「……これは、」
煙硝蔵から帰る途中、石が円を描いている場所へでた。
来るときはなかったのだけれど、まさかとは思うが。
「塹壕…?」
または、落とし穴か。
こういうものを実際にみると、やはりトリップしたんだと改めて思う。
…まあ、キャラを見た時点で確信はしたけれども。
「それにしても完璧な…石がなければわからないや」
置いてある石をひとつ拾ってみた。
掘ってあるであろう場所は、地面と一体化していて見分けがつかない。
さすが名人というか。
「足元に気をつけてください。目印がある。近くに塹壕ありますよ」
ぽんと肩を叩かれる。
びっくりして石を落としてしまった。
石は残りの石の円の真ん中へ落ち、ぼこっと口をあけた。
…ひとつの石でも塹壕は口をあけるのか。
足元をみれば小さな枝が一本転がっていた。
「……、」
振り返って、ごくりと生唾を飲んだ。
明るい茶髪を揺らす女の子顔負けの男の子。
ぱっちりとした大きな目にはわたしが映っていた。
「こんにちは苗字さん」
「…こ、こんにちは」
わたしの肩を叩いたのは、綾部喜八郎、4年生のにんたまだった。
ぐっと頬に力を入れて無表情をつくる。わたしなんかより、彼のほうがずっと無表情だ。
「調子のほうはどうですか」
じっとわたしを見つめる綾部くん。
なんの感情もない目に見つめられるのは、少しだけ居心地が悪い。
無表情だけれど、わたしの作る無表情とはまったく違う、本当の無表情。
名前さんも、綾部くんのように本当の無表情なのだろうか。
「最近姿を見ませんでしたが、大丈夫ですか」
ずいっと顔を近づけてくる。
あまりにも距離が近くて、頬に熱が溜まってきた。
「あ、の…」
いくらなんでも意思で頬の熱を冷ますことはできない。
綾部くんのようなきれいな顔立ちの人、いくら年下と言えど男の子に見つめられるのは居心地悪い上に、照れてしまう。
口から、妙なうめき声がこぼれた。
「…綾部さん?」
少し、ほんの少しだけれど綾部くんの目が細められた。
きれいな顔立ちが、男の子らしい顔になって、ちょっとどきりとする。
…離れてくれないかなあ。
「……鉢屋先輩じゃないですよね」
「…え?」
ぎゅうっと頬をつねられた。
目が、自然と、点になる。
…鉢屋先輩?
…鉢屋、三郎くんのこと…?
わたしが、鉢屋くん?
「ふうん」
しばらくわたしの顔を見つめた綾部くんだったが、鋤を担ぐと顔を離した。
「暇なら手伝ってもらえませんか」
隣に立った綾部くんがわたしをみた。
原作では少し背が低くみえたけれど、実際はわたしより少し高いのだと見上げた。
綾部くんは塹壕へと目を向ける。
「保健委員が落ちた塹壕を埋めろと食満先輩に言われまして」
お願いできますか、と綾部くんが屈んで目を合わせてくる。
わたしの知っている綾部くんでは想像できないその行動に、心臓が跳ねた。
固まる首を縦に振ると、ゆっくり綾部くんが体を伸ばす。
…頑張って無表情にしないと…!
近距離(8/16)
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