憎むべき者たち


 
 
 
 
 
外が騒がしい。何かの悲鳴のような声と、怒号のような声がこの地下にも響いてきている。嫌な予感が…する…。
背筋が凍るような冷たさが俺の体を駆け巡る。自分の腕を抱き締めたい衝動を抑えてルカたちを見ると、何事かと驚いているみたいだ。その中で一人、エルマーナだけが理解したのか、慌てたように梯子を駆け上がっていった。ルカたちはその様子を見てただ事ではない事を理解したのか梯子を急いで上っていった。
 
 
「ラスティ」
 
 
何かを悟ったようなリカルドの声が聞こえてきて、緩慢な動作でそちらを向くと、無表情のリカルドが俺の事を見ていた。その目はこれから起こるであろう何かを理解している目だった。リカルドは俺と付き合いが長い。なんて言ったって仮にでも親子関係を持っているのだ、分からない方がおかしいのかも知れない。
 
 
「お前はもう守るべき者があるだろう」
 
 
俺を、幼き日の俺を救い出してくれた時のような声で奴はそう言った。その声は俺にとってとても温かくて、満たされるものだった。その声だけで、俺はこれから起こるであろう出来事を乗り越えていけるような気がした。
リカルドは俺の表情が変わった事に気付いたのか、背を向けて梯子を上って行ってしまった。大丈夫。俺はこれから先、何があっても前に進むと決めたんだ。もう立ち止まる事は無い。そう心に決めてから、俺は梯子を上って行った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「この子たちが何をしたと言うのです!」
 
 
アンジュの怒りに満ちた声が聞こえてきた時、俺の目に日の光が飛び込んできた。そして目を凝らして見つめた先には、怒りに震えるアンジュと、どう見ても裕福そうな格好をした男がいた。後ろに二人男が立っている所を見ると、雇われていると考えるべきだろう。
 
 
「ふん、あんたのようなお嬢さんなら耳に入れたことを後悔するような薄汚い行為を繰り返したんだよっ!」
 
 
男は忌々しげにそう吐き捨てると、後ろに控えている男に掴まっている二人の少年少女を睨み付けた。その服装はぼろぼろで、とても恵まれていない事が分かった。その二人の子供は何とかその拘束から逃れようと身を捻っているが、男が強いのか全くビクともしていなかった。
 
 
「おっさんよぉ、参考までに聞くけど、その子ら、どーなるんだ?」


「知れた事!ガルポスの農場に連れて行くんだよ!あそこでは労働力が貴重でな。いい金になるんだ」


「酷い!そんなの酷すぎる!」
 
 
男はこの子たちの自由を奪うつもりでいるらしい。労働力なんて…。お金なんて…。大嫌いだ。権力を持っている者だけが優遇されて権力を持たない幼い子供ばかりこんな酷い目に合わされる。大人だからとか、そんな事で子供を虐げて良いわけが無い。俺たちだって意志を持っているし、自由になる権利を持っている。なのに、身勝手な大人たちにその権利を奪われて、働かされるなんて、理不尽だ。横暴だ。
 
 
「ふん、薄汚いコイツらが悪いんだ!さっさとくたばってくれれば、こんな手間をかけずにすんだんだかな!」
 
 
大人は自分勝手すぎる。自分の事ばかり大好きで、人の心を、俺たち子供の心を平気で踏みにじる。子供はいつだってそれに耐えてきた。いつだって我慢しなければならないのは俺たち子供の方だ。何でだ?何で?大人だから偉いとかそんなもん関係ない。本当に偉いのは権力に頼らない奴に決まっている。でも、それでも大人は汚くて、権力ばかりにしがみつく。醜い…、醜くて見ていられない。嫌いだ、自分勝手な大人なんて…。
 
 
「…んな、アホな。ウチかて、好きに生まれて来たんとちゃう…」
 
 
何故なんだ…。何故エルは泣きそうになっているんだ…。何故こんな苦しい思いをしなければならないんだ?俺たちはいつだって自由に生きていて良いのに…。でも、それを大人が許さない…。
リカルドは言っていたのに…。子供は笑顔であるべきだって。ただ無邪気に笑っていればいいと…。なのに何故、エルは泣きそうになっているんだ…。笑顔なんてどこにも無い。ここにいるのは苦しそうに、悔しそうに顔を歪める事しか出来ない俺たちがいる。笑えない。
 
 
「オラ、お前ら!とっとと失せろ!」
 
 
嫌いだ。子供の自由と意志を奪う連中なんぞ。消えればいい。子供たちから笑顔を奪う存在なんて…。
 
 
「ちょお、待ちぃや…。その子ら置いてってもらうで?」
 
 
エルの怒りに満ちた声が聞こえてくる。そうだ、怒るしかない。このやり場の無い怒りを、大人たちに、元凶である奴らに向けるしか、方法は無いんだ。
後ろに控えていた男のうち、痩せた方の男が手に持っているナイフをチラつかせながらエルの方へと歩き出そうとしていた。しかしエルの怒り、ヴリトラのオーラに当てられたのか情けない声を出して去っていく。
俺はそんな後姿を眺めながら前へと進み出る。先程まで子供たちを抑えていた男がエルの前に立つ。俺はルカたちを押し退けて、その男の前に立つ。周りから聞こえる声なんて、単なる雑音にしか聞こえない。今はただ、この怒りをぶつけたかった。この目の前にいる男に。
 
 
「ふん…、ガキのくせに、大した闘気じゃのう〜」
 
 
余裕そうな顔で俺を見下ろす男に、さらに苛立ちが増した。子供だからとなめたような顔をしているこの男。俺たちがいつまでも下手に出ていると思うなよ…。
眼が、熱を帯びてきた。疼きも加わって、俺の中の何かを駆り立てる。心臓の音も大きく聞こえているようだ。早く目の前の者を倒してしまえ。邪魔する者を排除しろ。自由を!意志を取り戻せ!まるでそう叫んでいるかのように眼の熱と疼きは徐々に強くなっていく。全てが味方になったようだった。俺の全てが俺の意見に賛成しているようだった。
 
 
「ちょっくら、遊んでやろうかのぅ」
 
 
背負っているリリーを引き抜く。それと同時に目の前に立っている男の姿がぼやけて見える。おかしいな。目の前にいる敵を倒さないといけないのに、そいつの顔がよく見えないなんて。
 
 
「本気で来い」
 
 
低い声がでた。まるで自分じゃない誰かの声だった。自分はこんな声も出せるのかと変な所で暢気に考えていた。
やがて目の前の男の姿が大きく変わる。見た目は鬼のようだった。けれど、それがどうした。目の前にいるのが鬼だろうが転生者だろうが俺には関係ない。こいつは敵だ。倒さなければならない忌々しい敵。それ以上でも以下でもない。
 
 
「おらぁあああ!!」
 
 
男の大きな拳が目の前に迫る。怯える必要なんて無い。こいつは俺より弱い。こんな隙だらけの攻撃なんて、軍にいた俺からしたらスローモーションと同じようなものだ。
 
 
「疾風…」
 
 
脚に風を纏わせて一気に上空へと飛び上げる。男は俺が一気に視界から消えたためか、少し同様を見せている。それを見下ろしながらリリーを構える。全てを灰と成す神の力を受けてみるがいい!
 
 
「第四神、灰神!」
 
 
リリーから吐き出されたのは全てを燃やし尽くす聖なる焔。俺の意志以外で決して消える事のない焔。その焔に触れたものは全て灰になる。
その焔がその男にぶつかる前に、視界の端でそいつは動いた。
パン、という発砲音。それと同時に肩に痛みが走る。肩を撃たれたようだ。その衝撃により俺の手からリリーが滑り落ちる。そして灰神も疾風も同時に消えてしまう。俺は撃たれた肩を無視してもう片方の手でリリーを掴もうと伸ばす。しかし奴はそれを予測していたのか、もう片方の腕も撃ってきた。もう俺の両肩は動かなくなっていた。何やら即効性の麻酔でも仕込んでいたらしい。
もうリリーは捨てておいて、天術で攻撃する事にした。上手く地面に着地して、詠唱を口ずさむ。
 
 
「古より伝わりし浄化の炎…」
 
 
もう少し、後は術の名前を言うだけだというのに、体がいう事を効かずにぐらりと倒れる。目の前の景色も霞んでくる。どうやら俺の判断は甘かった。睡眠作用の何かも含まれていたようだ。
くそっ!まだだ…まだ眼が疼く。目の前の奴を倒せ!全てを奪おうとする者を消し去れ!そう叫んで止まないんだ…。
 
 
「すまない」
 
 
唐突に、聞き慣れたその声が耳に飛び込んできた瞬間、今まで熱を疼きを帯びていた眼が一気に醒めだした。落ち着いたその声は俺の心に染み込んできた。
やっぱりあんたにはいつも迷惑かけてばっかりかも知れねーな…。悪ぃ、後は任せた…。
 
 
 
 
 
 


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