「(…また筆か…)」


どうしてバインダーはあるのに鉛筆やシャープペンはないのか。
わたしはそれがとても不思議である。
汚したら、というか確実に汚すのだけれど。
すみませんと心のなかで土井先生に謝った。


「名前くん」


くんくんと装束の裾を引っ張られる。
なんてかわいい仕草を…!とにやけながら振り返ると、土井先生がとても小さい声でわたしに呟いてきた。


「誰かがこっちに向かってきている。足音からして2年生か軽めの3年…奥にいたほうがいい」


足音なんてわたしには聞こえない。
さすが忍者で先生というか。
そしてわざわざ伝えてくれる優しさ。
きっと夫にしたい男性ナンバーワンだ。


「ありがとうございます。…じゃあ、奥で在庫確認してますね」


ぺこりと頭をさげ奥へと進む。
こっちにはなにが置いてあるのかと表へ目を移した時、どたどたと足音が聞こえてきた。

…けっこう大きな音をたてるんだ。
それでもにんたまというか。
さきほど土井先生に聞いたばかりなのにもう倉庫へついた。
足の早い生徒だなあ。

わたしは身を小さくしながら在庫確認を始めた。


「――…」


ぼそぼそと話す声がきこえてくる。
よく耳を澄ましてみれば、まだ変声期を遂げていない男の子の声だった。
…先生の予想は当たったのだろうか。


「(5個…ある…、次は…)」


バインダーを見ながら数をかぞえ、在庫表にチェックを記入していく。
とりあえず今のところ在庫表と合わないのはない。



「―何だって!?」



突然きこえた土井先生の大きな声に驚いて筆を落としてしまった。
かつんと音をたて足元に転がってくる。筆を拾いあげ、土井先生の叫び声へ耳を傾けた。


「小松田くんが火薬を!?だから在庫表と合わなかったのか…!」


切羽詰まった声に、わたしの心臓もどきどきとなりはじめた。
わたしの在庫表にチェックなしの火薬はないから、土井先生の在庫表だろう。
小松田さんは勝手に持ち出したのだろうか。


「仕方ない…小松田くんがいるところを教えてくれ」


…これは、土井先生が小松田さんのところへ説教をしに向かうという雰囲気だ。


「そうか…よし、私もすぐに向かう。池田は先に行っていてくれ」


はいと大きな声がきこえた。
池田、池田三郎次…かな?
2年生だ。
土井先生の予想は当たったらしい。
ぱたぱたと池田さんが走り去っていく音がきこえ、静かになった。
しばらくして、土井先生が困った顔をしながら顔をだした。


「土井先生…」

「悪いね名前くん…。聞こえたかもしれないけれど、私、」

「お気になさらないでください。在庫確認はもう少しで終わりますし、わたしが鍵をかけておきますよ」


残りは数えられるくらい。
わたしはそう土井先生に話すと、先生は眉を下げて笑った。


「…よろしく頼むよ」


そしてわたしの頭をひと撫でして、煙硝蔵を出て行った。
バインダーに視線を戻す。
…わたしって撫でやすい頭なのかな。


「……在庫確認が終わったらなにをしよう」


吉野先生や事務員のおばちゃんに訊いてみよう。
わたしは筆を持つ手に力を入れた。

 

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