土井先生の部屋に着いたものの、わたしは声をかけるか否か考えていた。
お風呂の時間とか、今の時間帯のこととかで部屋にいなかったらどうしよう。
寝てるってことはまずないだろうけど。


「…」


…いなかったら、山田先生に教わろう。
わたしは小声で部屋の中へ声をかけた。


「土井先生…?」

「…ん?誰だ?」


あんな小さな声でも聞こえるなんてさすが。
まあ遠くの足音聞こえるくらいですもんね。

障子がかたりと動く。
そこには髪を下ろして寝巻き姿の土井先生が立っていた。
なんつー色気だよ…!


「…どうした?名前くん」

「あの、すみません。小袖の着付けを教えていただけないでしょうか」

「……は?」


素っ頓狂な声を上げた土井先生が、首を傾げてきた。
…この人はまた…かわいらしいことを…。
緩みそうになる頬をきゅっと引き締めた。
さきほど誓ったばかりなのに、いけない。


「お出かけを誘われたんですが、さすがにこれじゃ行けませんので…」

「…ああ、お休みだからね。誰に誘われたんだい?」

「え?あ、斉藤タカ丸くんです。どうやら名前さんが前々から約束していたようで」

「……なるほど」


理解して満足したのか、数回頷き微笑んだ。
しかしなんで私に?と再び問われ、女装したことありますよね、と返す。
土井先生は顔を真っ赤に染め上げた。


「なん、知っ…!…いやいや、こういうのはちゃんと、女性に…」

「シナ先生と事務員のおばちゃんは今学園にいません。食堂のおばちゃんも、今晩は忙しいそうで…」

「それで私に…?」


俯いてため息をつく土井先生。
こ、ここまで嫌がられると少し傷つくな…。


「えと…すみません。あの、山田先生に頼みますね」

「それだけはやめてくれ」


山田先生どこですか、と訊く前に肩をがっちり掴まれた。
掴んだ本人は真っ青な顔でかぶりを振っている。
そしてなにやらぶつぶつと呟き始めた。


「作法委員会のやつら…は駄目だ、名前くんの正体を知らない…だとするときり丸もくのたまも駄目だ…」

「ど、土井先生…?」


その呟き方が異常なほど怖かった。
目は据わっていたし、肩を掴む手が少し震えている。
顔も少し近づいて…………!

ちかっ!ちかっ!


「やはり山田先生しか…いやいやそれだけは御免被る…」


土井先生は自分の世界に入っていて気づいていない。
こんな乙女的発展わたしにはいらないから…!

かあああとではなくがあああと頬が熱くなってきた。
うお、ちか、


「そうだ!鉢屋がいる!」

「は、はちや…?」

「鉢屋は君の正体を知っているし、変装…もとい女装も得意だ」


死んでいたひとみを輝かせ、土井先生がうんうん頷き始めた。
そ、か…鉢屋くんがいたか…。
でも教えてくれるのだろうか?
喧嘩をしているようなものだし。


「…ん?あれ?」


途端に土井先生が笑顔を消し疑問の表情を作った。
わたしの肩を掴みながら、じっとこちらを向くと首を傾げ、ゆっくりと口を開く。


「名前くん、彼女より少しばかり小さいみたいだね」

「…え?」

「前の彼女は、私の肩ぐらいまで身長があったよ」


わたしの頭に手を乗せ、その手を自分の体へとスライドさせた土井先生。
その手は、土井先生の胸元に当たった。


「あ…」

「良かったね、名前くん。彼女との違いがひとつ増えた」


肩から手を離し、土井先生はわたしの頭を撫でた。
名前さんとの違い、違い。
性格しか変わらなかったわたしと名前さん。
そんな2人に、新しい違いができた。


「…ありがとうございます」

「ん?」

「見つけてくれて」


嬉しさで、笑ってしまう。
わたしは俯いて礼を言った。

 

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