ない、一人寂しく作業をするしかないようだ…。
「じゃ、よろしくね」
アンジュの笑顔が怖い…。逆らったら生きていけないような気がする…。触らぬ神に祟りなし…。
「んで?これは一体どういう事だぁ?」
一人で必死こいて本を探していた俺は、あんまり見たくない物を見てしまった。それは俺の目の前で惰眠を貪っている死神と龍がいたのだ。しかもめっちゃ気持ち良さそうに寝ている。見れば見るほど殺意が湧いてくるのは俺だけだろうか?
――起こさなくて良いの…?――
突然リリーの声が聞こえてきた。最近は突然聞こえてくる声に驚かなくなってきた。まあ、あくまでリリー限定でだけどな…。
しっかし、このまま起こした俺の苛立ちは納まらないだろう…。どうせならアンジュにチクって起こってもらった方が良いだろう。
――そう…――
さて、もうこいつらは放っておいて、信仰の盛んな場所を探さなきゃなぁ…。あんまり見つからないから苛々してきたし…。
――テノス…――
ん?いきなりどうしたリリー?テノスってあの雪国のテノスの事か?
――あそこは昔信仰が盛んだった場所があるの――
何でお前がそんな事を知っているんだ?
――………――
…分かったよ。聞かないでおく。
――ありがとう――
リリーが小さな声で礼を言うのとほぼ同時に、アンジュの声が聞こえてきて俺たちは一番初めにいた場所へと戻ってきた。戻ってきた時には、先程までぐっすり寝ていたリカルドとエルがしゃきっとした状態で立っていた。それを見るたびに怒りが込み上げてくるんだけど…。
ちょっとした報復のためにアンジュにこっそりと近づいてさっきの事を耳打ちすると、「もちろん気付いていたわよ?」と返された。物凄く輝いた笑顔で。そして後ろから溢れ出るブラックオーラに、近くにいたルカが青ざめていた。どうやら気付いてしまったようだ…。アンジュのブラックオーラに。
「じゃあ、みんな調べた内容を発表してみて」
アンジュの言葉に今まで固まっていたルカがハッとしたような顔をして自分の調べたものを書いたメモを取り出した。
「じゃあ僕から。ガラムのケムル火山では昔から独自の鍛冶の神様を奉じているみたいだね」
スラスラと答えたルカ。その後ろにいるスパーダは心底疲れたような顔をしている。そりゃあもうげっそりだ。きっと一生分の本を読んだんだろうな。
「そうね、あそこは鉱山だし、鍛冶職人が多いから、職業神として独自の様式が発展していったんでしょう。もとは同じ教会だったんだけどね。確か、ケムル火山が聖地とされていたかな」
「あと、アシハラって国だね。歴史が古く、異文化みたいだから何か手付かずに残ってるかも」
「行って見る価値はありそう。ラスティ君は?」
送られてきた視線は期待が込められていて、少しばかり申し訳ないような気がする。俺は大した収穫が出来なかったから。
「テノスって知ってるか?随分北にある雪国なんだが、そこに信仰が昔あったらしい。どういうものかまでは見つけられなかったが…」
「それだけでも十分。他にもガルポスにも行って見ましょう。リカルドさんは、何かありますか?」
アンジュもアンジュでちゃんと見つけていたようだ。さすが聖女様って所だ。自分の仕事は自分でする。それに比べ…。じっとりとした視線をリカルドとエルに向ける。その視線は俺だけじゃない。アンジュも爽やかに笑っているようだが、黒いのが少しばかり漏れている。
「いや、何も…」
「そうですか。ところで…寝心地はいかがでしたか?」
アンジュから一気にブラックオーラが炸裂する。俺はちょっと、と言うかかなりの距離を開けてその光景を眺めておいた。だって近づいてあのオーラに当てられたら俺きっと死ぬに決まってる!!
「………。暗くて静かだ。寝るにはこれ以上ない場所だな」
リカルドが諦めたような溜息と共にその言葉を吐き出すと、起こったのはもちろん一番サボる事が大好きなイリアだ。本当は誰よりもサボりたかったのに、アンジュの監視のせいで全く休めなかったのだろう。それに比べこの二人は何もせずに惰眠を貪るとは…。本当に、この人は俺の義父で良いのだろうかと悩んでしまうよ…。
「あんなぁ、めっさでっかい鼻ちょうちん出来とってんで」
こっちもこっちで諦めというか、普通に当たり前のように話をしている。エルはもう少し罪悪感というものを覚えた方がいいと思う。
アンジュは呆れたような溜息をつくと、エルの涎を指摘して、拭くようにと言った。その後思いっきり溜息をついてから俺たちを見回した。
「次、向かう場所がきまったようね」
アシハラ、ガラム、ガルポス、テノス。北から南まで行くって事になるな…。ガルポスはかなり南国だった気がするし。
船は、お義父さんが何とか手配してくれるでしょ。じゃないとここで寝ていた事の罪滅ぼしにはならないからな。何だかんだでアンジュが怖いお義父さんの事だ、絶対に船を手配するだろうな…。
さてさて、これからどうなるんだかな…。前途多難って奴?