今日は随分と重いな、と思いながらリュックを肩にかける。
ずしりとしたリュックは、おれの肩の血の巡りを止めていた。
下駄箱まで来たけれど、いい加減肩に食い込むショルダーベルトが痛いのでリュックを降ろした。
中を少し整理すれば、マシになるだろうか?
「……うーん…置いてくか」
家での勉強では使わないだろうし。
教室に置いておくものをリュックから取り出し、脇に抱える。
はあとため息を吐いて、おれは再び教室へ足を運んだ。
「あ、…夏目くん」
気づいたらリュックが床にどすりと落ちていて。
おれは拾うのも忘れ、ただ目の前の人物に釘付けになっていた。
「忘れもの?」
「…え、…あ…いや…」
微笑みながら首を傾げる苗字(効果は抜群だ)は静かにおれのリュックを拾うと、渡してくれた。
「はい」
「あ、わるい…」
受け取る際に苗字の指に触れかけて死ぬかと思った。
心臓が止まってもいいくらいだ、あれは。
「…夏目くん?」
「、…っ…!」
下から覗き込まれる。
カッと一気に熱が顔全体に広がって、倒れそうになった。
それは、困る!
拳を作り強く握った。
爪が食い込んでひりひりするけれど、今のおれにはちょうどいい。
「熱でもあるの?なら、早く帰らないと駄目だよ」
どうしてだろうか。
苗字が泣きそうな表情になっている。
よくわからない…けれど、心臓のあたりがずきりとした。
苗字のその表情は、…嫌いだ。
「…いや、…違う。熱じゃない」
「本当に?」
頷くと、苗字はおれの好きな笑顔で笑った。
泣きそうな顔よりはいいのだけれど、笑顔になられるのもそれはそれで困る。
おれはいつも以上に喋れなくなってしまうから。
「あ、…それじゃあ夏目くん、また明日ね」
「え、」
「透ちゃんが来たから」
ほら、と苗字がおれの後ろを指差す。
振り返ると、後ろにはタキが立っていた。
「…邪魔した?」
「と、透ちゃん!」
にやりと、タキにしては珍しい笑顔を浮かべた。
そんなタキを苗字が小さく叩く。
…邪魔したって、タキも、おれの気持ち知ってるのか?
それ、すごく困るんだけど。
…苗字と仲が良いの、タキだし。
「行くよ透ちゃん!夏目くん、またね」
「あ……、あ」
微笑む苗字に見惚れ、返事をするのを忘れてしまった。
気づいたときには遅く、苗字は多軌と一緒に歩き出していて。
…こういうとき、何を言えば喜ばれるのか。
すべてが書かれた説明書があればいいのに。
おれはひとり、ため息を吐いた。
おいくらですか
きみ攻略マニュアル
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