外の空気はひんやりしていて、頭を冷やすには丁度よかった。
縁側に腰かけ、暗闇に浮かぶ月を見上げる。


「…きれい」


満月がこんなに近い。
わたしも昔、黒いキャンバスに真っ黄色の絵の具で大きく月を描いたことがある。
あの時はひたすら大きい月が描きたいだけで…この月みたいな、美しさは求めていなかった。


「…立ち上がったら、」


今もし、あの時のように立ち上がったら。
わたしはわたしの世界に戻れるのだろうか。
名前さんも今こうやって同じように月を見ていて、同じように考えていたら――わたしたちはお互いに戻れるのかな?

丸く大きな月は、ぼやけた黄色い光でこの世界を照らしている。
……月って、見る人によって印象がすごく変わると思う。
わたしの友達は、怖いって。
あれが宇宙に浮いてるのはすごく怖いって、嫌っていた。
あの子は太陽も…というより、宇宙が嫌いだった。

わたしは、月…わりと好き。
綺麗だし、何より神秘的。
太陽の眩しさと違って、儚い光。
…いつまでも見つめていられるから。

そっと手を伸ばす。
こうやって見ると、月に触れられるのに。
実際はすごく遠くて。
わたしの世界は、ここからどのくらいの距離なんだろう。


「――名前さあん?」


突然後ろからのんびりした高い声が聞こえてきた。
男の子の声。
ゆっくり振り返ると、そこに立っていたのは壷を抱えた男の子、えっと…あ、山村喜三太…かな?


「どうしたんですかあ、そんなとこに座ってえ」

「、えっと、いや」

「あ、わかったあ。ナメクジさんと同じでお月様見にきたんですねえ!」


ぼくのナメクジさんたち、月が見たいって騒いでたんですよう。
喜三太はかわいらしく笑うとわたしの隣へぴょんと座った。
壷からは、数匹のナメクジたちが這い出ている。


「はにゃあ、すごく大きいですねえ」

「…そうですね」

「ぼくたちたまにお月見するんですけど、こんなおっきなお月様は初めて見ましたー」

「……うん」


適当な相づちなのに、喜三太は話を続けている。
気づいていないのか、気にしていないのか。
話すことがないから、少し助かる。

ふと、手の甲に冷たい感触がした。
見ると、それは壷から出てきた小さなナメクジで。
ナメクジはゆっくりゆっくり手の甲を這っている。
時折わたしを見ては、首を傾げるような動きをした。
…漫画のナメクジと違って、やっぱりちょっとかわいいとは言えない。
かといって塩をかけたくなるほど、嫌いでもない。

わたしは静かにその子を見た。
首を傾げるような動きは、なんだかかわいらしくて…優しい。


「喜三太さんは、」


ナメクジをじっと見つめながら喜三太へと言葉を紡ぐ。
わたしの名前を呼んだ喜三太が、ゆっくりと首を傾げた。


「お友達が、ある日違う中身になっていたらどうしますか?」


そう言ってから、ハッとした。
わたし、なにを言っているんだろう。
わたしよりも、…まだまだ経験が少ない男の子に。
それも、小松田さんや鉢屋くん、土井先生みたいにわたしの正体を知らない人に。

そう思っていても、口は止まらなくて。


「見た目はそっくりなのに、中身がまるで違う…。お友達が、知らない人と入れ替わっていたらどうしますか?」

「ほえ?」


喜三太は唇をとがらせてうーんうーんと唸っていた。
…やっぱり、変なこと聞いたかな。
難しいよね。

変なこと聞いてごめんなさい、と謝ろうとした時、わたしの装束を掴んでいた喜三太の手が離れた。
ゆっくりとナメクジのほうへと向かう。
手の甲に乗っていたナメクジをそっと掴むと、喜三太はナメクジを優しく撫でた。


「ぼく、難しいことってよくわからないんですけど、」


わたしと目を合わせて、喜三太がにっこりと笑う。
そして、ゆっくりと立ち上がるとわたしの頭に手を乗せた。
小さな小さな手が、わたしの頭を撫でる。
優しいその感覚に、視界がだんだんと水面のように揺らぎ始めて。

 

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