紅色への思い


 
 
 
 
 
燃えるような紅。それは昔見たアレスと同じ紅色だった。ラティオを嫌い、嫌悪した時と同じような紅だった。全てに絶望し、拒絶したような紅だった。
その眼に光など宿っていなかった。暗い、深い深淵がそこには宿っていた。まるで死の淵に立たされた者のように深い深い闇があった。
その眼を見た瞬間、俺は何とも言えない感覚に襲われた。何故そんな眼をするのか。俺には全く理由が分からなかったけれど、その理由を知りたいと思った。そして少しでもその傷を癒せればいいと思った。何がその眼を深淵へと突き落とすのか、知りたかった。
一緒にいたかった。一緒にいて、その傷を知って俺もその傷の重みを背負えたら良いと思った。何も分からないけれど、ひたすらにそう思った。その眼を見なくて済む方法があるのなら、俺はそれを知りたかった。どうしてかなんて分からないけれど、単純にそう思ったんだ…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
エルが拳を構えて用心棒と戦おうとした時、後ろにいたはずのラスティが俺たちを押し退けるように前へと出た。そして俺の横を通り過ぎる瞬間、息を呑んだ。藍色だったはずの奴の眼が、その髪と同じような紅色になっていたのだ。ルカたちもその目を見て息を呑んだ。その眼は酷く冷たく、恐ろしい程の怒気が含まれていた。下手したらこちらが呑まれてしまうのではないかと思ってしまう程の。
ラスティはゆっくりとリリーを引き抜き、相手に向かって言い放つ。
本気で来い。
その声も、眼と同じように濁ったように聞こえた。そして眼と同じようにその声にも怒気が含まれていた。そして殺意がもれていた。相手を殺さんとする、殺意が…。
その状態のラスティは圧倒的に強かった。そして容赦もなかった。ただ相手を殺す事だけに専念しているようだった。またしても恐ろしいと思った。あんな顔を初めてみた。ただ怒りと殺意だけを含んだ表情を。
そんなラスティの行動を止めたのはリカルドだった。元々用意してあったのだろう麻酔銃を撃ってラスティの暴走を止めた。ラスティは地面に着地するとそのまま地面へと倒れてしまった。近くにいた俺はすぐさま駆け寄ってその体を抱き起こす。眉間にしわが寄っているが、先程のオーラは感じられなかった。呼吸もちゃんと正常だ。ホッと息を吐く。それからどこかにラスティを寝かせた方がいいと思うけれど、俺より身長のあるこいつを背負う事なんて出来なくて困惑していると、リカルドが手を伸ばしてきた。その手はラスティの腕を掴むと、いとも簡単にその体を背負ってしまった。
 
 
「一度宿を取ろう」
 
 
リカルドの言葉に、みんな静かに頷いた。何だか悔しい気持ちになったけれど、今はラスティの事が心配だったから意識の外に追いやっておいた。
ふと視界の端を見ると、先程の用心棒がエルに謝罪していた。どうやらヴリトラの事を知っているみたいだった。俺はそれを一瞥した後に、リカルドの後を追って歩き出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
静まり返った宿屋の一室。そこにはリカルドとアンジュと俺と、目が覚めないままのラスティがいた。他の奴らは兵士に見つからない程度の息抜きをしている。何故俺がここにいるのかと言うと、ラスティが心配だったからだ。先程の紅色の眼が、気になっていたのもある。
 
 
「リカルドさん、ラスティ君の先程の状態は…?」
 
 
先程の状態。
濁った紅色の眼。冷たい殺意を含んだ言葉。容赦のない攻撃。それら全ての事だろう。
 
 
「分からん。俺がいる時は見たことがない」
 
 
リカルドはそう言って口を閉ざした。言う事が思いつかないのか、または思い当たる事があるけれど言えないのか…。そう考えていると、リカルドが重い口を開いた。
 
 
「トラウマ、かもしれん…」
 
 
ぽつりと漏らされて言葉を俺たちは聞き取った。トラウマ…。
 
 
「…本来、これは俺が話すべき事ではないのだろう。だが、奴はこの事について絶対に口を割らないだろう。だから、俺は俺の知っている事を話そう」
 
 
リカルドの言葉は酷く重かった。本人の預かり知らぬ場所で勝手に話して良い事ではない。リカルドはそれを知っていながらも、覚悟を持ってこの事について喋るのだろう。だから俺たちも覚悟を持っていなければならない。
リカルドは未だに寝ているラスティを一瞥した後にゆっくりと話し始めた。
 
 
「俺が始めてこいつに会ったのは戦場だった」
 

ラスティの両親は王都で暮らす普通の人だったらしい。
そしてその二人の間に生まれたラスティは、人間とは思えない異能の力を持って生まれた子供だった。
二人は自分たちの子供であるにも関わらず、ラスティを嫌悪し、遠ざけたらしい。
そんなある日、ラスティが剣を振るっていたのを見た両親は軍に取り入ろうとした。その頃の軍は力を必要としていて、どんな力でも欲していたらしい。
そこで二人は異能の力を持つラスティを軍に引き渡した。嫌悪している者がいなくなる事と、そのお礼として金を受け取れる事は一石二鳥だった。
そして軍に入ったラスティはその子供故の残忍さを出すために訓練された。やがてその能力は完全に開花し、命令した事を完璧にこなす人形のような状態になっていったらしい。そして周りの奴らはその残忍さを恐れてラスティを恐れるようになったらしい。
 
 
「あいつは、子供を虐げる大人や、金や権力にしがみ付く醜い大人が嫌う」
 
 
醜い大人、子供を虐げる…。全て自分が経験した事あるから…。
 
 
「そして奴は自分にけじめをつけるために俺の元から離れ、一人で王都に行った。ここはあいつの故郷だからな」
 
 
王都が故郷。けれどここはあいつにとったら最悪の思い出しかない場所。両親に裏切られ、軍に利用された場所。あんな風に明るく振舞っているけれど、本当は最悪な思い出しかない場所なんだ…。
 
 
「現在ご両親は?」
 
 
「死んだ。何年か前に…」
 
 
何やら含みを持たせた言い方をしたリカルドに引っ掛かりを覚えたが、それはきっとリカルドから聞くべき事じゃない。それはラスティ自身から聞かなきゃいけない事なんだ。
リカルドは義父と言われているだけあってラスティの事を良く知っている。そりゃあ会ったばかりの俺があいつの事をよく知らないのは当たり前だけど…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
俺は結局の所、あいつの一番にはなれないと思う。この感情がそういった意味合いを持っているかすら、俺には理解出来ていない。けれど、悔しかった。俺はいつだって大勢の中の一人なのかと、思い知らされているようで…。
なりたいと思った。あいつの一番に。なれないと分かっているけれど、頑張ればなれるんじゃないかって、そう思った。理解できるようになりたい。あいつの気持ちを。いつも飄々としていて、強くて周りを笑わせてばかりのあいつの本当を。
抱えてやりたいと思った。あいつが抱え込んでいるであろう何かを。支えてやりたいと思う。強がっているあいつを。
今はまだ一番じゃない。けれど、いつか一番になりたいと思う。
 
 
 
 
 
この気持ち、お前に伝わるといいな。
 
 
 
 
 
 


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -