「おやまぁ。またあなたですか」
頭上から声が降ってきて、見上げる。影が深くてよく見えないけれど、感情のこもっていない声音からして4年生のにんたま、綾部喜八郎だろう。
「どうして落ちるのですか。ちゃんと目印つけておいたのに」
「さあ、なぜだろう。……それにしてもこの落とし穴は深いね」
「落とし穴じゃないってば。塹壕です」
むすりとした声に自然と頬が緩んだ。常に無表情な彼だけれど、そういう表情をするのだろうか。
「塹壕ね、塹壕…。で、助けてはくれないのかい?」
「はい」
即答かよ、と呟けば 当たり前です と答えられた。
「………先輩を助けたあと、自分がどうなるか予想できますから」
「おや?それはどういうことかな」
くすくすと笑って訊いてやれば、彼は少しだけ肩を揺らしたようだった。
…まあこれは、わたしに怯えているわけではないのだけれど。
「綾部。……助けて、くれないのかい?」
「助かった、ありがとう綾部」
ぽんぽんと忍び装束についた土を払い、うしろに立つ彼を振りかえる。
真一文字に結ばれたくちびるは、何かを察しているのかかすかに震えていた。
…………わたしは飢えた狼か。
「綾部」
「…?なんですか」
「手裏剣も苦無も投げないよ。だからそんなに力を入れるな」
わたしよりいくらか低い位置にある肩へ手を置く。ぱっちりとした大きな目にわたしが映る。
……男の子がこんなにかわいらしくていいものなのか。
まぁ女装するにはもってこいだろうけれど。
「――さあ綾部。そろそろ夕食の時間だよ。…行こうか」
はい、と頷く彼に手を差し伸べる。ゆっくりとわたしの手を掴んだ彼の手のひらは、しっかりとした男の手であった。
「ちなみに投げないのは今日だけだからね」
え、と小さな声が隣から聞こえた。
「…やっぱり苗字先輩は、」
「ん?なんだい?」
「…いいえ」