戦場の紅


 
 
 
 
 
一番最初に奴に会ったのは戦場だった。それも酷い乱戦の時だったと記憶している。
俺はいつだって戦場に身を置いている。どんな状況に陥ろうとも冷静になれる自信は持ち合わせていたつもりだった。
だが、奴を見た時は酷く驚いた。
小学生程度のガキが、真っ赤に血塗れた状態で、そのガキの体格には到底合わない刀を引きずっていたのだから。やけに研ぎ澄まされていたその刀は血で染まり、元の色など認識出来ないほどだった。
ガキは赤と言うには生易しいほど血に濡れていた。
紅。
その言葉が似合うほど血に濡れていたのだ。
そのガキは俺の姿を見て慌てるでもなく武器を構えるでもなく、ただ値踏みするように視線を向けただけだった。そして興味が無かったのかそのまま刀を引きずるようにして去って行った。
紅に濡れた体と同じくらい紅色の髪が風になびいていたのを強烈に記憶している。あの光景は忘れられないだろう。あまりにも有り得ない現実離れした光景だったのだから。
 
























また、奴に会った。
今度もまた戦場だった。
だが奴の近くには上官と思われる人間が立っていた。
おそらく指揮官だろう。
そいつは酷く冷たい表情で奴を見下していた。まるでそれが物であるかのような目だった。
俺は静かに遠くからライフルを構え、その指揮官を撃ち殺した。そいつが俺のターゲットだったからだ。指揮官は頭を打ち抜かれ、その場にぐらりと倒れて死体となった。
奴はそれを何の感情もこもっていない目で見下ろす。そこには何も無かった。焦燥も恐怖も、何も無い。無。そこには無があった。
どうしてお前はそんな目をしている?
俺は問いかけてみたくなった。ここまで無を体現しているこのガキに。人形のように動かずに黙っているこいつに。
するとこいつは何でもない風に淡々と、答える。
自分には感情が必要ないから、と。
その言葉はあまりにも子供離れしていた答えだった。病気や性格ではなく、それが当然で、周りがそれを望んでいると、奴はそう言った。
お前はそんなに苦しそうな顔をしているのにか?
その目の奥に宿る何かは蠢き、悲しみを表現していたので、そう問いかけてみた。するとそいつは今まで虚空を眺めていたのに、緩慢な動きで俺の方を見る。その目は身に纏っている紅とは反対に、海のように蒼かった。
苦しい…?それは何…?
それが…人、なの…?
俺を仰ぎ見るその目には確かに感情があった。人形のようなこいつにも確かに感情が存在していたのだと思って、俺はどこか安心した。
どうして…?
困惑と恐怖。知らないものを知ろうとする時の子供とは正反対。大人みたいな奴だった。新たな事に踏み込む事に恐怖し、その一歩を踏み出せずにいる。俺はそんな奴の近くに歩み寄った。そいつは微かに震えていた。
ガキにはまだまだ学ぶべきことがある。お前はそれを知らないだけだ。
俺はいつの間にかそいつに手を伸ばしていた。
哀れに思ったのかもしれない。感情を押し込め、戦場以外を知らないこの人形のようなガキに。
だがそいつは俺の手を見ると、怯えたように一歩後退さった。
それは何…?
か細い声に、戸惑いが窺えた。俺はそいつの戸惑いを無視してその手を掴む。一瞬肩を跳ねさせたが、何もしないと分かると恐る恐るこちらを見上げてきた。
掴んだ手にはべったりと血が付着したが、気にせずに手を引いた。
温かい…これは、何…?こんなの、知らない…。
ぎゅっと力を込められた手。紅に染まった手の間から窺える肌色は青白く、とても弱弱しい印象を受けた。
子供は大人に甘えるべきだ。
その言葉に握られている手に力がこもった。
でも、父さんや母さんは…俺を軍に売った…。軍も、俺に人形になれと命令した…。
そう言って顔を俯かせたそいつは、初めて歳相応に見えた。その声は微かに涙を帯びていた。
何も…知らない方が良い…。大人はそういう汚い事をするもんだ。
矛盾している。
先程は知った方が良いと言ったのに、知らなくて良いと言った。
酷い矛盾だった。だが、こいつはまだ何も分かっちゃいない。こいつの両親がした行動の意味や、軍の人間が言った言葉の意味を。だからまだ知る必要は無い。まだ、な…。
軽く手を引っ張ってやると、あっさりとついてきた。小さな歩調に合わせてゆっくり歩いてやるとそいつは俺のペースに合わせようと足を忙しなく動かしていた。
名前は?
ラスティ・クルーラー。
ラスティだな。どこに住んでいる?
軍の施設…。
そうか…。
こいつは何も知らない。ここがどれだけ汚く、恐ろしい場所なのか。どれだけ浅ましいのか。何も、知らない。
同情、と言ってしまえば簡単かも知れないが、俺はそんな感情ではないと思った。もっと違う感情。言い表しようの無い感情だと思う。
 

























マンホールの蓋を開けて梯子を降りた先には開けた場所があった。少し汚れているがソファや簡易なベッドなどが置いてあった。ベルフォルマはこんな所で寝泊りをしていたのか…?少しばかり眉間にしわが寄る。


「おや?」


ラスティが俺の後ろからひょっこり出てきて下水道の先を見る。その先にはミルダたちともう一人小さなガキがいた。何やら話をしていてこちらに気付いていないようだ。ラスティはその小さなガキに興味を持ったのか、俺の後ろから離れてガキの方へと近づいて行った。


「なぁにやってんだ?」


ラスティが声をかけると漸くこちらに気付いた小さなガキが駆け寄ってきた。そして俺たちを見上げると感嘆の息を吐いた。


「あんたたちもウスラデカいなぁ。ウチはエルマーナ言うねん」


ガキがそう言ってにかりと笑うと、釣られたようにラスティも笑う。その顔は年齢通りの笑顔だった。作ってもいないちゃんとした笑みだった。
ガキはラスティと軽く会話を交わすとミルダたちの方へ駆け寄って俺たち全員を見渡せる位置に立った。


「さっきこのルカ言う人に話は聞いた。あんたら、取引せぇへん?」


「取引相手として…」


「おっけいおっけい!話してご覧なさい!」


話の途中をわざと遮ったラスティの頭に拳を振り下ろすと、奴は頭を押さえたまま蹲った。俺はそれを見下ろしながら溜息をついた。こいつはいつもいつも俺の話を遮るのが大好きだ。おかげで話が全く進まなかった事も多々ある。


「少しは話を進めようと思わないのか?」


呆れたように息を吐いて言うとラスティは頭を押さえたまま立ち上がって俺の事を睨み付けた。


「どうせ断ろうとしてたんだろ!この鬼、悪魔!冷血男!仕事が恋人のくせに!いてっ!?」


ありもしない事を吹聴しようとするラスティをもう一発殴って黙らせる。こいつは良くそういうと事を言うくせがある。本人曰く単なる冗談らしいが、相手が信じたら冗談ではないと思う。
すると殴られたラスティは目に涙を溜めた状態でさっきのガキに抱きつこうとしていた。が、そのガキはそれをあっさりとかわし、ラスティを無視していた。


「ウチら、情報収集はお手のもんやねん。必要な情報、拾といてあげるわ」


「その代わり?」


「自分、話早いなぁ。鍾乳洞の奥に金目のモンがあるっちゅう話やねん。それ、取ってきてもらえへん?」


「金目の物って、宝石とか?」


「宝石な!エエなぁ。女の子の憧れやねぇ。でも、そんなん違うねん。キレイな地下水と湿気で生える、長寿の霊薬とかなんとか、そんなキノコがあるらしいんやわ」


ラスティが地面に転がっているにも関わらず進んで行く話に、ベルフォルマが哀れな者を見るような視線を奴に向けていた。
だが実際、ラスティは打ちひしがれているのではない。おそらくこの話を聞いて、このガキの手助けをしてやりたいと思っているのだろう。こいつは常は冷静で冷酷な部分があるが、妙な場所で人間じみている。特にガキに対して甘い所がある。もしここで俺が断っても、あいつは絶対にこのガキを助けるために一肌脱ぐに決まっている。そして最終的にそれに巻き込まれるであろう。


「どうする?このガキの言う情報の精度がまるでアテにならないが?」


どうせラスティは何があってもやると言い出すに決まっている。分かっているが、一応確認を取らなければならないだろう。


「やる」


案の定ゆっくりと立ち上がったラスティはその表情を上手く隠しながら上体を起こした。いつものような茶化したような明るい声ではなく、真剣な、低い声だった。


「ラスティ…?」


ミルダが驚いたような視線を向けると、あいつはまた明るく笑った。明らかに嘘だと分かる笑いだった。俺にだけにしか分からないかも知れないが。


「こんな可愛い子に苦労させるワケにはいかないだろう?」


最早こいつの特技になりつつあるこの作り笑い。
あいつはいつだって笑みを作る。
本当に笑えない時にこそ綺麗な笑みを作る。そしてそれはあまりにも巧みすぎて誰にも気付かれない事が多い。
何度も止めろと言ったにも関わらず、こいつはいつまでたっても止めやしない。


「契約成立!いいだろ?な、エルマーナ!」


「兄ちゃんめっちゃ良い奴やん!」


誰も気付かない。こいつの完璧すぎる笑み。それを知らずに飛びつくガキ。そしてそれを微笑ましく見ているセレーナ。誰も気付かない。


「………」


ただ一人、ベルフォルマだけが納得がいかない顔をしていた。
 
 
 
 
 
 


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