例えば漫画などでよくある、「明日の遠足が楽しみで眠れない」状態。
実際小学生の少年少女たちが布団に入ってから悶々と悩む姿は非常に可愛らしいが、わたしの場合非常に可愛らしくない。

そもそも眠れない理由が可愛らしくない。


「…うう…」


今わたしの脳内は、明日斉藤くんに正体がバレたらどうしようという不安がかけ巡っている。
斉藤くんとのお出かけが楽しみでとかじゃない、むしろそんな理由のほうが何倍マシかっ…!


「喋り方、表情…」


鉢屋くん曰わく、そういう面では勘が鋭い斉藤くん。
ちょっとしたミスで、わたしの死亡が確定するのだ。


「難しいなあ…名前さんのこと、鉢屋くんによく訊いとけばよかった」


とりあえず、無表情っていうのは絶対必要条件。
喋り方は、たぶん敬語オンリーだと思う。
年下の子にさん付けだし…。


「ううん…眠れない…」


でもここで寝ないで明日を迎えたら、きっと出かける時睡魔地獄だろう。
途中で寝てしまうかもしれない。

それだけは、絶対にしたくない。


「………」


ぼーっと天井を見つめる。
寝ようと力むより、力を抜いたほうが眠くなるだろう。

名前さんの部屋は初めて入った時から綺麗だった。
わたしはこっちに来るのに身ひとつだったから荷物はない。
だから名前さんの物は服以外触れていないのだけれど。

綺麗に整頓された棚、布団。
小さなごみも見つからない畳。
…わたしが使い始めて、少しは埃が見え始めたけど。


「…しっかりした人だったんだろうなあ」


鉢屋くんだけじゃ、ない。
きっと生徒たちはみんな彼女を尊敬し、信頼していたんだと思う。

だからこそ、わたしは完璧に成り済まさないとならない。
できるできないの話じゃなくて、みんなのために、鉢屋くんのように傷付けないように……やらなくちゃいけない。


「っ、」


そう考えたら、涙が滲んできた。

みんなのため、みんなのため。
わたしの意思なんて関係ない。
ここに来たのだって、…全然、わたしの意思じゃなかった。
すべてにおいてわたしの意思は通らない。
通るのは、彼女の、…名前さんという人間の意思。
わたしは名前さんにならない限り、意思表示ができないのだ。


「…はあ」


こっちの世界に来てから、わたしこんなことばっかり考えてる。
…こんな気持ちじゃ、眠れても明日が最悪な1日になるだけだ。
斉藤くんも気を悪くするだろう。
…月でも見て落ち着こうかな。

わたしはゆっくり布団から出ると、足音に気をつけて廊下に出た。

  

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