「…それ…どういうことですか…?小松田さんは、知っていたんですか…?」
長い長い沈黙のあと、俯いていた鉢屋くんがぼそりと呟いた。
彼の言葉に小松田さんが口ごもり、唸った。
「…なんだそれ…」
ぎり、と歯ぎしりの音が聞こえてくる。
鉢屋くんは、かなり、相当頭にきているようだ。
ぐるぐると言葉が頭を巡る。
話す、誤魔化す、説明する、逃げる。
…けれど、ここでわたしが何を言っても鉢屋くんは信用、いや、話を聞こうとしないだろう。
こう、なったら。
「……小松田さん、学園長先生を呼びましょう。話すほかないようです」
「で…でも、」
ぎゅ、と袖を掴んできた。
かわいい、…とか思ってられない。
わたしはそっと小松田さんの手を握り、袖から離す。
ゆっくりと目を合わせて、小さく頷いた。
「…わかった。すぐに戻ってくるね」
そう言って立ち上がった小松田さんが部屋を出て行く。
わたしはその姿をじっと見つめてから、深く息を吸った。
鉢屋くんは、当たり前な反応だけれど、わたしのことをとても警戒している。
今なにを言っても彼を刺激するだけ。
それでも言わなければならないことがある。
わたしの、名前。
「……、」
口を開いて、閉じた。
今は何も話さず、学園長を待ったほうがいいだろうか?
下を向いていた目線を、鉢屋くんへ向ける。
鉢屋くんは唇を強く噛んで、俯いていた。
握られた拳はかすかに震えている。
それを見て、わたしは決心した。
「名前さんは、無事です」
ゆっくりと鉢屋くんの顔があがる。
わたしを映したひとみは、怒りと、そして驚きが浮かんでいた。
交差する視線をそらさず、わたしはただ口を開いた。
「…のちに話されると思いますが、わたし、…わたしは、」
そこまで言って、口を閉ざした。
…名前を言ったところで、鉢屋くんの怒りや不安がとれるわけではない。
ゆっくりと、頭のなかを整理していく。
彼が今一番知りたいこと。
わたしの正体。
…いや、名前さんの安否だろう。
先ほど無事だとは伝えたが、鉢屋くんからすればそれは信じがたいもの。
目の前に、本人そっくりの人間がいるのだから。
「……苗字さんは」
鉢屋くんが静かに声をこぼした。
その呟きにわたしも耳をかたむける。
鉢屋くんはぽつりぽつりと話し始めた。
「……苗字さん、苗字さんは無事なのか」
「はい」
「…お前が、どこかに隔離しているんじゃないだろうな」
「はい」
「……お前は誰だ?」
そう問われ、わたしは口ごもった。
わたしは苗字名前だけれど、鉢屋くんからしたらただのくせ者だ。
名乗っていいのだろうか。
z