「あ……ごめんね、待った…?」


扉の開く音と小さな声がしておれは振り返った。
立っていたのは苗字で、彼女が視界に入った途端胸がどきどきし始める。


「、…苗字」


首に巻かれた包帯に胸がちくりと痛みを帯びた。
でも、苗字はもっと痛かったのだろう。

少し戸惑いながらも名前を呼ぶと、苗字は遠慮がちに微笑んだ。


「みんな、いないね」


「…ずっと、保健室にいたからな」


保健室、そうおれの口が動いた時、苗字の頬がぽっと赤くなった。
それを見て、おれの頬もじんわりと熱を持ち始めて。

――保健室。

おれが勢い余って彼女に、…苗字に好きだと伝えてしまった場所。

思い返し、おれは更に頬を赤くした。


「…夏目くん」


小さくて、かすかに掠れた声。
それは先ほどの場面をより鮮明に思い出させた。



手を握ったまま黙るおれと、握られたまま黙る苗字。
2人の頬(苗字のは恥ずかしくてよく見てないけれど)は赤く色づいていた。
そのうち、徐々に俯いていく苗字の顔。
おれはそれを見て、気持ちが沈んでいくのがわかった。

…―ああ、終わった。

なにもかも、終わってしまった。
少し、ほんの少しだけ前より親しくなっていっていたのに、崩れたのだ。

ゆっくりと、苗字から手を離す。
けれど、一度繋がった手は離れることなく、にぎ、握り返されていた。

驚きでなにも言えないおれに、苗字は優しく微笑んで…。


鼻血がでそうだった。

今までおれが見てきた苗字の笑顔のなかで、いちばん、最もかわいい笑顔だった。


「…夏目くん?」


ふと耳に入った愛おしい声に、おれの思考が戻ってきた。
危ない危ないと自分を落ち着かせ、苗字を見る。

驚いたことに、苗字は案外近くに、いや、おれの前に立っていた。


「…!」


「やっぱり待たせたかな…ごめんね、早く帰ろう?」


「…謝ること、ない」


苗字がきょとんとして(すごくかわいい)それからふわりと笑った(かなりかわいい)。
緩んでいく頬に素直になって微笑んで、苗字を見る。
ぱちりと合った視線が妙に気恥ずかしい。


「…えっと、」


「…?」


「……」


首を傾げて見上げる苗字がかわいくて、うまく声がでなかった。
金魚のようにぱくぱくと開閉するくちびるに苛立ちを感じ、おれは大きく咳払いをする。

それから苗字を見て、深く息を吸って。
ゆっくりと苗字に向けおれは左手を差し出した。


「…帰ろう、…………………っ……名前、」


あの時簡単に言えたのは勢いに任せていたから。

でも今は違う。

おれの意思で、苗字の名前を口にしたんだ。

熱くなる頬と、冷たくなっていく左手。
不安になって俯くと、手に感じた体温。
冷たくて、少しだけ震えている。

驚いて顔を上げれば、そこには耳まで赤くした苗字がいた。


「…うん、貴志くん」


弱々しく握り返してきた苗字の手をおれは強く握り返した。




キスを交わそうよ
放課後の教室で



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