思い出したくない事


 
 
 
 
 
あいつが吐き出した言葉にみんなの動きが一斉にして止まる。今あいつはなんて抜かしやがった?お義父さん?え?お義父さん?


「はあぁぁぁぁぁ!?」


思わず声を張り上げてしまった事は仕方ないと思う。だって考えても見ろよ。まさか西の戦場で会った事のあるこのおっさんが、俺たちの目の前で大爆笑してる奴のお義父さんだなんて、誰が予想できるか!?


「はぁ…」


ラスティのお義父さんもといリカルドは大きな溜息をつくと、未だに腹を抱えながら大爆笑しているそいつの頭を思いっ切り殴った。ラスティは痛みのためか床を転げまわるようにして頭を押さえていた。そのままごろごろと転がっているラスティを無視して、リカルドは話を進める。


「それで?俺を雇ってもらえるのか?」


眉間に厳しいしわを刻んだままのリカルドがそう言うと、アンジュは迷い無く頷こうとする。けれど俺たちから見たら安心する事は出来ないに決まってる。なんてったって一度戦場で顔を突き合わせてるしよぉ…。
そんな事を考えていたら顔に出ていたのか、リカルドに横目で見られた。するといきなり後ろから引っ張られて体が若干バランスを崩す。


「いいじゃん、問題ねーよ。何だかんだで契約と仕事は絶対なおっさんだからさ」


肩をがっと掴んで腕を回しているラスティ。一体いつの間に復活してたんだ、こいつ…。妙にニヤニヤしているその顔が腹立ったからその腕を振り払う。するとラスティは寂しそうな顔をした後にまた元の笑顔に戻った。


「採用決定…と受け取っていいのか?」


「ええ、お願いしますね、リカルドさん。じゃあナーオスに行きましょう。ここから一番近いし」


アンジュが手を合わせて穏やかに笑うと、みんなもその意見に反対が無いから頷いて一気に走り出した。出口まであと少しの所でこのおっさんと遭遇しちまったから無駄な時間を使ったんだ。一刻も早くこの基地を脱出しないと!


「止まれ」


リカルドと一緒に一番前を走っていたラスティが一度俺たちを振り返って静かにそう声を発した。ラスティが目線を向けた先には誰か立っていた。明らかに人間じゃねぇ肌をした奴だった。そいつの顔を見た瞬間、ラスティの顔色が一気に悪くなった。青白くて今にも倒れそうな…。


「転生者ども、この混乱に乗じてコソコソ逃げおおせるつもりか?天上を滅ぼした下衆らしいわ…」


まるで親の仇とでも言うような言葉に、眉間にしわが寄る。
なんだぁこいつ。いきなり現れたかと思えば知り合いでもない俺たちにそんな事を言ってくるなんて。ムカつくぜ。


「不愉快な挨拶じゃない!一体何の用?あんたもアンジュ目当て?」


イリアが眉間にしわを寄せたままそう叫ぶと、後ろの方に居たアンジュはモテモテね、なんて暢気な事を抜かしてた。頼むから空気を読め。
すると目の前の男は持っていた武器を振りながら、鼻で嘲笑う。


「はっ!一人ではない!全員に用がある。地上のために死んでもらいたいのだ。我が名はガードル。地上を守りし者」


地上を守りし者だぁ?明らかに何か変なもんでも食ったのかって言ってやりたいセリフを吐きやがった。その言葉に一番食いつくのはもちろんイリアだ。


「地上のため…ってどういう意味よっ!」


「己の胸に聞いてみよ。地上の敵め…」


憎しみのこもった言葉を吐き出したガードルと名乗った男は、俺たちを一人ひとり値踏みするような目つきで見ていく。そして、ラスティをその目に留めた瞬間、にやりと気持ちわりぃ笑みを浮かべた。それに気付いたラスティは後退りしてその視線から逃れようとした。先程からあいつは何か変だった。ガードルを見た瞬間に顔色を悪くしたし、今も怯えた様な目をしている。


「貴様、アレスの転生者だな」


アレス!?確か、センサスで勝利の女神と謳われた力を持つ、アスラにも負けない少女。その転生者がラスティだと…?
ガードルに呼ばれたラスティはその藍色の目を大きく見開き、さらに一歩後ろへと下がった。その様子を見たガードルはラスティを鼻で笑う。


「堕ちたものだな、愚かな娘の転生者よ。ふん、奴が転生しているのならこちらにとって好都合。今の所は退いてやろう」


ガードルはまた気味のわりぃ笑みを浮かべると足音も立てずその場から姿を消した。俺たちはとりあえずラスティを見た。相変わらず顔色は真っ青で、今にも倒れそうだった。それを見かねたルカがそっとその肩に触れて声をかけた。


「大丈夫?ラスティ?」


ルカの言葉にハッとしたラスティは漸くその目にルカを映したようだった。それから少しすると大きな息を吐いた後に額に手を当てて緩く首を振った。


「大丈夫…だ…。少しすれば落ち着く…」


ラスティがそう言うと、アンジュはその顔を見上げた後に俺たちを見回した。


「とりあえず、急ぎましょう」


容態はそこまで酷くないと判断したアンジュはそう言って先頭を走り出す。俺たちはそれに続き、ラスティは一番後ろを走り、そのラスティに何かあったときのためにリカルドが隣を走る形となった。
 
























研究所からナーオスまでの距離は大したことないのでさほど苦労せずにハルトマンの家に着く事が出来た。けれど最早遅い時間になっていたので、ハルトマンに飯を作ってもらっている。その頃にはラスティの顔色はすっかり良くなり、いつものように談笑して笑い合っていた。
そんな頃合を見計らってか、アンジュがリカルドへと話を始めた。


「それで、私を誰の元に連れて行こうとなさったのですか?」


アンジュの声に、みんなが耳を傾ける。ラスティも進んで身を乗り出して聞こうとしていた。確かこいつも連れて来いって言われてたんだっけ…。


「ふむ、守秘義務と言いたい所だが、まぁいいだろう。テノスのアルベールと言う貴族だ。知っているか?」


「いえ、面識どころかお名前も存じませんね。ラスティ君はどう?」


「いや、知らねーな。聞いたことない」


乗り出していた身を引いてソファに深く腰掛けるラスティは一気に興味が失せたのかつまらなそうに答えた。それを見てリカルドが深い溜息をついていた。いつもこんな調子なのか…?


「テノスって北の国よね。そこの貴族に見初められたんじゃない?」


イリアが冗談半分でそう言うと、アンジュは若干嬉しそうな顔をし、ラスティは顔を引きつらせた。


「冗談!アンジュならともかく俺はどうなる!」


「…ラスティも見初められたんじゃない?」


「やめいっ!気色悪い!」


ラスティは自分の腕を抱き締めるようにしながら顔を引きつらせていた。それを見たリカルドが転生者らしい、と言うとホッとした息を吐いていた。ラスティとは裏腹にさっきまで笑っていたイリアの顔が歪む。


「そいつ転生者を集めてるわけ?」


いかにも嫌悪感を丸出しにするイリアにアンジュが苦笑すると、ルカも厳しい顔をしていた。


「マティウスと同じだ…」


「なぁ、そのマティウスって誰なんだ?」


「アルカ教団の幹部…かな?偉い地位にいるらしいけど。イリアの故郷がそいつに襲われたんだ」


アルカ…。戦場に送られる前にチトセとか言う奴が言っていた転生者を守るために設置された宗教団体みたいな奴か…。何でそいつイリアの村を襲う必要があったんだ?だってあくまで守るために設置されている団体なのに、村を襲うなんて、不自然じゃないか?


「やっぱり創世力を求めているんじゃないのかな?」

 
創世力?何かどっかで聞いたことあるような…?あー思い出せねぇ…。


「う……、アイタタタ…」


俺が創世力について頭を悩ませていると、イリアの唸り声が聞こえてきた。そっちを見るとイリアが頭を押さえて顔を歪めていた。


「イリア?大丈夫か?」


「なんか頭痛くなっちゃった…。でももう大丈夫」


頭を押さえていた手を避けて現れた顔は少し具合が悪そうだったけどそこまで酷くはなかった。


「そういや、俺が転生者だとわかるとアルベールは聞いてきた。創世力を知っているか?とな、創世力とは何なのだ?」


リカルドの問いに、一瞬全員が止まる。つまり誰もその答えを持ち合わせていない。そういう事だな。


「創世力!」


いきなりアンジュがそう叫んだかと思うと、目の前に置かれていたテーブルを思いっ切り叩いて立ち上がった。全員が肩を跳ねさせ、何事かとアンジュの様子を窺った。


「天上の滅亡の原因!大変!止めないと!」


大声で言われた言葉に、何かがうっすらと頭の中を通った気がするがはっきりとは分からない。創世力…。天上の滅亡の…原因…?そうだったっけ…?全然分かんねー…。


「創世力……、滅亡…原因…」


俺の視界の端の方でラスティが一人で何かを呟いていた。その光景は傍から見れば少しまずいんじゃないかと思うような感じだった。


「おいラスティ。大丈夫か?」


よくよくその顔を見ると、研究所と同じ時のように顔色が悪くなっていた。あの時のように倒れそうとまでいかなくても、具合が悪そうだった。
声をかけられたラスティは、少し反応が鈍かったが、返事を返してくれた。そしてそれから額に手を当てて何かを考え込むような体勢になった。


「大丈夫だ…。ただ、何となく思い出したくない…感じがする…」


思い出したくない?俺たちが必死になって前世の事を思い出そうとしているのに?その言葉に引っかかりを持った俺はラスティの顔を覗き込む。どうしてこいつは思い出したくないんだ?だってこいつの前世は勝利の女神アレス。アスラにもデュランダルにも認められた奴じゃないか。なのに思い出したくないなんて…。


「ラティオ…。それが怖いんだ…。何がどうして怖いのかなんて分からない…。けど、俺の中の何かがそれを嫌がっている…」


俯いたまま暗い声でそう言うラスティ。その声色は微かに震えていて、何だかこいつらしくなかった。そんなラスティが嫌で、俺は右手を握ったり開いたりした後に、その丸くなっている背中へ平手をかました。小気味良い音が響いた後に俯いていたラスティが背中を押さえて上半身を逸らしていた。


「いったぁ…!!何すんだよっ!!」


結構痛かったのか、ラスティは目に涙を溜めてこちらを睨み付けた。俺はそんなラスティを見ながらけらけらと笑う。


「んなしみったれた表情しやがって!お前はウザイくらい元気じゃねぇとこっちの調子が出ないだろうが」


ヘッと鼻で笑いながらそう言ってやると、ラスティは複雑そうな顔をした。別に思いっ切り背中叩かなくても良いだろ、みたいな視線を向けられたからとりあえず逸らしておいた。するとラスティは諦めたような溜息を吐きながら立ち上がって、家の扉に手をかけていた。

 
「スパーダに言われちゃおしまいだわ。ちょっと外に行ってくる」


こちらが声をかける前に家を出てっちまったラスティに何も言えずに固まったままの俺。それから投げかけられる何とも言えない視線に小さくせざるを得なくなった。
んだよ…、元気出させようとしたのによォ…。


「それにしても、ラスティ君はあんまり前世の事を思い出していないみたいね。彼のさっきの話を聞いていると…」


「そういえばそうだね。ラティオの事も分かってなかったみたいだし」


アンジュが言い始めると、ルカがその意見に同意するように頷く。てか思い出したくないんなら当然じゃないか?と思ったのは俺だけか?それともそれを踏まえてもあまりにも記憶が無さすぎる事を言ってんのか?


「覚えてないのかしら…。アレスさんがラティオに幽閉されていた事…」


アンジュがそう言った時、何かが頭の隅を横切った気がした。
 




 


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