「私は深海魚になりたい」
「…どうして?」
私の一言に、恭弥くんは書類から目を離した。
スッと細められた瞳が、私を捉える。
恭弥くんの目は獣のように鋭い。
そこが、いいけど。
「深海魚って、結構いろんな人から愛されてるじゃない、だから」
「…ふーん」
興味がなくなったのか、恭弥くんが書類に目を戻した。
時計の針が動く音に加えて、紙のめくる音が混じる。
恭弥くんはいつも静かな雰囲気を纏っているから、煩い場所に行ってもいつのまにか静かにさせている。
恭弥くんに対するみんなの恐怖じゃなくて、…静かにしたくなってしまうの。
「…深海魚になりたい」
ぱらりとめくられた紙が音を止める。
心地のよいあの音から、1つ、音が消えてしまった。
恭弥くんを見る。
「…僕は、深海魚、…好きじゃないよ」
私を見ないでそう言った。
再び、音が戻る。
恭弥くんの言葉の意味を、ゆっくり理解した。
ぽっと頬に赤い熱が宿る。
「恭弥くんが嫌いなら…いいやあ、ならなくて」
「…そう?」
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、恭弥くんが嬉しそうに笑った。