待ってた


 
 
 
 
 
じめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめ……。
じめじめじめじめじめじめ……。
じめじめじめ………。
ああ、じめじめ…。


「しつこいんだよっ!」


ずっと永遠とじめじめ言っていたらスパーダがこちらに走りながら華麗に跳び蹴りをかましてきた。俺はそれをまるで芸人のように受けて地面をごろごろと転がっていった。
くっ!奴のツッコミスキルは徐々に向上している…!


「んなスキルいらねぇ!アンジュに言いつけるぞ!」


ツッコミの向上を褒めただけなのにそんな扱い酷すぎる!てかマジでアンジュにチクるのだけは勘弁してもらいたい!アンジュの腹黒モードはある意味魔王降臨に近いイメージがあるからだ!


「よし、それをアンジュに言ってやる!おーい!」


「わー待て!早まるな!!」


今にも大きな声でアンジュを呼ぼうとしたスパーダの口を手で押さえて何とか寸前で止める。マジで魔王が降臨なされる所だったぜ…。スパーダは命知らずか!?てか何でお前は俺の心の声が聞こえるわけ?エスパーか?ツッコミだけでは満足せずにエスパーまでをも極めるつもりか!?俺は認めんぞ!そんなツッコミ!


「お前が単に口走っているだけだ」


「もちろん確信犯だ」


「ではセレーナに怒られるのも確信なのだな」


「ちょ!裏切り者はまさかのお義父さんか!?」


ゆっくりとアンジュの方に歩き出そうとしたリカルドの方にスパーダを投げ捨ててその足を止めた。そしてそのまま無駄に身長の高い体にタックルして背中にくっ付いた。
おい、誰だ!亡霊みたいだって言った奴!これは立派な作戦だ!お義父さんに付いていれば俺にアンジュの魔王が下ることは無い。…たぶん…。


「ええから行こうや…おもろいコントせんと…」


後ろからそれを見ていたエルマーナは酷く冷めた目でこちらを一瞥するとルカたちの方へと歩いて行ってしまった。何なんだ!キャラが違くないか!?酷いぞ、みんなして!!
なんて考えていたらリカルドに背中から剥がされて地面に投げ捨てられた。見ればスパーダも俺を置いてさっさと先に進んでいた。そして今お義父さんにも置いていかれようとしていた。ちょっと、待って!!マジで!
 























「喰らえや!フレイムバースト!!」


「うおっ!?」


鍾乳洞からわんさか出てくる魔物を火系の天術で蹴散らしながら…。


「わざと俺を狙うなっ!」


魔物を…。


「このやろっ!」


「ぐぇっ!?」


目線を逸らしながら魔物を蹴散らしていたらスパーダに鳩尾を殴られた。ちょ、急所なんですけど…。なんて目線で訴えると、今度は俺がそっぽを向かれてしまった。まあさっきの腹いせとして天術を当たるか当たらないかぎりぎりで発動したのは悪かったけど、そんなことまでせんでも…。


「みんな、階段があるよー」


少し離れた所からルカの声が聞こえてきて、まだ痛む腹を押さえながらそちらへと行くと、確かに階段があった。けど、鍾乳洞って暗い場所でなおかつ下に向かって階段があるもんだから、下の様子が全く窺えない。これは遺憾だな。


「魔物の気配はしないな」


「よし、なら大丈夫だ。スパーダ、逝って来い」


俺の前に立っていた隙だらけのスパーダを階段の上から蹴落とした。スパーダは華麗に階段を転げ落ちて、一番下と思われる場所で蛙が潰された様な声を上げた。どうやら命に別状は無いらしい。
そしてそんな俺を見たルカは微かに顔を青ざめさせていた。
安心しろ、ルカ。俺はお前をスパーダみたいに階段から蹴落としたりはしない。ただ、精神的に弄るだけだ!


「あ、安心出来ない言葉だよ…!」


ルカは俺の心の声(思いっ切り口走っている言葉)を聞いてさらに顔を青ざめさせてスパーダが蹴落とされた階段を思いっ切り早く駆け下りて行った。どうやらルカも酷く単純らしい…。


「凄く嫌な趣味ね、ラスティ君?」


「軽い冗談のつもりだったんだがな…」


「じょ、冗談に聞こえないわ…」


イリアも微かに顔を引きつらせていたが、俺は気にする事無く階段を下りて行った。リカルドも俺のこれに慣れているので顔を一つも動かす事無く後をついて来た。もちろんアンジュやイリア、エルもちゃんと後をついて来たようだ。下まで下りて行くと、何やらスパーダが死んでいて、ルカが慌てたような顔をしてオロオロしていた。


「どうした?」


「どうしたって…」


お前のせいだろ、とルカの口調じゃない声が飛んできたような気がしたが、俺は全力で無視をした。そしてスパーダに目線をやる。胸の呼吸は正常。ただうつ伏せで表情が見えないだけだ。何となくどういう状態か分かっているが、とりあえず声をかけてやる事にした。


「生きてるかー?」


いかにもやる気の無いように声をかけると、スパーダは緩慢な動きで起き上がり、俺の胸倉を勢い良く掴んで思いっ切り頭突きしてきた。
その衝撃はまさに表現し難い物だった。あえて言うなら一瞬だけ楽園が見えた気がした。ああ、遠くで天使が手を振っているよ…。


「ふ・ざ・け・ん・な!マジで死ぬかと思ったんだぞ!!」


胸倉を掴んだままめちゃ揺す振られている俺はほとんど声が届いてないです。今は楽園しか目に入ってないのさ…。


「いい加減にしろ」


リカルドからのチョップにより、俺の意識は現世へと帰ってきた。


「はっ!もう少しで可愛い天使のいるあちら側の世界に行く所だった…!」


「そっちに行ったら明らかにまずいでしょ!」


額を押さえて首を振ると、イリアがツッコミを入れてきた。
まあ確かにもう少しでご臨終する所だったぜ。ナイスだとっつぁん!


「ねぇ、これなんだろう…」


今までの会話をまるで聞いていなかったのようなルカの突然な発言に、スパーダが若干哀れむような視線を俺に向けた。あれ、デジャヴ?


「これは祭壇ね。この文字から見ると、ずいぶん古い形式のものみたいね」


ルカの質問に何事も無かったかのように答えるのはもちろん我らが聖女、アンジュ・セレーナ様だ。そしてみんなの視線は一斉に祭壇へと向けられる。随分と古い祭壇で、ここがもう廃れきっているのが分かる。まあ、こんな変な所に来る奴なんていないだろうけどよ…。


「文字が古いって何だよ?あんなのに新旧あんのか?」


もう痛みも引っ込んだのか普通に戻ったスパーダが立ち上がって祭壇の方へ近づいて、そこに書かれている字を眺める。それに倣うように俺も立ち上がり、祭壇の字を見る。
なるほど、こりゃあ確かに読めるもんじゃねーな。


「そりゃああるだろうな。天上から下ろされた直後らへんは、天上の文字だったろうよ」


「その文字が長い時間がかかって、少しずつ変化していって、今の形になったのよ」


歴史っちゅうのは非常に面白いもんでな…。進化と衰退を繰り返して生まれていくもんだ。この字だってその衰退の波に呑み込まれた昔の産物に過ぎん。


「…不思議だな。見慣れない文字だというのにあらかた意味がわかる」


いつの間にかリカルドも祭壇に近づいてその文字を眺めていた。
てか、俺はリカルドの発言に驚いていた。この文字が読めるらしい。いやぁ、びっくりだわ。


「前世、ってやつだな…」


その言葉を聞いてなるほど納得が出来た。天上の記憶を持っている俺たち転生者ならば何となくこの文字を理解できるって…。あれ、でも俺読めねーし…。まだ前世の記憶が薄いからだろうかな…?まあいいや。


「罪を悔い改め、反省を終えた。だから天に戻してくれ、といった内容の経文のようだな」


「このような経文は教会が今の形式に統合される以前の原始的な宗教に見られます。そしてこの規模を考えるとここはかつての信仰の中心的な役割を果たしていたのでしょう」

「なんで寂れちゃったの?」


ルカが何の疑いもその事をアンジュに尋ねる。
うーん、嫌な予感…。


「それを語るには、教会史書を五冊分の内容を講義しないとね」


ああ、はい。やはりこの人は予想を裏切らない笑みを浮かべて下さった。ルカも思わず恐縮している。怖いよな、アンジュ…。
そして俺はそんなアンジュから視線を外してただ祭壇を眺めていた。俺の刀であるリリーならば、この天上の文字を解読できるのだろうか?しかし、リリーと会話している間は周りの注意が散漫になるから、みんながいる前ではあんまり話したくは無い。それに、もしもうっかり口走っちゃったりしたら問い詰められるのは必須だ。だからリリーと会話する時は誰もいない時と決めている。まあ、リリーが勝手に喋る分には問題無いんだけどな。


「ラスティ君?みんな行っちゃうよ?」


アンジュに声をかけられた事により、俺は自分が想像以上に考え事をしていた事に気付いた。周りを見ればアンジュと俺以外はいなくなっていた。どうやら先に行ってしまったようだ。


「ラスティ君って考え事すると周りが目に入らなくなっちゃうタイプなのね。でも、それって迷子の原因になりそうだから気をつけてね?」


黒いオーラは皆無。つまり通常版のアンジュが警告する。俺はそれに若干適当な返事をしながら、アンジュが歩いて行った方へと足を進めた。
みんなは先についてしまったようだが、一番奥には何やら謎めいたものが存在していた。明らかに怪しいですって感じのもの。具体的に言えば床に広がる光の渦。大体大きさはタライ程度じゃないかと思われる。


「これは…」


「知ってるの?アンジュ」


アンジュはその光の渦を見ると、顎に手を添えてその光を眺めていた。どこか昔を思い出すような表情をしていた。そんなアンジュの表情を見てこの光の正体を知っていると確信したルカが尋ねる。その問いに答えようとした瞬間、イリアが一歩その光に進み出て、その前でしゃがみ込む。


「触って大丈夫か?」


「平気へーき!ほら、別に危険は…」


好奇心旺盛すぎるイリアがその光の渦を触ろうと手を伸ばした瞬間、その光の渦が見た事も無いほど強い光を放って俺たちの視界を白で染め上げた。
 























 
『聞けぃ!!』


その声にハッとして目を開くと、そこは闇が支配するような暗い世界だった。日の光というものが窺えない。夜…なのだろうか…?
周りを見回すと、ある一点に視線が向いた。そこには逞しい体付きをした奴が大剣を片手に天に向かって吼えるように叫んでいた。その場にいた者は全員動きを止め、そいつに目を向けた。


『このアスラ、この一戦をもって天上界統一を果たしたと宣言する!』


奴がアスラ。センサスを統べる将軍で、アレスの事を認めていた人物…。
アスラが天上統一宣言をすると、その場にいた白い色をした生き物が一斉に興奮したような声を上げ、紫色した生き物ががくりと肩を落としていた。この白い生き物がセンサスの兵士たち…。そして紫色の生き物がラティオの…。
そして不意に視線を微かにずらして見ると、アスラの横には幼い少女が無表情で立っていた。
紅色の髪。鮮血を浴びたような紅色の髪に目線が向く。そしてその瞳は髪と同じように紅色をしていた。その瞳に感情の一片すら窺えない。まるで昔の俺を見ているようだった。けれど、その少女は少し俺とは違っていた。その瞳のずっと奥。そこには押さえ込まれた感情が覗いていた。この少女は感情が分からないんじゃない。それを表に出してはいけないという気持ちに駆られているだけなんだ。
そう思って少女を眺めていた次の瞬間、瞬きをした程度だったにも関わらず、その少女は俺の方へとその紅色の瞳を向けていた。明らかに俺を見ている。
何故…?これは、現実じゃないんだろう…?
頭が混乱して働かなくなっているうちに少女が微かに唇を震わせた。


『――――』


戦場の喚起に紛れてしまいそうなほど小さな声は、確かに俺の鼓膜を震わせて、この耳へと届いたのだった。
 
 
 
 
 
 


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