甘味処で働く名前には恋慕う男がいた。時々現れては茶や団子を食す男に淡く想いを募らせていたのだ。男を見ては頬を染め、ぎこちない動作でお茶を運ぶ。決まって男は笑顔で礼を言うため、名前はそれだけで心暖かになるのだ。


「いらっしゃいませ…あっ、」
「こんにちは、名前さん」


この間教えた名前を男は覚えていた。なんて嬉しいこと。緩む頬に正直に、名前は男の座る椅子へと近寄った。


「今日はみたらし団子を三つ、お願いしまさァ」

優しく微笑む姿、心地よい声。名前は男のすべてを目と耳に焼き付けた。名前が今まで見てきた男の中で、初めて優しいと思える人間。初めて恋しいと思った人間。次はいつ来るのでしょうか。名前は毎回訊けずにいた。


「みたらし団子三つでございます」
「…ありがとうございやす」


いつもと同じ微笑、台詞。幾日前に見た仕草で皿を受け取った男が、名前の手首を掴んだ。驚きで上がりそうになる悲鳴を呑み込む。用があるだけ、彼に他意はない。名前は心を落ち着かせ、無理やり笑った。


「…どうかしましたか?沖田さん」
「名前さん、…一本どうでさァ?俺の奢りですぜィ」
「……すみません、仕事中ですから…」


きりきりとした胸の痛みをひたすらに我慢し、笑顔を顔に貼り付けた。素敵なお誘い、今なら花を咲かせられる。名前がやんわりと手を払うと、男は無言で立ち上がり店の奥へ消えた。―――まさか、怒らせてしまっただろうか?ああ、罵倒覚悟でお受けすればよかった。激しい後悔に襲われる名前に小さな爆発音が聞こえた。昔、幼い時に聞いた大砲のような音。なんだなんだと慌てていると、にこやかな笑顔を浮かべた男が戻ってきた。手には、数本の団子が乗った皿を持ち。


「許可が店主から降りやしたぜ。さ、名前さん隣へどうぞ」
「え?あ、あの…」


男が名前の腕を掴み、自らの隣へ無理矢理座らせる。店長からのお許しってどういうことかしら?名前が腰かけた時、奥からもう一人の娘が出てきた。――休憩ってことだ。嬉しい、これで食べれる。ああでも奢りはいけないわ。名前が男を見上げる。


「…!」


とろけるような甘い表情で、恐ろしく空色の瞳で、男はじっと名前を見つめていた。息ができない。名前は慌てて赤くなった顔を逸らし、俯いた。

「………名前さん」
「…はい」
「俺、またここに来まさァ。そん時は、…たっぷりサービスしてくだせェ」


いつくるかなんて、教えてくれなくていい。来てくれなかった時が悲しいもの。またというその二文字のほうが、幅は広がる。再度手首を掴んできた男の手に、名前はもうひとつの手を重ねた。




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