ひた、と冷たい感触がした。
新野先生が手拭いを乗せてくれているのだろうか、…いや、これは額からの冷たさではない。
頬だ。
それに、この冷たさは水で濡らした手拭いの温度では……。
「…あ、起こしちゃいましたか?」
重たいまぶたを開いた先には、幼いような、大人びたような顔立ちの男の子がいた。
彼は心配そうに顔を覗き込み、わたしの頬に手を添えていた。
「あんまり静かに寝ているから…ちょっと、心配で」
そう言ってふわりと笑うのは、不破雷蔵。
…だと思う。
確信はないけれど、小松田さんが疑っていた不破雷蔵より優しい笑顔をしているから。
わたしでも、なんとなくあの人とは別人だな、とわかった。
…違っていたら、最悪だ。
「頭痛ですか?あのとき雷蔵が言ってたのは本当だったんですね」
「…?あれは、鉢屋さんではなかったんですか?」
「毒虫を探しにきたひとでしょう?なら、雷蔵ですよ」
あのとき会ったのは、鉢屋くんのほうではなかったの?
不破くんだったのだろうか?
じゃあ今、目の前にいるのは、不破くんじゃなくて鉢屋くん、?
「にしても珍しいですねえ」
「え?」
「苗字さんが、私たちを見間違えるなんて」
にやりと不破くん、もとい…鉢屋三郎が笑った。
先ほどまでの優しい笑顔とは打って変わった、笑顔。
背中がぞくりとした。
…最、悪。
「苗字さん、保健室嫌いじゃなかったですか?」
「…えっと…、」
「いつもなら逃げ出すのに」
鉢屋くんが、わたしから目をそらす。
…これは試されてるのか、本当に珍しがっているのか。
話を合わせる、としてもわたしを試しているのなら逆効果だし、合わせないのも怪しくなる。
わたしがひとり焦っていると、ふいに鉢屋くんが顔をあげ、冷たく笑った。
「なんて、嘘」
「っ!」
「あなたは、誰?場合によっては、…わかるよね」
目を細めて笑う鉢屋くんが、頭巾から出たわたしの髪を掴んだ。
乱暴?…いいや、優しく。
その仕草が、怖い。
鉢屋くんは顔をぐっとわたしに寄せ、にこりと笑顔を浮かべた。
漫画では、あんなに面白い人だったのに、鉢屋くんが、ということは、みんなも、こんな風な態度を、。
「なに、言っ、」
「あなたが苗字さんじゃないとしたら、…苗字さんを、どうした?」
笑顔が、一瞬で無表情に変わる。
恐怖で顔の筋肉が強張り、体が震え始めた。
ばれて、しまった。
「私は彼女に変装するし、だからこそ表情が違うことにも気づく。…あんた、変装下手くそだ」
ぺち、と頬に指が添えられる。
この状況で照れるほどわたしの頭は馬鹿ではないらしい。
熱くなるのは、頬ではなく、目元。
「学園長はなにしてるんだ?部外者放置して」
「…っ、」
泣くな泣くな泣くな泣くな。
泣くのは、絶対に、だめだ。
握りしめた手に爪をたてて、涙をこらえた。
もう確実にばれてしまっているのなら仕方ない。
足掻いて、言い訳したって仕方がない。
泳がせていた目を鉢屋さんにしっかりと向けて、息をはく。
「…わたし、は、」
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