「名前ちゃーん。入るよー?」

「あ、はい」


からりと障子をあけ、小松田さんが入ってきた。
わたしが食堂に行けないから、最近は彼が食事を持ってきてくれるのだ。

なんともありがたい。


「今日のおかずは鯖の塩焼きだよ〜」


にこりとかわいらしい笑顔を浮かべ、手に持っていたおぼんをわたしに渡す小松田さん。

おぼんには、ご飯と味噌汁、漬け物に鯖の塩焼きがのっていた。
どれも美味しそう。


「ありがとう、小松田さん」


部屋の隅に置かれた机におぼんを置く。
お礼を言うと小松田さんは頬を染め頷いた。

お箸を手に持ち、味噌汁へ箸をつける。


「…いつもごめんなさい。小松田さんにもお仕事があるのに」

「ぜんっぜん!僕、これくらいしかできないし、やったらやったで吉野先生に怒られちゃうから」

「吉野先生も愛ゆえなんですよ」


しゅんと眉をさげる小松田さんに、胸がちりっとした。


「小松田さん」


ご飯を少しだけ口にして、手をとめる。
へらりと笑い、小松田さんが首を傾げた。
…この、女の子でも負ける愛らしさはどこからくるのか…。


「今日、一緒に仕事をしましょう」


いくら名前さんでないとはいえ、事務員の仕事をしないわけにはいかない。
にんたまやくのたまに会わぬよう、わたしは隠れて仕事をしているのだけれど、さすがにそろそろ怪しまれるだろう。


「完璧に仕事をこなして、吉野先生をびっくりさせましょう?」


きょとんとした小松田さんがかわいすぎて、つい頬が緩んだ。
小松田さんは、笑われたと思ったのか、頬をぽっと赤くさせた。

「笑わなくても…」という呟きが聞こえる。


「…吉野先生、びっくりするかなあ?」

「しますよ。完璧にするんですから」


わたしは再びお茶碗を手にし、食事を開始した。
小松田さんはわたしをちらりと見たあと満面の笑顔を見せた。


「頑張って驚かそうね!名前ちゃん!」

「…はい!」


あまりにもかわいかったため、大きな声をだしてしまった。





「えっと、今日は…というより今日も庭の掃除だね」

「庭の掃除ですか」


手に持った紙を見ながら、小松田さんがわたしに言う。
あれは吉野先生が作った仕事表だ。
わたしはまだ仕事に慣れていないから、貰っていない。


「…大丈夫?庭掃除だから、にんたまやくのたまに会うかもしれないよ」


小松田さんは優しい。
心配そうに見る目や言葉に、わたしの心はとても癒されるのだ。


「…大丈夫です。そのときはそのときでなんとかしますよ」


無表情の顔、練習しとこうかなあ。
…表情って、練習してできるものだろうか?


「小松田さんはなにも気にしなくて大丈夫ですよ」


さ、行きましょうと小松田さんの手を引く。


「…………………あ」


え、なんでわたしなんで手を引いたの。
おかしい。
うわああああ恥ずかしいいい。

カッと頬に熱が溜まるのを感じ、わたしは素早く小松田さんの手を離した。
ああ小松田さんかたまってる。
ひかれた。
完璧にひかれた。


「…ごっ…ごめんなさい…」


いくらなんでもあれはないだろう。
わたしは自らを嘲笑した。
恐る恐る小松田さんを見れば、未だにかたまっていた。

…なんかさすがにショック受ける。

ふりふりと手を小松田さんの目の前で振る。
すると小松田さんはぱちぱちとまばたきをした。

そして、バックに花を咲かせ笑った。
…まるで女の子だな。


「名前ちゃんっ、行こう!」


にこっと笑った小松田さんが、わたしの手をとった。
小松田さんが握った部分から熱が伝わってきて、素晴らしく恥ずかしい。
わたしは弱々しく握り返した。


「…はい」

  

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