親殺しの笑み


 
 
 
 
 
親に甘えるのはガキの特権だ。
なーんてかっこいい事を言ったのは俺のお義父さん。どうもあの人は少し会わない間に臭い事を言うようになったらしい。激しく残念だ。
俺はもう親に甘える歳じゃねぇし、甘えたくない。ま、お義父さんだったら甘えてやらなくもない。けれど、本当の両親に甘えるなんて有り得ない。俺は両親が大嫌いだ。だから自分のファーストネームが嫌いだ。だからあいつらの顔なんて二度と見たくない。
まあ、もう見ることなんて二度と無いんだろうがな…。


「さあて、それじゃ転生者を探しましょ!」


意気込んで声を上げたのは何故か転生者探しにノリノリなイリア。しかし周りの反応は冷め切っている。と言うより困惑の色が強いかも知れない。


「てかさ、適応法が可決された今、転生者は街にいないんじゃないか?」


「隠れているいる人が絶対にいるはずよ」


諦めさせるような言葉を言われても、イリアは全然もろともしない。ある意味強い。強敵になる事間違い無しだ!しかし、イリアの言葉にもちろん批判が飛ぶ。
どうやってあぶりだすつもりだ?第一、会ってくれるのか?などと言う質問が出ると、イリアは唸っている。どうやらぐうの音も出ないらしい。しかし諦めずに探すために足を踏み出そうとすると、またしても質問が飛ぶ。
行くってどこへ?
最早答えを出す事が出来なくなったイリアはどこかよ!と怒鳴り散らすとドスドスと効果音がつきそうなくらい乱暴に歩き出した。俺たちはその背中を眺めながら大きな溜息をついた。
全くイリアは何も考えないで来るんだから…。


「ああ、そういえば…」


今更すぎるがとんでもない事を思い出した気がする。俺が声を上げると、その声の意味を理解したのか、リカルドの顔が微かに歪む。


「俺、昔王都軍に所属してたんだよ」


俺がぽつりと呟くように言ったのにも関わらず、イリア以外の全員に聞こえていたのか、動きが止まる。もちろんリカルドは固まらないけど。
みんなの視線が一斉に俺に集まる。何やら罪悪感?的なものが出てきたので軽く目線を逸らす。


「あなた、軍人だったの…?」


アンジュのおっそろしい声が聞こえてきて、物凄く目線を合わせたくなくなる。あくまで視線をどこか遠くにやりながら頷くと、アンジュに顔を掴まれ、無理矢理目線を合わせられた。その目が怖くて、真実を話さざるを得なかった。


「それなりに有名だったと聞いたけど…?」


生憎その時の俺は何にも興味示さなかったから分からないけど…。


「リカルドさん、本当ですか?」


「…ああ、本当だ。こいつが王都軍に居たのを見たことがある。有名だったかはさておき」


リカルドがそう言うと、アンジュが俺の方に厳しい視線を向けてきた。その目は明らかに俺を責めている目だった。まあ確かに重要な事を今ここで言われれば誰だってそうだろうけど…。


「しょうがねぇじゃねーか…。随分小さい時だったんだから…」


目線だけ逸らしてそう言うと、アンジュは少し悲しそうな顔をして手を離した。


「とりあえずこいつが見つかったらまずいな…。どこか隠れる場所があれば…」


リカルドがそう言って腕を組むと、スパーダがどこか言い場所があるのか、ついて来いと言った。
…何となく俺的に嫌な予感がするんですけどー…。
 






















「やっぱり嫌な予感って当たるんだなぁ…」


なんてしみじみ笑いながら目の前にある物を見下ろす。そう、下水道へと続くであろうマンホール君だ。この中って色々な物が混ざり合った嫌ぁな臭いが充満してるんだよな…?まさか人生の中で下水道に入るなんて誰が想像できただろうか…?


「じゃあラスティはここで…」


「待たないぜ?」


スパーダの言葉を遮ってそう言うと、イリアの眉間にしわが寄る。ちなみに俺のことは後にアンジュから伝えられたのでイリアは知っている。


「あんた有名人なんでしょ?」


いかにも。自分では自覚してないけど、一応有名人らしい。まあ幼かった頃だから誰も俺の今の姿を知らなそうだけどなー。


「バレたらまずいんじゃないの?」


「そりゃあ掴まったりしたらまずいけどよ。誰もこのままの姿で行くなんて言ってないだろ?」


にやりとした笑みを浮かべてやると、みんなは訝しげな顔をして互いの顔を見合わせていた。
この技は特殊中の特殊!俺の技の中でも特に便利でとっても使いやすい。この技があったからこそ俺は今まで何の苦労も無くここまで来る事ができたんだよ。まあ、ナーオスの研究所で掴まったのは想定外だがな…。


「意味分かんねー…」


スパーダが頭を掻きながら眉を寄せる。それにくつくつと笑いながら背負っているリリーを掴んで構えた。


「行くぜ、リリー?第三神、幻神」


右手に持っていたリリーをくるりと手元で一回転させてぱしりと掴む。それと同時に一瞬だけ視界が歪み、すぐに元に戻る。すると全員の目は見開かれていて、スパーダなんて金魚みたいに口をパクパクさせていた。


「誰っ!?」


イリアがこちらを指差したままそう叫んだ。
ちゃんとお教えすると、俺の姿は別の人から見ると変わったように見えるんだ。つまり今の俺は全く別の人に見える、というわけだ。


「どうだ?凄いだろ、これ」


ニヤニヤと笑いながらリリーの峰で肩を叩くと、一瞬だけ固まったようなみんなは一斉に動き出して俺の事をじろじろと見始めた。


「ラスティの視界的には変化ないの…?」


「おう。もちろん。相手の知覚を惑わせる技だからな。俺には全く変化は無い。なあ、これなら問題ないだろ?」


「問題ない。ではここで定期的に戻って連絡を取り合うこととしよう」


「んじゃ、二人一組で行こう。コイントスっと」


俺の問題が解決したので次の問題へと移行する。情報を多くでも入手するために二人一組という事になった。まあ、人数的にも丁度いいくらいだろう。
そしてその組を分ける方法がコイントスって…意外と適当で良いんだな…。


「何をしている?」


若干遠くを眺めていたらリカルドに小突かれた。ハッとして意識を戻すとみんなそれぞれ散っていく所だった。


「ああ、わりぃ…。俺はお義父さんとか」


「わざわざそう呼ぶな」


リカルドは溜息をつくと俺を無視して歩き出してしまった。俺はそんな姿に苦笑しながら後を追いかけるために走り出した。
 
























「懐かしいな、王都軍…」


あまりにも昔の事で忘れかけていた事を思い出す。あの頃は世界はこんなちっぽけで、自分はそのちっぽけな世界でしか生きられないと思い込んでいた。


「お前にとっては懐かしいのではないのだろう?憎々しいと言えば良いものを」


リカルドは俺が王都軍を良く思っていない事を分かっているみたいだ。さすがお義父さんだ。俺はあれから何年も逃げ続けていた。時々来る追っ手を振り払って生きてきた。


「…昔のお前は無表情だったな…。何もその瞳に映す事無くどこか遠くを眺めていた」


「昔話か?珍しいな…」


リカルドが過去を顧みる事なんて今まで一度も無かった。まあ俺がいた機関はそんなに長いものじゃなかったからリカルドの全部を知っているわけじゃないが…。
リカルドは一度重たそうに瞼を閉じると、俺を見下ろしてきた。


「お前が俺の許を去ったのは十五の時だ。置手紙だけを残してお前はふらっと居なくなった。最初はどうしたものかと思った。お前の事だ、その力を使って軍一つ壊滅させようと思えば出来ない事もない。だが、俺の耳にそんな事件は飛び込んでは来なかった」


「そりゃあな。軍を壊滅なんかさせたらそれこそ俺は捕まっちまうからな」


「だが、もう一つ予想していた事は現実に起きていた」


リカルドはそう言うと足を止めた。
俺たちの間に重たい沈黙が落ちる。リカルドが何を言うかなんて大体予想出来ている。俺の事だ、分からない方がおかしいのさ。


「お前、自分の両親がどうなったか知っているか?」


リカルドはわざとらしくもったいぶった言い方をした。こいつなりに気を使っているつもりなのだろうか?ならそんな気を使う必要は無い。俺にとって所詮あいつらはその程度に過ぎないのだから。


「ああ、もちろん。死んだんだろ?」


なんてこと無い天気の話でもするように言うと、リカルドは微かに顔を歪めた。やっぱりその話をするつもりだったんだな。俺にはお見通しだ。リカルドは冷たい振りをして本当は人を思いやっている事を知っている。一番近くにいた俺だからこそ良く分かる事だ。


「死因は出血死。得物は鋭利な刃物。主に刀かと推測されている。何の躊躇いも無く肩から腰にかけて傷口があったそうだ」


わざわざ死体の状況まで教えてくれるとはとんでもなく優しい事だ。だけど、そんなもん俺が一番知っているに決まってる。


「なあ、はっきり言って構わないんだぜ?俺があいつらを殺したって。このリリーでさ」


シンとした空気の中、俺の笑みだけが異質だった。リカルドは無表情で俺の事を見ている。その目は別に責めているわけじゃない。だって殺される原因はあいつらにあるんだ。俺が責められるはずが無い。俺はただやり返しただけさ。奪われたから奪い返しただけだ。


「そうか…」


リカルドはそれだけ言うと踵を返した。周りは酷くざわついている。誰かがヘマでもしたみたいだ。大体誰が失敗したかは予想できる。大方ルカ辺りだろ。あのドジっ子は…。


「さ、帰ろうか。お義父さん?」


ニヤニヤ笑いながらその真っ黒なコートを掴んで引っ張ると、呆れた顔をされた。俺はそんなリカルドの顔を無視して下水道へと続くマンホールがある場所へと歩き出した。
 
 
 
 
 
 


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