目を疑った。
「…いっ…?」
おれの家の前に、苗字がいたからだ。
――それも、一つ目の妖を隣に連れて。
…いや、見た限り苗字に妖は見えてないみたいだけど…。
「いっ…、あれ…?」
黒い姿をした一つ目の妖は、苗字の柔らかそうな髪を引っ張っている。
そのたびに後ろを向くけれど、苗字には見えていないのだからわかるはずもなく。
今すぐにでも助けに行きたい。
けれど、助けたら終わりだ。
…さりげなく、さりげなく追い払えばいい。
おれは静かに、苗字へ近づいた。
「……苗字、」
「!…夏目くん」
ぱしりと苗字から見えないように妖の腕を掴む。
…あ、この位置じゃおれが髪引っ張っていたみたいになる…!
「…どうしたんだ?」
そう訊ねると、苗字はふるふると首を横に振った。
揺れる髪から、ほのかな匂いがした。
たぶん石鹸だな…じゃなくて。
「なんでもないの。…ごめんね」
へにゃりと眉をさげる苗字に胸がずきんとした。
「そうか…」
『…お前、夏目レイコか?』
おれが腕を掴んでいる妖がぼそりと呟いた。
一つの大きな目が、細く歪む。
「っ…」
レイコさん、こいつの名前取ったのか?
まずい、今友人帳を持っていなければ先生もいない。
苗字が、いるのに。
「…夏目くん?」
『隣の女は、おれが見えてないんだな』
ケタケタと妖が笑う。
背中がぞくりとした。
どうしよう、どうすればいい?
今妖へ返事をすれば、まちがいなく襲ってくる。
…返事をしなくても襲ってくるか。
「…苗字、今からどこ行くんだ?」
制服姿だから、きっと家に行くんだろう。
おれもだし。
案の定家へ向かうと言った。
……どうやって帰そうか。
隙ができればいいんだけど。
「…夏目くん、どうしたの?」
くんっと裾を引っ張られどくんと胸が高鳴った。
…いや、今は照れてる場合じゃない。
妖をぎろりと睨むと、見えなかった口がぐあっと開いた。
『レイコの友人、食ってやる!!』
細長い腕を伸ばしついに妖が襲いかかってきた。
苗字に。
咄嗟に苗字の腕を掴んでおれの方へ引き寄せる。
「…っ苗字に触るなっ!」
『ぎゃあっ』
必殺拳骨を食らわせ、倒れた妖を足で踏む。
悲鳴をあげ、妖は動かなくなった。
体力がないため、あれだけでも息が切れた。
…体力つけようかな。
「あっ…えっと、な、夏目くん…?」
はっとした。
今さらだけれど、はっとした。
咄嗟な判断とはいえ、苗字からしたら空気を殴って踏んでるようなもんだ…変人だ…ああ!
「いやっ…あ、ちが…!」
首を千切れるくらい振った。
変な人間と思われた、絶対思われた。
もうだめだ……おれ終わった。
「な、なんかわかんないけれど……」
苗字が俯く。
肩から落ちた髪の間から、赤い耳が見えた。
「ありがとう…?」
「……」
ばかやめろ、
その笑顔は反則だから
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