「もう、みんなに言ったほうが楽なんじゃないかな」


「…にんたまやくのたまは、そんな簡単に名前ちゃんを嫌いになったりしないと思うんだ」




そうは、言っても。
わたしは入門表と出門表を片手にため息をついた。
これは先ほど小松田さんに渡されたものだ。
サインした人たちを、わけて名簿に記入してくれと頼まれた。
慣れない筆でなんとか書き進め、残りの表は数枚だ。


「……小松田さんの言うようにはいかないよなあ…」


ぽたりと、筆から墨が垂れてしまった。
再びため息をつき、筆を硯のうえに置く。
最近のわたしは独り言が多くなった。
自分が思っているより、ショックが大きいのかもしれない。


「……」


たしかに、楽になるだろう。
けれど、にんたまやくのたまがわたしを嫌わないという可能性は、ない。
ひとの心は理解できないのだから。


「…リリー…どくたま…如月…」


入門表に書かれた名前を口にしながら名簿に書きいれる。
わたしが下手なために所々黒い染みができてしまった。
あとで謝らないと。


「吉野先生、」


肩が、跳ねた。
かたくなった首を動かし、障子へと目を向ける。
わたしの知るかぎり、教職員のなかにあの声のひとはいない。
…、わたしを知っている教職員ではない。

どうしようと、わたしは障子と筆を交互に見た。
ここは吉野先生の部屋だ。
生徒がいつきてもおかしくない。


「…吉野先生?」


ああああ。
居留守を使うにも入ってきそう。
どうしようか…と、わたしが障子の向こうの彼(声の低さから)を待たせているとき。


「おや?食満くん。どうしたんです?」

「ああ、吉野先生」


かくりと、緊張した肩が落ちた。
吉野先生がきたのだ。
よかった。
どうやら障子の向こうの彼は「けま」というらしい。
…ということは。


「(食満、留三郎)」


6年生だ。
彼は吉野先生となにやら話しこんでいる。
障子越しなのだからわたしにも聞こえるわけで。


「いくらか道具がなくなっています」

「いくらかとは?」

「今調べていますが、手裏剣です」


手裏剣と聞くと、みんなは忍者なんだなあと改めて思う。
わたしは、手裏剣なんて扱えない。
持ったこともない。
持つこともないだろうけど。


「…小松田くんを探しなさい」


小松田さんに探させるのだろうか?
吉野先生がゆっくりと言い、食満くんが返事を返す。


「さて、私もやることがあるので」

「はい。……あ、そういえば吉野先生」

「はい?」

「先ほど部屋のなかで物音がしました。くせ者かもしれません」


食満さんの声が低くなる。
…物音って、わたし…か。
そこまで大きな音はたててないのだけれど、聞こえるのはやはり最高学年だからだろう。

独り言が聞こえたわけではないと願いたい。


「ああ、それは……」

「…はい?」

「…いえ、たぶん猫でしょう。あとで竹谷くんにでも渡します」


よよ吉野先生が危うくお話になるところだった。
食満くんも聞き返していたし…危ない。
今のわたしではまだ名前さんの真似はできない。

  

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