「でっ、…でき、た…!」
一番の誤算は筆だったこと。
筆で書くのほんと難しい…!
力入れすぎると太く滲むし破れる!
書道習っておけば良かったかな……今度山田先生に教わろう。
「急いで貼らなくちゃ…」
今何時だろう?と障子を開くと、廊下はほんのりオレンジ色になっていた。
…日が影ってきてる!
急ごう!と書いた50枚の紙をひっつかみ、バインダーに挟む。
とりあえずお風呂場近くと教室に貼れば…。
「――苗字さん…」
かすかに聞こえたわたしの名前。
振り返ったが、小松田さんはすやすや寝ていた。
寝言でもないだろう。
声が別人だったし。
…誰が呼んだのかな?部屋から顔を出すと、2人のにんたまが歩いていた。
どうやら呼ばれたわけじゃなく、彼らの話にわたしがいたようだ。
ゆっくりと障子を閉める。
…盗み聞きするつもりはないけれど、話の人物が出ていったら気まずいだろう。
やがて、2人の声が大きくなってきた。
「最近の苗字さん、変わったよな」
「そうか?」
「さっきもだけど、…よく笑ってる」
「あー…たしかに」
「悪いことじゃ、悪いことじゃないけど…」
続きは聞けなかった。
…聞きたくなかった。
頭が拒否反応を起こし体が勝手に耳を塞ぐ。
心が無意識に……傷つく。
「……笑ってたかな」
そういえば、そうだ。
最近、無表情を意識することが減っていた。
自然と口元が緩んで、笑顔が……。
「変わった…か」
…変わったよ。
だって、わたしは苗字名前だから。
変わらないわけがないよ。
名前さんとは違う存在だから。
変わってなかったら、逆に不思議だよ。
…それにわたしは変わってない。
わたしは、前からわたし…変わったところなんてない!
なのに変わったなんて、いくら知らないからって、どうして、どうして言われないといけないの!?
手に持っていたバインダーが落ちる。
ガコンと音をたてた。
珍しく涙が浮かんでこない。
……この表情なら、名前さんらしいかな…?
落としてしまったバインダーを拾う。
挟んだ紙は折れていないようで良かった。
「…名前ちゃん?」
小松田さんの声。
途端に、涙がじんわり滲んできた。
…バインダーを落とした音で起きたのかな。
急いで涙を引っ込めて、引きつる口元を笑顔に変えた。
振り返る。
a z