扉をあけた瞬間、鼻についたのは保健室特有の薬のにおいだった。
自分の肩を上下に揺らしながら、カーテンのかかったベッドへと近寄る。

傍には名前の書かれた上履きが、綺麗に揃えて置いてあった。


「……、苗字?」


ちいさく、それも掠れた声がでた。
息切れのせいでうまく舌が回らない。

そういえば先ほど、勢い余って苗字を名前で呼んでしまった。
思いかえせばかえすほど、恥ずかしくて。
おれは独り赤面した。


「苗字、」


今度ははっきりと、名前を言葉にすることができた。
息切れからか、緊張からか。
やけに耳がよくなりかすかな音さえもはっきり聞こえる。

おかげで蚊の鳴くような声を拾うことができた。


「…夏目くん…?」


苗字の声が確かに聞こえた。
けれどその声はどこかいつもと違っていた。
どこだろうかと、考えながらカーテンに手をやると、「あけないで」と言われる。

――ああそうだ。
さっきのおれみたいに声が掠れているんだ。


「ごめんね。今、わたし…ひどい顔してて、だから、」


ぽつりぽつりと苗字が話しだす。
それと共に、おれの胸もずきずきと痛みを増してきた。

制服をくしゃりと握り胸をおさえる。
まぶたを閉じて、自分を責めた。

襲われないとは、限らなかったのに。
おれはなんて、ばかなやつなんだ。

ゆっくりとまぶたをあけ謝るために口を開いた。
けれどそれは、別の声に遮られて。


「……みられたくないの、…夏目くんには」


どくりと、耳の奥で血の巡る音が響く。

おれ、には?

いいほうに、考えていいのだろうか。
いいほうに解釈していいのだろうか。
心臓がどきどきと脈うち始めた。
指先がふるふると震え、冷たくなっていく。


「…名前…」


からからになった喉を震わせ、彼女の名前を舌に乗せる。

頬が熱くなるのを感じながら、おれはゆっくりと腕を伸ばしカーテンを揺らした。




「!夏目く、」




まぶたを閉じて深呼吸、狼狽する苗字の手をつかんでゆっくりとまぶたを開いた。








「好きだ、…苗字」



ぼく、
今からきみに告白します



 


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